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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.28 悪霧(5)

「……ナンだ、こりゃ……」

 

 騒ぎを耳にしてテントから飛び出したシンは、眼前に広がる住宅地域の方々から暗雲よどむ夜空にもうもうと煙が立ちのぼり、火勢が強まりつつあるのを見てうなった。シンがいるのは、運営委員会事務所の北西――広場を取り囲むプレハブ住宅群から少し離れた石垣付近。惰性でテント生活を続けていた彼の蒼いドームテントの隣には、ピンク――色違いのテントが張られている。

 

「――おい、ジュリ! 起きろっ!」

 

 ピンクテントに近付いて叩き、出入り口のファスナーを開けて呼ぶシン。すると、中でタオルケットに包まっていたジュリアがもぞもぞ動き、寝ぼけまなこをこすりながらむっくり起き上がる。

 

「……なんやの、もう……いきなりおこさんといてや……」

「ブーたれてんじゃねーよ! かじだ! あちこちハデにもえてるぞ!」

「ふぇっ?」

 

 まぶたを上げてTシャツ・短パン姿でテントから這い出し、指差される方を見たジュリアは、夜を焼く炎を見て電気ショックを受けたように飛び上がった。

 

「やっ、も、もえて――ぎゃあッ!」

 

 慌てて逃げようとしたジュリアが自分のテントにぶつかり、ピンクの上に引っ繰り返って手足をばたつかせる。

 

「お、おちつけよ。こっちのほうはまだヘーキだ。とにかく――」

 

 逃げようぜと言いかけたシンは、悲鳴に続いてプレハブハウスの間から慌てふためく若者たちが飛び出し、その後方で炎が噴き上がるのを見て身構えた。火力からすると、それはまず間違いなく炎系魔法によるものだった。

 

「……ナンだかしらねーが、ヤバそうだぜ。にげるぞっ!」

 

 ライトンを点灯させ、ジュリアの腕をつかんで――シンは逃げ惑う者たちをよそに石垣と住宅地域の間を北に走った。そちらは石の土台が地面からぼこぼこ顔を出しているだけの不整地地帯が広がっているので、火の手から逃れられるはずだった。が――

 

「――ッ!」

 

 プレハブハウスの陰から飛び出した数人の男女が行く手を遮り、シンたちめがけて銃器を発砲――そのうちの1人の青年が奇声を発するや、ロングソードを振りかざして突撃して来る。

 

「――トチくるってんじゃねぇッ、このヤローッ!」

 

 怒鳴り、イジゲンポケットから出現したごついリボルバー――バイオレントⅣがドォンッとぶっ放される。弾丸は標的の右肩に当たってのけぞらせたが、その拍子に青年の口からブワッと噴き出る霧状物質――とっさにバリアを強め、ジュリアの盾になるべく前に出たシンは霧の真っただ中を突進して青年を蹴り飛ばし、他に銃口を転じようとしたところで後ろから腰に抱き付かれた。

 

「――ジュリっ?――うグッ!」

 

 動きが止まったところに銃撃を受けてよろめき、しがみついたジュリアもろとも地面に倒れるシン。バリアのお陰で深手にはならなかったが、被弾したあちこちから強い痛みが響く。

 

「……クソったれ――うおっ!」

「――シンちゃー! シンちゃーァァッ!」

 

 起き上がったところにジュリアが飛び付き、バイオレントⅣを握る右手にむしゃぶりつく。口から霧状のものを吐く少女の目は、異様な光を宿して正気を失っていた。

 

「――フッザけんなよッ!」

 

 力任せに引き離して銃を左手に持ち替え、暴れるジュリアを無理矢理右肩に担ぎ上げると、シンはわめく少女の重みとばたつく手足によろめきながら銃撃を避け、耐えて横の住宅街に逃げ込んだ。火災に巻き込まれないよう注意しながら入り組んだ熱い路地を走ると、前方に若者たちが転がるように飛び出し、その後から目付きの異様な者たちが現れて武器を振り回し、手の平から放つ炎でプレハブハウスに火を付けていく。それら狂人たちの口からは呼吸に合わせて霧状のものがまき散らされ、逃げたり抵抗したりする者がそれを吸い込むと、たちまち様子がおかしくなって蛮行に加担し始める。

 

「あのきりみてーなモンのせいで、ジュリもこいつらもおかしくなったのか?……――」

 

 狂人たちの目が自分たちに転じるや、シンは横手のプレハブハウスの間に飛び込んだ。とにかくこの炎から、狂気から逃げなければ――急ぐその前を暗がりからふらっと現れた影が塞ぎ、じたばたするジュリアを抱えた身をプレハブハウスに寄せさせる。銃口を向けていびつににやつく、警備隊の黒い隊服を着た少年――霧の息を吐く矢萩あすろ――

 

「……ずいぶんとイカれたな、パーマザル」

「……イジンめ……!」

 

 低くうなり、矢萩が病的に血走った目でサイトをのぞいてM40DGW――マガジンに6発装弾されたグレネードランチャーの狙いを定め、ためらいなど微塵も無くトリガーに指をかける。

 

「――死ねぇッ! イジンッッ!」

 

 ドンッ、ドンッ、ドンッ――立て続けに発射されたグレネードがよろっと避けるシンをかすめて後方のプレハブハウスに炸裂し、爆発とともに砕けた壁や吐き出し窓のガラス片を激しく飛び散らせる。爆風にあおられて倒れたシンは、地面に投げ出されたジュリアがギャアギャアわめいて振り回す腕を右手でつかみ、再装填を終えた矢萩に熱を帯びた銃口をグォッと向けた。

 

「――こっちもようしゃしねーぞ! パーマザルッッ!」

 

 デストロイ・ブーケ、発動――マシンガン、アサルトライフル、グレネードランチャー――出現したいくつもの銃器が、バイオレントⅣを握る左手を囲む。花束のごとき殺傷兵器の塊は、ドドドドドッッ――と弾丸、グレネードをありったけぶちまけて的をドドッとよろめかせ、爆発で吹っ飛ばした。

 

「へっ、ざまあみやがれ。――おら、いくぞっ!」

 

 横たわってうめくずたぼろの矢萩に吐き捨て、シンは暴れるジュリアを引きずって炎に焦がされる暗夜を再び走り出した。