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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.28 悪霧(3)

「……情報マネジメント局の報告によると、調査隊派遣についての批判が一部で高まっていますね」

 

 メガネレンズにコネクトのウインドウを映して言い、後藤は執務机に肘を突いてうなだれ、組み合わせた両手が今にも崩れそうなほどずっしりと頭を乗せている新田に瞳を滑らせた。応接椅子に座る後藤の向かいでは、黒隊服姿の佐伯が足を組み、胸の城門を閉ざしたように腕組みをして唇を真一文字に結んでいる。影におびえながら隊員と遺跡に帰還した新田は後藤に委員会事務所へ連れて行かれ、警備隊を動かして厳戒態勢を敷いた佐伯と3人でリーダー室に詰めていた。

 

「……当然だ……」

 

 鉛の塊を持ち上げるようにのろのろ頭を上げ、新田はダークブラウンの机上きじょうにうつろな目を落としたまま力無く言った。戦闘服からドレスシャツとスラックスに変わったその姿は、魔人を恐れてひたすら歩き続けた疲労と希望を打ち砕かれたショック、犠牲にしてしまった秋、彼と付き合っていた佐倉アヤカに泣き崩れられた痛恨とに打ちのめされ、今にもボキッと背骨が折れそうなていで背中を曲げていた。

 

「……俺が調査隊を組織しなければ……秋君が死ぬこともなかったんだから……」

「必要以上にご自分を責めることはありません」後藤のクールなレス。「犠牲者が出たのは残念ですが、そういったリスクを踏まえて皆調査隊に加わったはずです」

「……ドライだな、君は……」

「大分夜も更けてしまいましたが、もう少ししたらコネクトで会見を開きましょう。リーダー自ら安全を保障すれば、事務所前に詰めかけているメンバーも少しは落ち着くでしょう」

「……後藤君、君は戦っていないから簡単に言えるんだ。『彼女』にかかったら、警備隊だって……」

「刺し違えてでも、仕留めてみせますよ」

 

 佐伯がにべなく言い、執務机にもたれた新田を斜に見る。

 

「――相手が元・人間であろうと、矛先を鈍らせるようなことはありません」

 

 ぴくっと眉を上げて見返した新田のまなざしは、すぐに下がったまぶたで陰り、伏せられた。視線を外した佐伯は、ベネシャンブラインドが下りた窓に転じて続けた。

 

「――魔人の正体について、かん口令を敷いたのは正しい選択です。動揺は、戦いの妨げにしかなりません」

「……後藤マネージャーの判断さ。俺には、そこまで考える余裕は無い……」

 

 消え入りそうな声で返して新田は机に両手を突き、両肩に見えない重りがひどくたくさん積み重なっているような動きで椅子から立ち上がった。

 

「――会見とやらで話す内容は君らが考えてくれ……俺は……正直、疲れた……」

 

 2人に背を向け、執務机後ろの窓に近付いた新田はブラインドのスラットを人差し指で折り、曲がった隙間から黒雲が一面によどむ空を溺死できし間近といった目で見上げ、それから沈むように嘆息して視線を事務所前に落としたところで奇妙なことに気付いた。

 照明灯が照らす広場に、人影が見当たらない。

 不安に駆られて集まっていた百数十人が、いつの間に解散したのか追い払われたのか、いなくなっていた。周りに目をやると、運営委員会事務所や警備隊事務所前に立っていた警備隊員たちも蒸発したように消えている。怪訝に眉根を寄せた新田は目の端にオレンジ色をとらえ、そちらに焦点を合わせてはっとした。

 

 ――火――?

 

 住宅地域の一角から立ちのぼる黒煙と炎――しかも、目を凝らしているうちに次々、方々から火の手が上がって闇に踊る。後ずさり、叫ぼうとする新田の背後で佐伯のコネクトが複数の着信を知らせ、泡を食った警備隊員たちの顔がずらずらっと表示された――