読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.28 悪霧(2)

 ――……新田さんでも歯が立たなかったって……――

 ――マジかよ? そいつが襲って来るかもしれないのか?――

 ――分からないけど、警備隊が動いてるのはそういうことだろ?――

 ――……秋さん、死んだって……佐倉さん、かわいそう……――

 ――……許せないよな、その化け物……――

 

 不安、恐怖……嘆き、怒り……照明灯に照らされ、夜陰から浮かび上がる青ざめたたくさんの顔、顔、顔……運営委員会事務所前で警備隊員の防波堤に遮られ、下りたベネシャンブラインドから明かりが漏れる3階のリーダー室を見上げて波立つ少年少女……帰還した調査隊員たちを源に拡散した話を聞いて居ても立ってもいられなくなった彼等は本能的に群れ、少しでも状況を詳しく知ろうと押し寄せていた。

 

「……ふふ、盛り上がってるね……」

 

 風に揺れるあしのごとき群衆の背を眺めてつぶやき、クォンは楽しげにゆがんだ唇をなめた。くすんだ白袖にしわを寄せて腕組みする彼の頭の横では、手の平大の機械のハチ――動画撮影アプリ『MoBeeムービー』――がホバリングしてカメラの目で群衆を撮影している。クォンは撮影した動画をウインドウに映して編集に取りかかり、ざわめきの音量を上げたり、今し方撮った不安や悲しみの表情をクローズアップしたりして視聴者の動揺をあおるように仕上げると、そこに婉曲えんきょくな体制批判を付け加えた。

 

「『こちら運営委員会事務所前。みんな、こんなに不安一杯。こんなことになったのは、いったいどうしてなのかなあ?』――っと」

 

 そして、全メンバーに一斉送信――と、間も無く様々なレスがあり、その中には調査隊派遣を決めた委員会やリーダーへの不信をにじませるものもあった。

 

「ふ……」

 

 これでハーモニーの屋台骨が揺らげば――にいっと口角をつり上げたクォンは自分の右手側に視線を感じ、警備隊事務所前に立つ隊員たちににらまれていると気付いた。どこか幽霊を思わせる白いパジチョゴリ姿で目立ちやすいこともあるが、数々の挑発的言動や密猟事件の首謀者という前科から目を付けられているのである。

 

 ――ちっ――

 

 近付いて来る隊員を横目でうかがって舌打ちし、クォンは追跡されないようにステルス・モードにすると群れから離れ、警備隊事務所と反対方向に歩き出した。難癖を付けられるのは、申し開きの手間を考えると避けたかった。背後に向けたMoBeeのカメラは、隊員2人が距離を詰めて来る様子を目の前の小さなウインドウに映している。かつて辺りを囲んでいた石壁の名残を黒カプシンで踏み越え、クォンは立ち並ぶプレハブハウスの間へすうっと入ってすぐ角を曲がり、暗く人気の無い路地を足早に歩いた。

 追って来る人影は、カメラにはもう映っていない。

 念のためヘブンズ・アイズを開いてみたが、職務遂行上大抵ステルス・モードにしている警備隊員の反応は無かった。

 

「……」

 

 足を緩めて振り返り、感覚を研ぎ澄ませる。辺りに人影は見当たらず、窓に引かれたカーテン越しの明かりが、静まり返った路地をささやかに照らしている。今回の騒動に対する若者たちの反応は、委員会事務所前に集まっておろおろするか、家から出ずにコネクトで情報交換をしながら震えるかの二通りだった。

 

「……追って来ないか……」

 

 安堵してMoBeeを終了させ、今度はどうやって委員会に揺さぶりをかけようかと歩きながら考えていたクォンは横の路地からふらっと飛び出した影に驚き、警備隊かと体を固くした。だが、それは凡庸ぼんような髪の下にぼんやり顔をぶら下げ、体格は中肉中背、服装は長袖シャツにチノパンツ、スニーカーという冴えない少年だった。

 

「……びっくりさせるなあ……」

 

 胸を撫で下ろしたクォンは数メートル前でうつむいている少年に怒りを覚え、仕返ししてやろうと近付いた。

 

「――やあ、こんばんはぁ」

 

 愛想良く声をかけ、無表情の少年を見下ろしながら「君、魔人のことだけどさ――」と、両手を派手に踊らせてしゃべる。聞き込んだ魔人の話をおどろおどろしく語って脅かし、溜飲りゅういんを下げるつもりだった。

 

「――ここを襲って来たらどうしようね? 新田さんたちが束になってもかなわなかったらしいし、ボクら全員ズタズタに切り裂かれ、骨という骨をグシャグシャにされて、光のちりにされちゃうかもねえ。――」

 

 ふっと、あごと喉元に冷気を感じ、クォンは左右に目をやった。暑過ぎも寒過ぎもせず、半袖でも長袖でも過ごせる気温だったのに、急に空気がひんやり感じられる。

 

「……何だろ。ねぇ、ちょっと寒くないか――」

 

 問いかけたそのとき、急に顔を上げた少年がどす黒い瞳でクォンをとらえ、ぎょっとしてたじろぐ相手にどろっとした笑みをこぼして、外見に不釣り合いな声を出した。

 

「欲しくなるよねぇ……」

「えっ?」

「相性良さげだもんね、この彼。濡れてくるでしょ? うんうん、濡れちゃうな……」

「な、何を言っ――」

 

 ガパッと開いた少年の口から霧が噴き出し、クォンがバリアを強めるより早く鼻と口からズオオッと流れ込む。悲鳴を封じられ、仰向けに倒れてもがくクォンは霧に侵され続け、やがて四肢を地面に落して動かなくなった。声も音もほとんどしなかったので、周りのプレハブハウスから異変に気付いた誰かが顔を出すことは無かった。そして……十数秒後――

 

「……げふっ」

 

 口から白い息を吐いて体が動き、ゆっくり寝返って起き上がる。そして立ち上がったクォンは、げほ、げほっと霧混じりの咳をし、地面に倒れている少年、それから周囲をうつろな目で見回した。と、その瞳がシグナルをとらえた受信機のごとく急にらんらんとし、頭を左右にふらふらさせながら黒カプシンを履いた足が踏み出される。

 

「……あっちだね。いっぱいいるみたい。くふふ……」

 

 なめて濡れた唇の間からふうっと霧を吹き、は若者たちが集まっている広場の方へゆっくり戻り始めた。