REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.28 悪霧(1)

 

「――よッしゃあああッッ!」

 

 コの字型に並ぶ黒レザーソファから赤茶のウルフヘアを躍らせて立ち上がり、野卑なガッツポーズを決める韓服姿のキム――その前に浮かぶ3Dのスロットマシンがペイラインに『7』をそろえて音と光とでお祭り騒ぎし、リール上の画面に映る闘技場で鬼面を付けたマッチョな怪物が西部劇のガンマン風キャラをめちゃくちゃにぶん殴り、原形をとどめないくらいボコボコにしてノックアウトする。

 〈スロット・ファイターげき〉――ギャンブルゲームアプリ『ギャンブルどっく』で遊べる、スロットと対戦格闘ゲームがミックスされた、最大4人対戦可能なゲーム――

 

「おおっ! ジャックポットっスね!」

 

 もろ肌を脱いで朱のチョゴリをぶら下げ、ソファ横でボクシングスタンドをドッ、ドッと殴って汗を流していたチュ・スオがこぶしを止め、ゲームに参加しているオ・ムミョンが肩を揺らして「デュフフフゥ~」といやらしく笑う。一方、キムとオに挟まれて座るユン・ハジンとイ・ジソンは、株価大暴落に見舞われた個人投資家然とした顔でスロットマシン下部に表示されているスズメの涙ほどの残ポイント額――本日日中狩りで稼いだ残りをぼう然と見つめていた。

 

「おいおい、ユーン!」

 

 ひん曲がった口で笑うキムが隣――ユンの肩にガッと手を回し、赤ベストと朱のチョゴリをしわ立たせながらグイッと抱き寄せて無遠慮に涙目をのぞき込む。

 

「――相変わらず弱ェなあ! 銃奏官じゅうそうかんブライ・ウェスタンなんて強キャラ使ってるくせによ~」

「ホントっスよね! まったくだらしねェ!」

「デュフフゥ~」

 

 小馬鹿にし、はやし立てるチュとオ。彼等とキムとでシェアハウスする赤い瓦屋根の2階建て住居――通称〈赤瓦台せきがだい〉1階、三流クラブチックなリビングダイニングで主に夜間頻繁に催される『スロ・ファイ対戦』は、キムたちトリオが他のコリア・トンジョクメンバーからポイントを奪う機会。下手に勝ったらどうなるかを考えると、ユンたちはわざと負けるしかなかった。

 

「――心配するな! ポイントなら貸してやるからよッ! 利子はちょーっとばかり高いけどな!――おい、アンパン、じゃなくてイ・ジソン! お前もな」

「デュフフ、アンパン! デュフフフッ!」

 

 色の悪いアンパン顔をあざ笑ったオが前のローテーブル上の皿に盛られた、ミルクシロップがかかったフライドポテトらしきものを二つ三つつまみ、ポイと口に放り込んでにちゃにちゃ咀嚼そしゃくすると、ユンとイが顔色をいっそう悪くして目を背け、耳を塞ぎたそうな素振りを見せる。

 それはフライドポテトなどではなく、の幼虫を揚げしたもの。

 おぞましいスイーツに舌鼓したづつみを打ちつつオが絵柄をそろえると、リール上の画面でネコ耳、ブロンドの振袖ふりそで少女がやいばのゆるキャラ――ヤイバんをナックルダスターで思いっきり殴り付ける。

 

「デュフフ、カキツバタ・ユイユちゃん、メラかわゆ~い♡ この娘に乱暴するヤツは、脳みそかき出してミミズあんみつにかけてなめなめしてやる! デュフフ~!」

 

 ろくに反撃もしないままヤイバんがノックアウトされ、ベットされていたイ・ジソンのポイントがゼロになる。そしてタイムリミットを迎え、1位キム、2位オ……という順位がそれぞれの獲得ポイントと一緒に表示された。

 

「ふう、どれどれ……」

 

 むんむん汗臭いチュが、ソファ越しに3Dのスロット台をのぞいていく。

 

「――さすがキム兄貴、スゲーっスね! ムミョンもやるじゃんかよ。――それに比べて、お前らはマジだらしねえなあ!」

 

 うなだれるユンとイ。両名はそろそろ解放してもらえないだろうかと、ご機嫌なキムをうかがった。

 

「よぉし! それじゃ、もう一勝負するかあ!」

「ええっ?」

 

 思わず声に出してしまったユンを、キムがじろっとにらむ。

 

「何だ、『ええっ?』てのは?」

「デュフフ、嬉しくてたまらないんですよ、兄貴」

「い、いえ、あの……ぼ、ぼく、もうポイントが……」

「ポイント? ポイントなら、貸してやるって言ってるだろうが」

「で、でも……ぼく、これ以上しゃくポイントが増えるのは……シャイロック金融からも限度額一杯借りてるし……」

「しみったれたこと言ってんなよ、ユ~ン。男ならガッツリ借りて、ガツンと勝負だろ!――なあ?」

「もちろんっス、兄貴の言う通りっス!」

「デュフフ~」

「あ、あの、す、すみません」おずおずと口を挟むイ。「もう遅いですし、そろそろ帰らないと……僕、明日も狩りなので……」

「ああ? 夜はまだこれからだろうが! しかも、家は赤瓦台のすぐそばだろ! 遠距離通勤のリーマンオヤジみてえなこと言ってんじゃねえよ!」

 

 怒鳴られてイはすくみ、うつむいて下唇をかんだ。キムが言うようにイ・ジソンメンバーの家は赤瓦台を囲んで立ち、さらにその周りを高さ2メートルの外忍びのフェンスがぐるっと囲んでいる。遺跡北端にあるこの集落は、コリア・トンジョク以外のメンバーから俗にコリア・ヴィレッジと呼ばれていた。

 

「――ふん、まったくノリの悪いアンパンだな。お前もクソ犬の仲間にしてやろうか?」

「えッ? そっ、それは、あ、あの、すっ、すみませんでしたッ! やらせて下さい! お付き合いしますからッ!」

「はは、めっちゃビビってるっスよ、こいつ」

「ビビるアンパン~ デュフフ~」

「ふふん」

 

 キムは鼻で嘲笑い、朱の膝をぴったり閉じて身を縮めているユンに「お前も、もちろんやるよな?」とドスを利かせた。

 

「……は、はい……」

「ようし、それでこそコリア・トンジョクの一員だ。それによ、今夜は調査隊が逃げ帰って来て大騒ぎになってるんだ。こんな熱い夜に寝ていられるかよ」

 

 言い終わったちょうどそのとき、コネクトがテクノポップなコール音を鳴らして着信を知らせる。キムが横柄に応答すると、貧相な白いパジチョゴリ姿のクォンが薄笑いをたたえてウインドウに映る。

 

『キム族長、報告です。あのですね――』

「おい、クソ犬。お前は、やっぱり犬野郎だな」

『はい?』

「礼儀がなってないって言ってるんだ。何勝手に話し始めてるんだ? こっちの都合はお構いなしか?」

「デュフフ~ クソ犬だからね、親犬からはワンワンとしか言われてないんだろ」

「ははっ、ウケるぜ!――確かにこいつはクソ犬っスもんね、兄貴」

「ああ。畜生だから、まともなしつけなんてされてないんだろうな」

『あはは、これは失礼しました』

 

 後頭部をかいてクォンは笑い、仕切り直した。

 

『――それじゃ、あらためまして……今、ご報告してもよろしいでしょうか、族長?』

「ああ、聞いてやるよ」キムの背中が、黒レザーにだらしなくもたれる。「それで、どんな様子なんだ?」

『はい。――』

 

 クォンは遺跡周辺の警戒を強める警備隊、騒然とした運営委員会事務所前の様子を詳しく伝えた。霧に覆われた山のいただきで魔人に遭遇し、秋由大を失った調査隊が遺跡に逃げ戻って来たのが今日の黄昏時。コネクトで新田から事態を知らされた後藤は佐伯――警備隊を動かし、調査隊が帰還する頃には『霧の魔人』が追って来た場合に備えて厳戒態勢を敷き終わっていた。

 

「……ふん、すっかりびくついてるようだな。連中」

「そっスね。けど、その魔人とかってモンスター、ずいぶんヤバそうっスね」

「デュフゥ……死人も出たって話だしね」

「お前ら、ビビってるんじゃねえよ」

 

 余裕たっぷりに笑い、キムは熱い湯に気持ち良く浸かるごとくソファの背もたれに両腕を広げて乗せた。

 

「――魔人とやらがここまで来たら、警備隊とやり合わせりゃいいんだ。共倒れになればおんの字。どっちかが手負いで残ったら、俺たちがぶっ倒して天下を取ればいい」

「なるほど~ デュフフゥ~」

「さすが兄貴。考えてるっスね」

「これくらいは当たり前よ。――おい、引き続き様子を探って知らせろ。それと、こんな騒ぎを起こした委員会叩きもしっかりやっとけ」

『了解しました、族長』

「さぼるなよ。しっかり働け、クソ犬。いいな」

 

 投げ与えるように命じたキムは一方的にコネクトを切り、俎上そじょううお状態で身を固くしているユンとイを突き飛ばすように促してプレイ再開した。