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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.27 白い闇(5)

「……痛い? 痛い? 痛いよねえ? 痛いんじゃない? そうだよねぇ……」

 

 ユキトを見下ろし、魔人は独りごちながら殴られた薄い胸をさすった。

 

「――だけど、アンタが悪いんだよ! 殴るから! アタシを、アタシを、殴るから、殴るからッ! そうだ! そうだ! ムカつくなあ! 許せないよね! 女の子に乱暴するなんて、絶対! 絶対! 絶対! 絶対、無理ッ! 無理! 無理! 無理! 無――」

 

 蹴り飛ばそうと右足を後ろに振った魔人の後頭部がドゴッと衝撃を受け、振り返ったところに飛来した2発目のパイルが右顔面をグシャッとゆがませる。発射地点に目をやったユキトは、パイル・シューターにイジゲンポケットから出現させた新たなパイルを装填する秋を認めた。

 

「立て、斯波君! ぼやっとしていると、やられ――」

 

 飛びかかる影をかわし、右前腕から発射したパイルを黒い左胸に命中させる秋――ダメージを物ともせずに魔人が血色の爪を繰り出しかけたとき、光熱弾の爆発が黒い細身を反らせ、たたみかけて突っ込む稲妻のドラゴンがドォオンッッと吹っ飛ばして地面に片膝を突かせる。

 

「後退だッ! 全員、後退しろッ!」

 

 オーバーロード――全身から光を燃え上がらせ、日輪さながらに虹彩を輝かせる新田が叫び、バレーボール大の光熱弾連射で魔人の動きを封じにかかる。隊員たちがポーションやキュア・ブレスで傷を癒しながらよろよろ立ち上がり、自分たちが登って来た方に移動して退路を確保する中、秋に促されて下がろうとしたユキトは、流れに逆行しようとする紗季に気付いた。

 

「何やってるんだ、篠沢? 危ないぞッ!」

「分かってるけど、あれを使うと新田さんは――あッ!」

 

 まばゆいオーラが陰ってぐらっと揺れた瞬間、魔人が新田にドッと体当たりして仰向けに倒し、馬乗りになるや左右の腕を振り回してドカドカドカドカドカッ――と顔面を殴りつける。急ぎ矢を放とうとする紗季より早く発射されたパイルが右の角の根元にヒットして魔人をひるませ、仰向けの新田が至近距離から放ったサンダーボルトが閃光を爆ぜさせ、轟音で霧を震わせて体の上から吹き飛ばす。その隙に秋は顔面ボコボコの新田に手を、そして肩を貸してユキトと紗季のところまで下がった。

 

「……す、すまない、秋君……」

「何言ってるんですか、新田リーダー。――斯波君、篠沢さん、悪いけどリーダーを頼むよ」

「秋さん……?」

 

 紗季が張り詰めた秋の横顔を見つめ、ユキトは新田から手を放して前に出、パイル・シューターを構える気迫にただならぬものをビリビリ感じ取る。

 

「……どうするつもりだ、秋君?」

「俺がしんがりを務めます。リーダーはみんなと退却して下さい」

「だったら、あたしたちも――」

「2人には新田さんを任せただろ。残念だけど、君らがいたってこいつには歯が立たない。危険を冒すのは副隊長の俺だけでいい」

 

 一歩一歩、口の端を切れ上がらせてじわじわ近付く敵をにらみつけたまま言い、秋はちらっと振り返って柔らかに笑った。

 

「断っておきますけど、やられるつもりなんかこれっぽっちも無いですよ。――さあ、早くッ!」

「……分かった。――みんな、退却だ! 下山するぞッ!」

 

 新田が声を張り上げると、後方で待機していた隊員たちが足元に転がる石を蹴って走り出し、濃霧の中にふうっと姿を消す。そのアクションは、魔人の嘲笑を誘って足を速めさせた。

 

「――逃がさないよ! 逃がすもんか! 1人残らず、そう、1人残らず、グチグチ、ネロネロのミンチだあッ! くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふぅうううう――――――――――!」

「――さッせるかあッ!」

 

 間合いに踏み込んだ秋の右のパイルが魔人の左胸を、続けて左のパイルが右脇腹をドッと打つ。右、左、右、左、右、左、右――敢然と連打する背中に急かされ、ユキトと紗季は新田に肩を貸して後ずさり、背を向けて逃げ出した。そのとき――

 

「――ぐブッ!」

 

 破裂した声に振り返ったユキトは、前のめりになった秋の腰の辺りから突き出た赤い爪を見て凍り付き、紗季と新田もおののく目を見開いてがく然とする。腹を貫かれた秋はがくがく震える両足を踏ん張り、右手と薬指にペアリングがはまった左手とで光を帯びる黒い体をがっちりつかんだ。

 

「――し、秋君ッ!」

「……い、行って下さい、早くッ……!」

「気持ち悪……何この必死さ? キモ、キモ、キモォー! マジで無理だわあッ!――」

 

 血まみれの右腕がズニュッと引き抜かれ、黒い膝が腹部をヒステリックに蹴り上げて腰の血の染みを広げる。それでも秋は全身全霊、己のすべてをかけて押しとどめ続けた。

 

「あ、秋さ――」

「ダメだ、斯波君!」

 

 新田が強く制し、助けに戻ろうとする紗季をにらんで、「退却だッ!」と厳命する。

 

「――彼の行為を無駄にするなッ! 急げッ!」

 

 新田は躊躇ちゅうちょする両名を肩に回した腕で強引に押し、先に退却した隊員たちを追って濃霧に突っ込んだ。肩を貸す新田に歩調を乱されながら斜面を下りるユキトは山頂から断続的に響く苦悶の叫びを耳にしていたが、それは間も無く白い闇に飲まれたようにかすみ、聞こえなくなった……