REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.26 調査隊派遣(4)

 

 乾いた空気が冷えた夜半……浅い眠りから目覚め、ユキトはタオルケットの下で気だるい体をもぞもぞ動かした。残留する疲労とだるさのせいで全身が粘土のように、右手が骨肉まで鋼になったように感じられる。また入眠しようとまぶたを閉じたが、周りから聞こえる荒っぽいいびきが邪魔をし、何も考えまいとするほど昼間の出来事がよみがえって神経を高ぶらせる。

 

 早朝に遺跡を立ち、委員会事務所に定時連絡を入れつつ仲間と協力してモンスター――一つ目の装甲巨人や空飛ぶ巨大サソリ、黒アメーバ……毒針を武器に群れて襲う全長10センチの〈アーメ・ト〉――を倒して岩石砂漠とステップ地帯を越え、黄昏に黒ずんだ山々の麓に広がる森の手前でキャンプを設営して……――

 

(……明日は警備隊が途中で引き返した森を抜けて山にアタックか……コネクト発信者は、まだあそこにいるのかな……?)

 

 移動中、新田はずっとUnknownへコネクトを発信していたが、今のところレスポンスは無かった。

 

(……流動は落ち着いているから、フェイス・スポット――発信地点が大きく動くことはしばらく無いはず。もし発信者が何らかの理由で移動していても、そこに行けば何か手掛かりがあるかもしれない……)

 

 期待と不安、焦りが入り混じってますます目が冴え、横になっていられなくなったユキトは少し夜風に当たって落ち着こうとタオルケットをはいでむっくり起き上がった。すりガラスの窓からはおぼろな月明かりと、ポイントをチャージしておけば薪を燃やして炎を上げ続ける焚き火台の明かりが差して20平方メートル超の部屋を、眠りを貪る仲間たちが横になったベッドをほのかに照らしている。奥に水洗トイレと洗面所、シャワールームが付属するプレハブハウス――調査隊の宿舎としてStoreZのアウトドアショップ〈Nature Dream〉から男性用、女性用それぞれレンタルした物である。

 

(……っと……)

 

 隣のベッドで寝返りを打った大鳥を起こさないようにそろそろとベッドから足を下ろして立ち上がり、半袖Tシャツとトランクス姿の上にイジゲンポケットにしまっていたネイビーのジャージ上下をパッと着て……足音を忍ばせて玄関まで行ったユキトは、取り出したサンダルを突っかけて静かにドアを開けた。

 

(……新田さん……秋さん……)

 

 外に出ると、ポイントゲージが付属する焚き火台を前にアウトドア用のテーブル付きイスに座る戦闘服姿の2人が目に入る。微かに流れる地面をそっと踏んで近付くユキト……カップ片手に座っていた秋は、焚き火台を挟んで反対側に座り、背もたれに寄りかかって眠っている新田を目で示し、自分の左隣に置かれているイスを勧めた。

 

「……すみません」

 

 小声で言ってイスに腰かけたユキトは、マリッジリングをはめた左手を大事そうに抱え、顔やアップバングの髪を流動に撫でられながら寝息を立てる新田をうかがった。StoreZの持ち帰り弁当ショップ〈やみやみ亭〉の弁当を食べて腹が膨れ、まぶたが重くなった隊員たちが焚き火台の左右に設置したプレハブハウスの寝床へふらふら潜り込む中、新田はもうちょっと経ってから休むと言って動かなかったのだ。

 

「……ずっとここにいたんですよね、新田さん」

「明日のことを考えて、なかなか気持ちが静まらなかったみたいだよ。だけど、陣頭指揮を執って人一倍奮戦していたからね」

「秋さんも眠れなかったんですか?」

「もし救助隊だったらって考えると、ね。昼間戦った黒スライムみたいなのがまた不意打ちして来ないかも気になったし」

「そう、ですよね……すみません……」

「気にすることはないよ。目が冴えている者が見張っていた方がいいしね。ホットミルクか何か飲む? おごるよ」

「え? あ、じ、自分で買いますよ」

「遠慮するなよ。ほら――」

 

 秋はStoreZからファストフード店〈MASSマスフード〉を開き、ユキトに見えるようにメニューをスライドさせて「どれがいい?」と気さくに尋ねた。

 

「……それじゃ、ココアのホット、Sサイズでお願いします」

「了解、っと」

 

 秋はポイントと引き換えに現れたココア入りカップをペアリングが光る手で渡し、自分のカップのコーヒーを一口飲んだ。

 

「……夜が明けたら出発ですね」

「そうだね」

 

 秋はうなずき、自分の後方――ぼろぼろに刃こぼれした剣のようなシルエットの山並みを一瞥した。

 

「……斯波君もリアルに戻りたくてたまらないか?」

「ええ……」

 

 苦悩を潜めた目が、右腕のナックル・ガントレットへ落ちる。このおぞましい設定から一刻も早く逃れたい……――秋の視線が鈍く光る鋼のこぶしに向けられたのに気付き、ユキトは慌てて話を振った。

 

「あの、そ、そうだ、彼女さんとはどうですか? アヤカさんでしたよね?」

「ん? ああ、順調かな。斯波君とこはどうだい?」

「……そこそこ、ですかね……彼女、リアル復活にあまり興味が無いみたいなんですよね……」

「そうなんだ? 確かにリアル復活を切望する人もいれば、そうでない人もいるからな」

「秋さんは、このゾーンを出て家族に会いたいんでしたよね?」

「うん。アヤカをお母さんと弟さんのところに帰してあげたいしね。北村さんも家族に会いたくて調査隊に加わったって話だけど、斯波君もその口?」

「いえ……家族のことは別に気にしていないです。うちはバラバラなので……」

「そうなのか?」

「ええ……仕方なく一緒にいる感じですかね」

「ふぅん……仲直りはできそうもないの?」

「……僕が幼い頃、父親の浮気とかで壊れて以来ずっとですから。今さら……」

「……なるほどね……ま、血の絆なんて幻だと俺は思ってるからね。努力してもダメなものはダメかもしれないね」

「……そんなふうに思うことがあったんですか?」

「うん……うちの母親は、俺が子供の頃に浮気して出て行ったんだよ」

 

 焚き火台で揺れる炎を見つめ、秋はコーヒーを一口すすった。

 

「――その後、連絡は一切ない。人づてに聞いた話だと、新しい家族とうまくやってるらしいけど。もう関心が無い……切り捨てた過去なんだろうな」

「……そうだったんですか……すみません、変なこと聞いちゃって……」

「いいんだよ。もう決着したことだから。だけど、それまでは結構荒れていてさ、親父にもずいぶん迷惑かけたんだよね。でも、親父は見捨てずに向き合い続けてくれた。その恩を俺はまだ全然返せていない。だから絶対にリアル復活したいんだ」

 

 確固とした意志に満ちたまなざし……それを見つめるうち、ユキトは彼といれば自分の願いもかなうような気がしてきた。

 

「……必ずできますよ、リアル復活。僕も頑張ります」

「ああ、一緒に頑張ろうな、斯波君」

 

 つい声が高くなってしまった2人は新田を気にして口を閉じ、顔を見合わせて微苦笑した。

 

「……リアル復活できたら、今度は斯波君がコーヒーをおごってくれよ。ちょこっとミルク入りで」

「はい。そのときはぜひ」

 

 秋が乾杯のときのようにカップを軽く上げ、ユキトも応じて左手に持ったカップを上げてから口に運んだ。少しぬるくなったココアは、胃袋から体をほんのりと温めてくれた。