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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.25 アンノウン(2)

「――ぅわあああッッ!」

 

 爆ぜて飛び起き、体を二つに折り曲げてユキトはあえいだ。ドッドッドッドッ――と破裂しそうなほど心臓が鳴り、掛け布団を握る左右の手が薄闇で小刻みに震える。からからに乾いた口でむさぼるように呼吸をし、どうにか落ち着いたところで頭をおずおずもたげ、冷や汗でパジャマの脇や背中を濡らして縮んだ体を起こすと、ベッドがギシ……と重くきしんだ。

 

「……どうかしたの?」

 

 左隣から案じる潤の声がする。掃き出し窓のカーテン越しに月明かりがうっすら差し、セミダブルベッドの上に並ぶパジャマ姿の少年少女を幽霊のようにぼんやり浮き上がらせていた。彼等はローンを組んで購入したそれぞれのプレハブハウスを行き来し、たまにどちらかの家に泊まることもあった。

 

「……いや……」

 

 ユキトはナックル・ガントレットをはめた右腕を引きずって体の陰に隠し、すぐ右横――ベッドがくっ付いた壁際の暗がりに視線を這い込ませて首やあごの汗を左手で拭った。と、不意に悪寒が走り、全身――とりわけ右腕が強いだるさにとらわれる。デモン・カーズが右前腕を拠点に肉体を少しずつ蝕み、着実に勢力を広げている――ユキトはぶるっと身震いし、そうした現実をごまかすように説明した。

 

「……ちょっと、怖い夢を見ただけだよ。ごめん……」

「そう……びっくりしたわ」

 

 潤は視線を外して伏せ、黒髪の流れを撫でるようにいじった。影の膜に覆われたその横顔を横目でうかがったユキトは黒ずんだ空気に混じる匂いに誘われ、体を横に傾ければ肩が触れるところにある存在へ伸びかけた左手を止めた。それは行き過ぎた肌の触れ合いを拒む相手への遠慮からと、手に微かに残る震えが秘密までも伝えてしまうような気がしたせいだった。

 

「……どんな夢だったの?」

「えっ?」

「ユキトを怖がらせるような夢って、どんなものなのかなって」

 

 視線を滑らせて見つめる潤にユキトはまつ毛をばたつかせ、詰まった喉からその場しのぎの答えをどうにかひねり出した。

 

「……その……ゾンビかな?」

「ゾンビ?」

「う、うん、ゾンビ映画みたいにうじゃうじゃいてさ、ものすごく気持ち悪かったんだ」

「そうなの。私は、そういうの嫌いじゃないけど。その手の映画とかドラマ、たまに見るわよ」

「そ、そうなんだ……」

「だけど、意外ね。毎日のように気味の悪いモンスターと戦っているのに、ゾンビが怖いなんて」

「たくさんいたから、慌てただけだよ。実際そんな場面に遭遇したら、ちゃんとやっつけるよ」

「分かっているわ。ふふ」

「ホントに?」

「もちろん。頼りにしているのよ、私は」

「そ、そっか」

「ええ」

 

 薄闇に包まれて話をしているうち、手の震えはいつしか治まっていた。つながりに慰めを得た少年は密かな苦悩を紛らわせたい衝動に駆られ、ぬくもりを求めて少女の肩に左手を回した。だが、指先が触れた先にあったのは、たちまち硬くなった肉と――

 

「だめ……約束でしょ」

「……ご……ごめん……」

 

 薄ら寒い声――左手は骨を失ったように外れて落ち、胸をえぐられたような空虚さを抱えてユキトは背中を丸めた。潤を、最も親密な関係を失うこと、それが何よりも怖かった。

 

「……明日……」

 

 自分の右腕を左手で抱えてユキトから離し、冷めた声が薄闇に揺らめく。

 

「……あの子のコンサートで忙しいんでしょう? ちゃんと休んだ方がいいわ」

「……ぅん……」

 

 結んだ唇の奥でくぐもる声……寒々しい空隙くうげきにうなだれたユキトはしかし、それゆえになおさらあがかずにはいられなかった。

 

「……や、約束は、守るよ……手を出さないっていうのは……だけど、その……少しだけ、だ、抱かせてくれないかな……言葉通りの意味で……」

「……」

「……僕は、ただ感じたいんだ……君が、ここにいるってことを……」

「……らしくないわね」

「……ごめん……」

「……謝ってばかりね、今夜は」

 

 うつむきをやや細まった目で斜に見、潤は少し間を置いてからつかんでいた自分の右腕を放してユキトの左腕に軽く触れさせた。互いのパジャマ越しに伝わる微かな体温……それは寒気にさいなまれる孤独にとって、涙がにじむほどかけがえの無いものに感じられた。

 

「……あ……じ、潤……」

「……約束、忘れないで」

「……ごめん……」

「……謝らないで」

「うん……」

 

 ユキトは大切なぬくもりをぎこちなく、壊れ物を扱うように抱き寄せた。

 ナックル・ガントレットで隠した右腕から魔人化が進行し、人ではない姿になって最後には死に至る――

 その恐怖を忘れようとする少年は、求めることに夢中で気付くことができなかった。肩を抱かれている少女の目が、暗がりの中でいとわしげに細められているのを。