REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.25 アンノウン(1)

 

 ……息詰まる闇……

 前後左右……見上げても闇……ローファーを履く両足が踏む、どこかあいまいな感触の地面も闇……自分を除くすべてが暗黒――

 一寸いっすん先も見えず、微かな音もにおいも無く、おずおずと探る手も暗闇をむなしくかくばかり……息苦しさにあえぐ心臓ごと跡形も無く溶かしてしまいそうな無窮むきゅうにユキトは震え、こわばる体を葵乃あおいの高等学校の制服ごときつく抱いた。

 

 ――……夢、だよな……これ……?――

 

 答えは、無い。

 

 ――……夢だろ……夢に決まってるじゃないか。こんな暗闇、おかしいもの……――

 

 ひとりごち、右手を顔に近付けて目を凝らす……よそよそしい着心地のブレザーとワイシャツの袖から出た手は、輪郭からしてごく普通の人間のもの。それを確かめて目元が緩み、安堵のため息が漏れる。

 

 ――……そうだよな。こんな暗闇もテンペスト2.0とかってのも全部夢……僕はきっと寝落ちして、椅子にもたれているんだよな……そういや明日は木曜だっけ? 一時限目は英語かぁ……確か六時限目が体育で……はぁ……あ、そうだ。数学の問題集、やっとかないとヤバいんだよな……――

 

 面倒事を思い出し、そろそろ起きなければと焦る。しかし、闇は何の変化も見せなかった。

 

 ――嫌なんだよ。クラスメイトの前で恥かくのは……成績のこと、親にごちゃごちゃ言われたりするのも……だから、もう起きないと……今、何時なんだろう……?――

 

 覚醒しようとまぶたをぎゅっとつぶったり開いたりしていると、前方にぼんやりとした光が現れ、だんだん近付いて来る。目が覚めてきたのか――そう思ったのも束の間、接近する光は数メートル手前で止まり、うつつにつながることなく人の形になった。

 

 ――……誰?……――

 

 見定めようとした目が、驚きで全開になる。

 向かい合う相手、それは自分――ワイシャツに赤ネクタイを締めてネイビーのブレザーを着、グレーのスラックスと黒革のローファーを履いた今の格好そのままだった。

 

 ――……ああ、これは夢だもんな。自分が出て来たっておかしくはない――

 

 唇をひくつかせて苦笑……鏡像はそれを嘲笑うと、すっと右手を差し出した。

 

 ――それはッ!――

 

 心臓がバクンッとはじけ、顔が嫌悪と恐怖でぐずぐずになる。

 角のように太く尖った赤黒い爪、恐竜を思わせる節くれ立った黒い手――人知れずユキトを苦しめ、死へ引きずって行く魔人化現象――

 

 ――ッッ!――

 

 とっさに右手を背中に隠して後ずさると分身の口が赤い下弦の月になり、異形の右手が腫脹し、腕と肩が袖を引き裂いてボコッと盛り上がる。胸、首から頭部――左肩からもう一方の腕――腹部、そして下半身――一回り大きくなってワイシャツとブレザーのボタンをブチブチ飛ばし、ベルトの金具をガヂッと壊し、スラックスを縫い目から引き裂き、靴下とローファーを突き破って変貌するドッペルゲンガーは、凍り付くユキトの前に正体を現した。人間とはかけ離れた悪魔、黒い鬼に似た恐ろしく異様な姿を――

 

 ――う、ううッ?――

 

 悲鳴を上げかけたとき、凶暴な生命力で張り裂けんばかりの黒い肉体に異変が生じる。みなぎる力が弱まり、膨れた肉がしぼんでたるんだ皮膚がぼろぼろ剥落はくらくし始め、腐敗臭がほのかに、そしてすぐさま強烈に鼻腔を突き刺す。

 

 ――あ、ああ……ああ、ああ、ああ……!――

 

 声を詰まらせる前で魔人は腐り落ちてどろどろのスライム状になり、ずたずたにされて落ちた制服をずるずる引きずって迫る。驚き、逃げようとするユキトは右手にカァーッと高熱を感じ、ぎょっとして向けた目が黒い変異にとらわれる。

 

 ――うわあッッ! あああッッッ! うわァアアアアアアアアアアッッッッッッ!――

 

 半狂乱になってぶんぶんぶんぶん振る右手から呪いが急速に進行し、ユキトを黒い怪物に変えて……――