REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.24 消えない影(1)

 

「――ほぅら、シンちゃー! おすな、サラサラきもちええよぉ~ あははははっ!」

 

 無邪気に跳ねる素足が柔らかな風紋に足跡の音符を書き、パールピンクのくしゃくしゃ髪が乾いた空間の流れを軽やかに泳ぐ。花柄のオープンショルダー半袖Tシャツをなびかせて無軌道に走るジュリアは気まぐれにくるくる回転し、温かな砂の上にボフッと仰向けに倒れた。かすみがかかったような青空には薄ぼけた太陽が浮かび、流動のままにゆらゆら揺れ、当てどなく流れていた。

 

「おい、ジュリ……サンダルそこらにぬぎすてんじゃねーよ。ったく……」

 

 追い付いたシンが右手に持った1組のエジプトサンダルをぶらつかせてため息をつき、顔の近くに浮かぶヘブンズ・アイズの3Dマップをチェックする。幸い、近くにモンスターの反応は見当たらなかった。

 

「――それと、オレからはなれるな。モンスターがでてくるかもしれねーんだから」

「そんときは、シンちゃーがたすけてくれるやろ」

 

 屈託なく笑い、ハーフパンツから出た足を軽くばたつかせる……先日――ジュリアが遺跡を飛び出したときの嵐でフィールドは変化し、遺跡西側は岩石砂漠から緩やかに起伏する砂砂漠すなさばくになっていた。休日、テントでごろごろしていたシンは、遊びに行きたいとせがむジュリアに押し切られて渋々付き合っていた。

 

「……やれやれ。おい、ここにおいとくからな。ながれていかねーうちにはけよ」

 

 エジプトサンダルを砂まみれの足のそばに置くと、シンは隣に腰を下ろして足を投げ出し、陽炎のような砂漠の彼方をぼんやり眺めた。のどかな流動がぼさぼさ金髪と野性味ある少年の顔を、Vネックの襟からのぞく張りのある胸や半袖から出たたくましい腕を撫で、カーゴパンツの裾から出て黒いスポーツサンダルを履く足をくすぐる。何もかもふうっと忘れさせる穏やかさに、シンは白昼夢を見ている心持になった。

 

「……ユメ、みてーだな……」

「ユメぇ?」

 

 ジュリアが起き上がり、横からじっと見つめる。

 

「……いや、なんでもねーよ……」

 

 目を合わせずに言い、シンは名残なごり惜しむようにゆっくり立ち上がった。

 

「……そろそろかえるぞ。サンダル、はけよ」

「えー! きたばっかりやないのー」

「モンスターがでてくるかもしれねーっていってんだろ。ながいはしねーほうがいいんだ」

「ぶー! つまらへんの」

「もんくいうな。おい、かみとかあしについてるすな、ちゃんとおとせよ」

「ぷう」

 

 ジュリアは頬を膨らませて立ち上がり、髪や衣服に付いた砂を不器用に払い落し始めた。

 

「う~ あしのゆびのあいだのすながおちへんよ~ あせでくっついとる~」

「ちゃんとバリアはっとかねーからだろ。ユルいんだよ、オメーは。テキトーでいいから、さっさとしろよ」

 

 シンはぼさぼさ頭をボリボリかき、砂をどうにか落としてエジプトサンダルを履いたのを確かめると、先に立ってゆっくり歩き出した。と、その背中にいきなりジュリアがぴょんと飛び付く。

 

「うわっ? なにしてんだよ、オメー!」

「はしって、シンちゃー!」

「はぁ?」

「シンちゃーごう、はっしーん!」

 

 おぶさり、足をシンの腹で組み合わせて、ジュリアは朗らかに笑った。

 

「おい、フザケてんじゃねーよ」

「はしってくれへんなら、かえらへんよ」

「あぁ? だだこねんなよ」

「……だって……せっかくのおやすみやのに……ジュリ、シンちゃーといっぱいあそぶの、たのしみにしてたのに……ぐすっ……」

「……ちっ、わーったよ。わかったから、みみもとでめそめそすんな……ちょっとだけだかんな」

「ほんま?」

 

 ぱっと顔が晴れ渡るジュリアをしっかり背負い、動き出したシンは足跡をスローテンポで残した。

 

「もっとはやくぅ!」

「わかったよっ!」

 

 砂を蹴ってスピードを上げ、微かに流動する風紋を乱しながら蛇行する青き肉体――その首筋に歓声を上げる柔らかな頬がくっ付く。そのぬくもりに胸が熱くなったシンは自然と加速し、茫漠たる砂の世界をひた走った。

 

「――うわっ!」

「シンちゃー!」

 

 砂に足を取られてシンがよろけ、ジュリアをかばって前に倒れる。慌てて背中からどいたジュリアは両手両膝を突き、半ば埋もれた顔をのぞき込んだ。

 

「シンちゃー? シンちゃー!」

「……しんぱいいらねーっうの」

 

 手を突いて体を起こし、シンは転んだ恥ずかしさがにじむ顔を見せた。バリアのお陰で傷はもちろん、顔や髪に砂が付いてもいなかった。

 

「……かんにんな、うちのせ――ふげッ?」

「めそめそすんなって、いってんだろ」

 

 可愛らしい鼻をつまんで黙らせ、目をぱちくりさせるジュリアを見て、ぷっと吹き出す。

 

「――ははは、なんだそのかお。ウケるぜ。あははは……」

「ひっどーい!」

 

 鼻を放してげらげら笑うシンを、怒ったジュリアがこぶしでぽかぽか打つ。手でこぶしを防ぎながらの笑い声は、紅潮して膨れた顔を見たことでさらに高くなった。

 

「わらったらあかん! あかんのー!」

「わ、わかった、わかったって……はは、ワリぃ」

 

 尻をついたシンがのけぞって謝ると、膝立ちしていたジュリアはぺたんと座って頬をすぼませ、むうっとにらんだ。

 

「おんなのこにそないなこと、したらあかんよ!」

「ワルかったよ。ふふ……」

「ほんまにはんせいしとるの?」

「してるっつーの。ワルかった。すみませんでした」

 

 あぐらをかいてぺこりと頭を下げると、ジュリアはようやくあどけない笑顔を咲かせた。それを見つめ、めでるシン……はるか上空で、濃い雲がおぼろな陽を遮って辺りがふっと暗くなる。その瞬間、シンの顔におびえに似た影が差す。

 

「……どーかしたん?」

 

 不思議そうな問いかけから顔をそらし、シンは半ば無意識に右手で砂をつかんだ。そして力無く上げると、砂はむなしい手ごたえを残して指の間からこぼれ落ちていく。

 

「……どうもしねえさ……」

「うそ!」

 

 ジュリアは右隣に座り、うつむいて陰った横顔を注視した。

 

「……なんかあるんなら、ゆーてよ。うちじゃ、やくにたたへんかもしれへんけど……」

 

 砂漠が雪原に変わったかのように身を縮め、下唇をかむシン……ジュリアは不安を募らせ、たまらず右腕をつかんで揺すった。

 

「ねぇ、シンちゃー! シンちゃってばぁ!」

「――やめろよっ!」

 

 振り払われ、ぐらついたジュリアはとっさに手を突いて傾いた体を支え、驚きに満ちたまなざしで隣を見つめた。当のシンは、乱暴を働いた右手を怪物でも見るように凝視し、凍り付いていた。

 

「――!」

 

 脇に浮かぶヘブンズ・アイズの画面の微かな動き――ちらと目をやったシンの体が跳ねて立ち上がり、戸惑うジュリアの視界でイジゲンポケットから出したバイオレントⅣをきつく握る。むき出しの刃然としたまなざしは、ゆがんだ砂色の向こうから接近する影たちに突き刺さっていた。