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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.23 ツインテール・エクスタシー(3)

 小走りでルルりんシアター正面に戻ると、じき開幕を迎える会場はたくさんの観客でごった返し、人いきれが冷や汗と熱っぽい汗とで肌をじっとり湿らせ、公式半袖Tシャツをべたっと貼り付けるユキトを蒸した。ステージ前では整然とした横列――先刻より五割増しになった公式半袖Tシャツ姿が金色に光るペンライトを握ってライブ開幕を待ち焦がれており、その中にはルルフのぬいぐるみを抱えたり、ツインテールのウィッグを付けたりしている者もいる。そうした熱い群れの後方では、ラフな服装の200名弱ほどが雑談するなどしながら時間を潰している。

 ――中毒者と予備軍か……と、ユキトはルルラー――ルルりんキングダムメンバーとそれ以外をはたから観察した。ライブの目的は、既存ファンをさらに深くハマらせることと新規ファン獲得。ファンが増え、熱を上げた者たちがグッズを買えば買うほど、ルルりんキングダムが潤う仕組みである。

 

「……あの魅力でライブをやられたら、またルルラーが増えるだろうな……」

 

 楽屋でのことを思い出したユキトはギュッと瞑目して頭を左右にブンブン振り、これまでにどれだけポイントを吸い上げたのだろうかと考えた。

 

(……狩りとかで稼いだポイントだけじゃない。SOMA密造はまだ疑惑だけど、脱税や借ポイントしたものとか、SOMA密売で得たポイントは流れている……だけど、なぜそうまでするんだろう? 単純に金、じゃなくてポイントの亡者なのか……何かたくらみがあるのか……?)

 

 思案していると、いきなり「おいッ!」と、どすの利いた声が背後から打つ。びっくりして振り返ると、相撲の蹲踞そんきょをしているような形相の北倉がガーディアン数人と立っていた。

 

「な、何ですか? 別におかしなことは……あ、いや、わざとは……」

 

 顔を赤らめて両手をうろたえさせるユキトを北倉は仇敵のようににらみ、がっちりした唇を威嚇するように突き出した。

 

「ルルりんが、お前を特等席に案内しろとおっしゃっているッ! 一緒に来いッ!」

「えっ、特等席?」

「最前列、ステージのど真ん前だッ! 感謝しろよッッ!」

「そ、そんなすごいところじゃなくていいですよ! 後ろの方で……」

「何ィィッ? ご厚意を無下にしようってのかァッ!」

「い、いえ! そ、そういう訳じゃ……」

 

 そんなところで観賞したら夢中にならないか不安だが、今は潜入捜査中。穏便に済ませた方がいい……そう判断し、ユキトはやむなく従った。北倉は観客をぐいぐいかき分けて最前列に着くと、そこにいる者たちにルルフの指示だと伝えて無理矢理場所を作り、ぐずぐずしているユキトを強引に引っ張ってそこに押し込み、面白くなさげな一瞥をくれて引き上げた。

 

(……うぅ……)

 

 左右、そして後方から刺さる、不可解な特別待遇をいぶかるまなざし……ちくちくする感覚にユキトは身を縮めて固め、早くライブが始まることを願って時計アプリとにらめっこした。やがて定刻が近付くにつれて会場は静かになり、ガーデンライトとステージのライトが消えて、辺りはたくさんのペンライトがきらびやかなイルミネーションを成す薄闇に変わった。

 

(……時間だ。始まるのか……?)

 

 左右のこぶしを固め、胸をガードするように上げたユキトの視界――ステージの闇からいくつもの光が生まれ、厳かなメロディに乗って踊り出す。それらの光――無数の羽根は、ステージを飛び出して吹雪のように会場を舞い、400人近い観衆を幻想的な光景で魅了した。それは、ルルりんシアターに設置された機器による特殊効果。観衆の頭上を舞い、目の前に降る光の羽根は高まるメロディが最高潮に達したところで粒子となってパアッと散り、同時にステージから黄金色の光がパアアッッとあふれる。目を引かれたユキトたちは、ステージの真ん中で両手を翼状に広げて後光を放つツインテールの天使に釘付けになった。

 

(――た、高峰さん……――)

 

 ツインテールを作る羽毛のシュシュ、純白の羽根でできたビスチェタイプのショートドレスと腰で結ばれた翼状のリボン、白のショートブーツ――さっき楽屋で見たものだが、ステージ上でライトアップされてきらめく美の結晶は、比べものにならないほど崇高なオーラを発して会場を飲み込んだ。

 

『――ハァァァイ―――パァァァァ―――――――――プゥリ――ティィィィィッッッッ――――――!』

 

 耳かけタイプのヘッドセットマイクを通して増幅されたルルフの声が鮮やかに響き、呼応してワアアアアアァァッッッッッと噴火した歓声の重なりが会場を震動させる。そのど迫力、そしてほんの数メートル先のまばゆさにこぶしを開き、ガードを下げてただただ圧倒されるユキト――その目を艶っぽい瞳でロックオンし、微笑んで網膜に自らを焼き付けさせてからルルフは右手を高く掲げた。

 

『――イッッくよォ――――ッッッ、ツインテール・エクスタシーィィィッッ――!』

 

 持ち歌の一つ『ホープ☆』のイントロが流れ出すと、音楽そのものになったかのように体が躍動し、ブロンドのツインテールが、翼状のリボンと羽根のミニスカートがリズミカルに踊って、会場では金のペンライトが右に左に波打つ。熱狂的な波間にたゆたうユキトの視界でルルフは『ホープ☆』に続いて『ゼッタイ♡エイエン♡オンリー・ユー』、『ブリリアント・エンジェル』を披露し、波状攻撃で先程楽屋で受けたダメージが残る心に衝撃を加え続け、屈してはいけないと踏ん張る魂を粉砕しようとした。

 

(……ぼ、僕は、警備隊で……警備隊だから……)

 

 ひどい流動のただ中にいるように視野が揺らめき、歌い、踊るルルフの姿が相対的にくっきり浮かび上がる。知らず知らず頭をふらふら揺らすユキトは、なぜ警備隊にいるのかよく分からなくなってルルフから視線を外そうとしたが、目玉はがんじがらめにされているように動かなかった。

 

(……こ、このままじゃ……スパイじゃなくて、ほ、本当に……――)

 

 膝が崩れかけたそのとき、歌声に横からわめき声が混じる。微かな乱れの隙に呪縛から逃れ、右へ倒れ込むように目をそらした先には、警備を振り切ってステージ前へ突っ走って来る白のドレスシャツにブラックストライプ柄のベスト、グレーのデニムジーンズ姿の少年――ジョアン・シャルマがいた。