REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.23 ツインテール・エクスタシー(2)

 

「――ようこそ、斯波ユキト」

「えっ?」

 

 目を奪われていたところへ、水をかけるような声――視界に入っていなかったが、横の方に半袖Tシャツ姿のマッシュルームヘア少年が立っていて、ジトッとした目で見ていた。

 

「あ、どうも……鎌田――さん。初めまして」

「君とこうして話すのは初めてだね。ルルりんのマネージャーで、本日のライブ運営を任されている鎌田キヨシだ」

 

 胸を張っての名乗りに、ユキトはジョアンがマネージャーだったはずといぶかり、尋ねた。

 

「ああ、彼は追放されたよ」

「えっ、追放? いったい何があったんですか……?」

「ルルりんに乱暴しようとしたんだよ。人が良さそうな奴ほど、キレると危ないって典型てんけいだね。――ねぇ、ルルりん」

「そうね。――ユッキーんとこにはコネクトとか無いの?」

「いや、全然……」

「みじめ過ぎて連絡できないんでしょう。何しろ石ころですからね。くくっ」

「石ころ?」

「もういいわよ、そのことは。カマック、ルルはユッキーと2人で話したいことがあるから、ちょっと外してもらえるかな」

「えっ? しかし……」

 

 いかついナックルダスターと合体した鋼の右手を見て、渋る鎌田。しかし、ルルフがにっこり笑って命令するとたやすく言いなりになり、危険を感じたらすぐに呼んで下さいと何度も何度も念押しし、手を出したら絶対に許さないぞという目付きでユキトにプレッシャーをかけ、後ろ髪引かれる様子で楽屋を出て行った。

 

「――さて、とっ」

 

 2人になると、ルルフは椅子からふわっと立ち上がり、その動作だけでドキッとするユキトのすぐ前、唇の細かな筋が分かる位置に寄って赤面した顔をまじまじと見つめた。磨きがかかって黄金比率に近付いている美貌――うっすら潤んだなまめかしい瞳の宝玉――陶酔させながら精気を吸い取りそうな唇――首やあふれそうな胸元から香って恍惚とさせる匂い――自然と鼓動が早まり、鼻の穴が広がって全身が熱くなったユキトは、本能のまま屹立きつりつしたものに気付いて腰を慌てて引き、お辞儀じぎするようなモーションをした。

 

「――あ、やぁん」

 

 前かがみになったユキトの顔が、胸の谷間に埋もれる。状況が理解できず、張りのある柔らかさに束の間酔って我に返り、素っ頓狂な声を上げてのけぞると床に尻もちをつく――一大事かと血相を変えて飛び込んで来た北倉と鎌田をルルフは何でもないからとにこやかに追い払い、床に尻をついたまま真っ赤な顔で心臓をバクバクさせているユキトを見下ろし、妖艶に微笑んだ。

 

「もしかして、ユッキーってドーテー君? あのつんけんした子とはしてないの?」

「いいいいや、あ、あの、そ、そそそそ、ぼぼ、ぼ、僕は……」

「そっかあ……ま、恥ずかしがらなくてもいいよ。ルルも処女だし。自分の価値を落とすことはしない主義だからね」

 

 ルルフは横に回ってしゃがみ、至近距離から狼狽を見つめて、にやっと笑った。

 

「ユッキー、今日はどうしてライブに来てくれたの~? ルルのTシャツまで着てさ」

「えっ? そ、それは、だって、ぼ、僕は高峰さんの――」

余所余所よそよそしいなあ。ルルりんって呼んでよ」

「……ル、ルルりんの生歌が聞きたかったから……」

「ふぅん。ま、理由はどうでもいいわ」

 

 ルルフはグッと顔を近付け、ユキトの見開いた目を釘付けにした。

 

「――ねぇ、ユッキー、しもべになってよ」

「へえっ?」

「警備隊に籍を置いたままでいいから、ルルのために働くの」

 

 頼もしそうにナックル・ガントレットを一瞥し、なめるようにささやく。

 

「――この腕でルルのためにポイントをガンガン稼いで、必要なときに警備隊の動きを教えてくれる……それだけでいいんだよ」

「そ、そんなこと、言われても……!」

「いいじゃない。そんなに難しいことじゃないよ~」

 

 見えない糸がユキトに絡みつき、虜にしようと甘美な毒を染み込ませる。

 

 たらし込まれるな――

 

 佐伯の戒めをかみ締めたユキトは、潤や警備隊のこと、さらにはリアルでの家庭や学校における不愉快な記憶の数々まで総動員して必死に気を散らし、どうにかこうにか抵抗した。

 

「……かっ、か、考えさせて……考えさせて下さい……!」

 

 後ろにずってぶつかった壁にすがりながら立ち上がり、ルルフから目をそらして、考えさせて欲しいと念仏を唱えるように繰り返し……

 

「しょうがないな~ まぁ、今夜のライブを楽しんで、よーく考えてよ。きっと踏ん切りが付くわよ」

 

 触ろうと伸びる手――ユキトは悲鳴を漏らしながら全力で避け、ドアに飛び付くと楽屋から転がり出た。触られたら、やっとのことで立て直した気持ちがドッと崩れてしまいかねなかった。そして、待ち構えていた鎌田と北倉がどうしたのか問い質そうとするのを振り切って楽屋口から飛び出し、警備と待機しているガーディアンたちとに不審な目で見られながら膝に手を突いて荒い呼吸をする……辺りはすっかり暗くなり、楽屋口の上に設置されたライトが前かがみの姿を後ろから照らして整地された地面に薄い影を落とす。

 

(……僕は……僕は、任務を果たさないといけないんだから……)

 

 強く言い聞かせて額や頬ににじんだ汗を左手で拭うと、ユキトは体を起こしてルルりんシアター正面へ逃げた。その頭上では、波乱を含んだかのように濁った雲がとぐろを巻いていた。