REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.22 甘い腐臭(2)

 

「イジンめ。害虫そのものだな」

「ホーントですよねぇ~」

 

 入谷がアヒル口をゆがめて尖らせ、うずうずした様子でブルウィップをピシッと引っ張ったり緩めたりする。見物人の目が無かったなら、クラウジオをビシッ、ビシッと打ち据えかねない――イエローゴールドのミニーヘア少女がにじませる狂気は、ユキトと潤の体を固くさせた。

 

「……そいつ、ルルりんキングダムのサイトでグッズを買うために密売していたみたいです」と、ユキト。「自分で言っていました」

「あのブラジル系イジン、グッズ購入額でランク付けしているからな」

 

 とんだクソ女だな、と毒づき、矢萩は頬骨高い顔に憎悪をたぎらせた。ルルフはサイト内のグッズ・ショップ〈プリティ・ルル〉でグッズ――StoreZのショップに発注したりハンドメイドしたりしたフィギュア、Tシャツ、ぬいぐるみ、キーホルダー、缶バッジ、トレーディングカードからミュージック・ビデオやイメージ・ビデオ等々――を販売し、購入額に応じてランク付けしてメンバーを競わせており、躍起になってポイントをつぎ込む者の中から犯罪に手を染める者が出てもおかしくはなかった。

 

「――闇金まがいのことをしているコリア・トンジョクから借りて貢ぐバカもいるらしいし……まったく、イジンも、そいつらに食い物にされるヤツらも見下げ果てた連中だ。――おい、斯波、加賀美、お前たちはそんなものに引っかかるなよ」

 

 素直に返事する両名……傲岸にうなずき、矢萩はクラウジオに目をやった。

 

「――そいつは俺たちが預かる。お前たちの働きは俺が上に伝えておくから、通常パトロールに戻れ」

「え? はあ……」

「潤ちゃんもそれでいいでしょ?」

「……はい、構いません」

 

 ユキトは微かに不満をにじませ、潤は無表情で同意した。にやっと笑った矢萩は身柄と証拠品のSOMAを入谷に引き取らせると、警備隊本部が入っている軍務マネジメント局事務所の方へ歩いて行った。それで野次馬もばらばらと立ち去り、事件がもたらした興奮は引いていった。

 

「……また自分たちの手柄にするつもりか……」

 

 苦虫をかみ潰した顔をするユキト。密猟の一件のときも現行犯逮捕した犯人を横取りされているのだ。と、潤が横で「仕方ないわ」と冷ややかに言う。

 

「――あれでも一部には人気があるから、変にもめたくないわ。世渡りのためと思って割り切りましょう」

「ん……」

 

 傷のような縦じわを眉間に刻み、ユキトは潤から視線を外して伏せた。矢萩を見るたびに『あの夜の出来事』が鈍いうずきとともによみがえり、胸をざわつかせていた。

 

「……どうかしたの、ユキト?」

「……いや、釈然としないなって思ってさ……」

「もう忘れましょう。考えても、嫌な気持ちになるだけよ」

 

 黙ってうなずいたとき、立ち去る見物人たちの間から紗季が現れ、近付いて来た。

 

「お疲れ、斯波。――加賀美さん」

「篠沢……食事の帰りか?」

「うん。大騒ぎだったみたいね」

「まあね。内偵捜査して、取引現場を押さえたんだ。そしたら、逃げ出してさ……」

 

 ユキトが元気なく両手を動かしていきさつを語ると、紗季は「SOMA、結構闇で出回ってるみたいね……」と憂いた。

 

「……ここにトバされて、もうじき5カ月……すっかり慣れた人がいる一方で、うつっぽくなったりすさんだりした人も少なくない……そういう人たちが手を出しちゃうの、分からなくもないな……」

「SOMA絡みは、すべて犯罪です」

 

 潤がぴしゃりと言い、指差して痛烈にたたみかける。

 

「――篠沢さん、あなたは仮にも法務マネジメント局のトップよね? そういう立場にいる人の発言とは思えないわね」

「あたし、SOMAを容認するつもりはないわ」両手の盾が、胸の前に上がる。「ただ、手を出す人の気持ちも分からなくはないって言っているだけよ」

 

 そんな言い合いを前にユキトは困惑し、両手をそろそろと上げた。

 

「ま、まあ、とにかく良くないよ。SOMAを売るのも、買って吸引するのも」

「そうね」

 

 紗季から顔をそらし、黒髪を右手で撫で付ける潤。

 

「――パトロールに戻りましょう、ユキト。私たちが、ハーモニーをしっかり守らないといけないわ」

「う、うん。――じゃ、篠沢……」

 

 離れる潤にユキトは慌て、挨拶もそこそこに早足で追い付く。残った紗季は静けさを取り戻した薄暗い路地にたたずみ、左右に立つプレハブ住宅に圧迫感を覚えて夜空に視線を逃がした。そこではうろこ状の雲が一面を覆い、星一つ見えなかった。

 

「……いったい、いつになったら出られるのよ……!」

 

 かすれたため息を漏らし、独り歩き出す紗季……その姿はやがて、カーテン越しの薄明かりさえ届かない暗がりへと消えていった。