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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.22 甘い腐臭(1)

 

 ――走る――走る――走る――

 

 雑然としたプレハブ住宅群の間、宵の薄暗いとばりが下りた路地をネズミさながらに駆け、出くわした者を突き飛ばして一目散に逃げるパーカー、ジーンズ姿の南米系少年――窓に引かれたカーテン越しの光に照らされるその後方から警備隊隊服姿のユキトが猟犬のように追い、ぐんぐん距離を縮めていく。

 

「――止まれッ! 逃げられないぞッ!」

 

 警告に引きつった顔で振り返り、すぐまた前を向いて息を切らし、濃い目の顔から汗を飛ばして前のめりに走り続ける逃走者――と、前方、住宅の陰から黒髪ロングヘアを躍らせて飛び出した人影が警棒で少年の腹をドッと横殴りし、ドザアァッッッと路上にヘッドスライディングさせる。

 

「往生際が悪いわよ。観念しなさい」

 

 冷たく冴えた声がし、寒月かんげつのような光を帯びた白刃がうつ伏せに倒れた少年の黒ずんだ頬にヒタッと当てられる。追い付いたユキトが後ろ手にガチャッと封印の手錠をかけると、潤は赤い柄巻の日本刀――巴を警棒と同じようにイジゲンポケットへ引っ込めた。ユキトのそばに浮かぶアドレスブックには、拘束された少年――ブラジル系日本人・岸野クラウジオのプロフィールが表示されている。

 

「ありがとう、潤」

「いいコンビプレーだったわね」

 

 椿を思わせる微笑みが、プレハブ住宅から漏れる光にうっすら照らされる。潤は表情を引き締め、逃走した容疑者を捕らえたと警備隊メンバーにコネクトした。大半が夕食を終える時間帯に起きた捕り物劇は野次馬を集め、住宅地を騒然とさせていた。

 

「手こずらせやがって」

 

 ユキトは腹這いのクラウジオに吐き捨て、しゃがむと衆人が見ている前でパーカーの右ポケットに鋼の手を突っ込んで電子タバコらしき物数本を取り出し、そのうちの1本のカートリッジを外してにおいをかいだ。すると、蠱惑こわく的な甘い香りが鼻腔に広がり、意識がトロッと、蜜のごとくとろけそうになる。

 

「……ま、間違いない。〈SOMAソーマ〉だ」

 

 鼻を離して頭を左右に振り、ユキトはカートリッジを挙げて潤に見せた。

 SOMA――現実世界リアルのみならず、シミュレーテッド・リアリティ・テクノロジーで造り上げられたワールドでもはびこる合成麻薬。吸引すると深い陶酔感を得られるが、吸い過ぎると精神がダメージを受ける違法薬物。StoreZにはSOMAそのものを扱う店は無かったが、どうやら製造法を知る何者かが必要な材料と物品をそろえて作ったらしく、それが闇で出回って取り締まり対象になっていた。

 

「SOMA密売の現行犯ね」

「うん。――ほら、立てッ!」

「で、出来心なんだよ!」

 

 ユキトが引き起こそうとすると、クラウジオは駄々だだっ子のように抵抗した。

 

「――グッズを、ルルりんのグッズを買うポイントが必要なんだ! もうちょっとでゴールドクラスにランクアップできるんだぞッ!」

「黙りなさい」潤が見下ろす。「SOMAは人をむしばみ、秩序を乱す害毒。裁かれて重罰を受けるといいわ」

「そうだ。――さあ!」

 

 強引に立たせると、そこへ入谷玲莉を連れた矢萩が人垣を蹴散らすように現れ、近寄って密売犯をにらみ、ユキトたちを偉ぶった態度で褒めた。

 

「よくやったな、お前たち」

「いえ、ありがとうございます」

 

 ユキトは少し身構えた顔になって軽く頭を下げ、「買い手の方はどうなりましたか?」と尋ねた。

 

「マギっちと中ちゃんが取り押さえたってさ」

 

 入谷が右手に握る赤革の鞭ブルウィップをいじりながら答え、矢萩は胸の前で両手指をガッチリ組み合わせ、暴力的衝動を紛らわせようとでもするかのように手首のストレットをしながら青ざめたクラウジオを汚らわしげに蔑んだ。