REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.21 花一輪(3)

 

 純血日本人は、最も優れた資質を持つ。

 それを自覚し、磨き上げて人々のはんとなる責任がある――それが、佐伯が幼い頃から大人たちに聞かされ続けたことだった。ヤマト主義を信奉する国会議員の父に刷り込まれ、連れられて参加した講演や集会で刻み付けられ、主義者たちが放つ空気を吸って長じた佐伯はすっかり染まり、大学に進んでからはヤマティスト学生連盟の代表に就任してリアルとワールド両面で幅広く活動し、卒業後に入省が決まった文部科学省で国のいしずえとなる教育に関わっていくことに意気込んでいた。

 

 すべては己の、国の誇りのため――

 

 胸の奥でつぶやき、佐伯は束の間下ろしていたまぶたを上げた。と、鈍重に流れる闇が目に映り、深い海底に沈んでいるような錯覚に再びとらわれる。小康しょうこう状態の流動は宵闇に侵された森をどろどろかき混ぜ、佐伯が根元に腰を下ろし、微かにうごめく幹に背をもたれる広葉樹をガス銃での射撃レベルに衰えた雨がとめどなく打ち、強風がくねる枝葉を激しく揺すってザワザワと葉擦れを起こしていた。

 

(……今は落ち着いているが……)

 

 流動で曲がった雨がバリアにぶつかる音、執拗に獲物を狙うけだもののごとくうなる風に注意を向け、それに混じるすすり泣きを耳にして隣――地面にボゴッと張り出した根の間にうずくまるびしょ濡れのジュリアに目をやる。

 

「いつまでも泣いているな。そんなことでは流されてしまうぞ」

 

 斜に指導口調で言うと、ぐしゃぐしゃのピンク髪と一緒に泣き濡れた顔が上がり、ズズッとすすり上げる。

 

「……かんにんな……うちのせいで……ぐすっ……」

「気にするな」

 

 素っ気無く返し、視線を外すと、佐伯は抜き身の愛刀・影清片手にすっくと立ち上がってライトンを起動させ、ヘブンズ・アイズをチェックして周囲を警戒した。流動ナビでも不安定過ぎて予測できない流動はいつまた牙をむくか分からず、空間がかき乱され続けているせいでマップはひどく崩れたまま。モンスターやユキトたちがどこにいるかなどまったく分からず、コネクトも不通だった。

 

「立つんだ」

 

 佐伯は促し、ゆらゆらうごめく幹にすがりながら立ち上がるおびえ顔の少女を見守った。

 

「……どうするん?」

「帰るんだ。いくら空間が乱れていようとも、遺跡の座標を道しるべにすればたどり着ける」

 

 ゆがんだ闇をライトンの光で差し、付いて来いと言って、げじげじに似た葉を広げる下生えを白革靴で踏む……

 

「な、なあ」

「ん?」

「つ、つかんでても、ええ?」

 

 振り返った佐伯は、泥で汚れたかえでのような右手が黒ジャケットの裾をつかみたそうに上がっているのを見て、しばし逡巡しゅんじゅんした。

 

「……好きにしろ」

 

 硬い顔を前に戻して許可すると、ジュリアは裾をぎゅっとつかんで一歩近付いた。

 

「おおきに。ええっと……ウエキさん」

「佐伯だ」

「あ、かんにん、サヘチさん」

「……佐伯、佐伯修爾だ」

「サエキ、シュウジ……じゃ、『シューくん』でもええ?」

「何?」

「……だって、なんかよびにくいんやもん。カタくって」

 

 佐伯はぐしゃぐしゃピンク髪の少女を斜めに見下ろし、また前を向いて鋭鋒えいほうを思わせる鼻から微かに息を漏らすと、リアルにいる妹たちを思い浮かべた。上の妹の百合音ゆりねとも下の妹の綾美あやみとも――これまで出会った異性の誰とも違う存在に戸惑いを感じずにはいられなかった。

 

「……行くぞ。しっかりバリアを張れ」

「あ、う、うん」

 

 ライトンで行く手を照らし、影清を握る右手に力を込めると、佐伯はスローテンポで木々が踊り、地面が不穏にうねって流れる暗緑の揺らめきを慎重に進んだ。

 

「……ねぇ」

「どうした?」

「ちびっとおはなし、してもええ?」

「黙っていられないのか?」

「だって、おはなしでもせんとこわいんやもん……」

 

 うごめく闇から響く、恐ろしげな葉擦れや風雨の音……おびえるジュリアは、身を寄せてすがるように求めた。

 

「……大きな声は出すなよ。モンスターが寄って来るかもしれない」

「うん……ええと……」

 

 ジュリアは何を話そうか思案し、少ししてからようやく口を動かした。