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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.21 花一輪(2)

 

「――ジュリッ! おいッ!」

 

 駆け付けてしゃがんだシンが肩を左手でつかんで揺さぶると、ギュッとつぶられていた目がパッと開き、見開かれる。

 

「……シ、シンちゃー……?」

「ボケっとしてんな! シャッキリしやがれ!」

「……シンちゃー……シンちゃー!」

 

 瞳に光をともしたジュリアはガバッと抱き付き、追い付いた佐伯とユキトが見ている前で泣きじゃくった。

 

「えっぐ……ぐすすっ、よかった……ぶじで、ひっく、よかったあ……ううう……」

「メソメソすんじゃねえ。ったく、ナンでこんなコトになってんだよ」

「だって……ぐすっ、シンちゃーがしんぱいで……かんにん、かんにんな……」

「わーったよ。わかったから、いつまでもないてんじゃねえ。ウットーしいだろ」

 

 シンは人目を気にして少し邪険に体を離し、細腕をつかんで立たせた。

 

「おら、かえるぞ。こんなとこにいつまでもいたかねーからな。――」

「――待て」

 

 ジュリアを引っ張って横を通り抜けようとしたところで、佐伯が遮断桿しゃだんかんを降ろすように呼び止める。

 

「あ? ンだよ?」

「我々に言うことがあるのではないか?」

「はぁ?」

「礼を言うべきではないのか、と言っているのだ」

 

 戸惑うジュリア越しに斜に見返したシンは、佐伯と、その斜め後ろでその通りだという顔をするユキトに表情筋をゆがめた。

 

「ふん、テメーたちがナニしたってんだよ。ノコノコついてきただけじゃねーか」

「あかんよ、シンちゃー。――かんにんな。うちのせいでめいわくかけてかんにんな」

「お前の気持ちは分かった。問題は、そいつだ」

 

 激しいうねりの中、再び生じた緊張――状況からすれば、こんなことをしている場合ではなかった。流動がさらにひどくなって自分たちを押し流してしまうかもしれないのだ。だが、佐伯が再燃させてしまった対立は、4人をその場に足止めしてしまった。

 

「……へっ、そんなにさげさせたいのかよ。イジンのあたまをよォ!」

「お前は、最低限の礼儀さえわきまえていないのか?」

「ふん、イジンだなんだとバカにしやがるヤツらに、れーぎなんていらねーんだよ」

「醜いな……!」

 

 佐伯から厳とした怒りが立ちのぼる。斜ににらみ合う両者の間で高まる憎しみに、ユキトとジュリアは冷たい汗をにじませた。

 

「――ちょっ、ちょっと待っ――」

 

 止めようと踏み出した刹那、バイオレントⅣの銃口がバッとユキトの方を向き、ドォンッッと火を噴く。弾丸は驚き、硬直するユキトの左側頭部横数センチの距離をぶち抜き、直後後方で呪詛じゅそじみたうめき声が暴風に混じる。振り返ったユキトと出現させた影清を握る佐伯が目を走らせた宙では、ぼろ布のフード付きマントをまとった骸骨がいこつが光のちりとなって散っていた。

 

「――へっ、キバってぶっぱなせば、まっすぐとぶんだな」

 

 ニヤッと笑ってシンが目を丸くしたジュリアを引き寄せると、アラートが遅れて発報し、イカれたダンスに熱中する木々の間から骸骨たちがフードとマントをなびかせてわらわら飛び出し、空間の嵐に乗ってユキトたちの周りを飛び回りながら先が尖った骨の指を構えた。

 

「死霊〈ヴァン・トマ〉!」

 

 表示される数十の赤い光点に慌て、ユキトが佐伯を見る。

 

「――囲まれてますよッ!」

「ぎゃああああッッッ! オバケやッ! オバケ、いややあァッ!」

「うっせー! こんなの、ただのそらとぶホネじゃねーかッ!」

 

 襲いかかるヴァン・トマの頭蓋骨ずがいこつが、銃撃でバギャァァンと砕け散る。シンが右に左にぶっ放す一方、気合をとどろかす佐伯はフードごと頚椎けいついを斜めに、返す刀でマントもろとも肋骨ろっこつ脊椎せきついを横一文字に断ち切って、ぞっとする断末魔を上げさせた。

 

「――気合を入れろ、斯波!」

「は、はいッ!」

 

 爪をかわしざまマントの上から叩き込まれたナックルダスターが骨格を砕き、光のちりが流動に飲まれて消え去る。波打つ地に踏んだユキトが迫る殺気に目を転じると、数メートル先で骸骨がカパッと上下に大きく開けた口から人魂が飛び出し、避ける間も無く胸にぶつかって青白い爆発を起こす。

 

「――ぐわああッッ!」

 

 衝撃で吹っ飛ばされて尻もちを突くユキト――バリアでダメージを軽減されたものの、ワイシャツの胸元は焼けて裂け、裂け目からのぞくTシャツも焦げていた。それを見て佐伯が叱咤し、ジュリアの手を引くシンが、ふんと鼻を鳴らしてマントをドォッと撃ち抜く。

 

「――ボケっとしてんなよ、ヘッポコザル!」

「――!――」

 

 汗だくの顔を紅潮させて立ち上がってうねる泥をガッと踏み付け、自分めがけて放たれた人魂を鋼のこぶしで迎撃すると、爆発を突っ切って死霊に殴りかかるユキト――踊り流れる木々を避け、足をさらおうとする泥や下生えを蹴って奮戦する若者たち――嵐に散る光のちりが辺りをほのかに明るくし、モンスターが残り十数体になったとき、発作でも起こしたように流動が急激に乱れて空間がねじれ、強引に引き裂かれる。

 

「――ああッッッ!――」

「――ジュ、ジュリッ!」

 

 流れにつかまったジュリアがシンの手から奪われ、泥の上に引き倒されて転がるやそのままさらわれて、くねる幹にしがみつくユキトと地面に突き立てた影清をアンカー代わりにする佐伯の間を木の葉のごとく押し流されて行く。

 

「――ジュリィッッッ!」

 

 追おうとするシンの行く手を、ヴァン・トマたちがフード付きマントをなびかせて塞ぐ。

 

「――ジャマすんなァッ!」

 

 右手で構えたバイオレントⅣの周囲にアサルトライフルやグレネード・ランチャーが現れ、花束さながらの形を成す。

 

 スペシャル・スキル――デストロイ・ブーケ――

 

 一斉に火を噴いた銃器は骸骨を、フード付きマントを散り散りにし、光のちりが花火のごとく散って吹き流される。だが、障害を排除したシンを無慈悲な流動がはね飛ばし、木に激突させて泥の中に転がす。

 

 ジュリアが、流されてしまう――

 

 むなしくもがく少女が最高潮にゆがみ乱れる樹間に飲まれていくのを目にしながら、ユキトは幹から手を放すことができなかった。それほどまでに凶暴化した流動の猛威はすさまじく、気を抜けばたちまち餌食にされてしまいかねなかった。

 

(……ジュリア……!)

 

 苦悩で引きつり、そらしかけた目の端で影が動き、それを追った瞳が飛び出す佐伯をとらえる。佐伯は横から襲いかかるヴァン・トマを影清で一閃すると、ジュリアを追って狂ったうねりに身を投じた。

 

「――佐伯さんッ!」

 

 危険を顧みない姿にユキトは胸を打たれ、シンは妨害する流動に抗いながら佐伯とその先を流れるジュリアを凝視した。暴虐な流動に手向かい、ときには巧みに乗りながら距離を縮めた佐伯は、やがてゆがんだ薄闇に飲まれ、見えなくなってしまった……――