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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.21 花一輪(1)

 

「ジュリぃぃ――ッッ!」

 

 捨て身でぶつかる呼び声がむなしくねじれ、引き裂かれて飲み込まれる――いがみ合う台風を二つ、三つ投げ込まれ、乱暴にかき混ぜられるような空間に金髪を逆立て、波打つ地面にスポーツサンダルをはいた足を幾度もすくわれ、押し流されそうになりながらもがき進むシン――その必死を嘲弄ちょうろうするように木々は枝葉を振り乱し、幹をぐにゃぐにゃくねらせて踊り回る。

 

「ちくしょう、うねうねしやがってッ!――うわッッ!」

 

 張り出した根の足払い――シダ類に似た植物が密生する中に倒れたシンは、ズォッッと押し流そうとする力に抗って飛び起き、断続的に雷鳴がとどろく中たてがみのごとく金髪をかき上げると、流れに一歩一歩を食い込ませながら前進した。牙むく野獣じみた形相の脇にはぐずぐずに崩れた3Dマップが浮かび、あちこちで不気味に揺れる赤い光点――モンスターに交じってジュリアのキャラクター・アイコンがはかなげに表示されている。

 

「――この、クソがあッッ!」

 

 右手が――握られていたバイオレントⅣが上がり、なぶる流動の嵐めがけて立て続けに火を噴く。しかし、弾丸は軌道をぐにゃぐにゃ曲げられ、暗がりに飲まれてしまった。

 

「ザケやがってェ……!」

 

 憎悪をたぎらせて両手でググッとグリップしたとき、背後から「やめろ!」と一喝が飛んでトリガーにかかった指を止める。歯をむいて振り返ったシンは、十数歩ほど後方から辛辣しんらつな蔑視を刺すボウズヘア青年をにらみ返した。

 

「ンだ、テメー……!」

「弾の無駄だ」

 

 佐伯は暴風になびく緑の揺らめきをザッ、ザッと蹴り、のたうって流れる地面を白革靴で踏み付けて数歩距離を詰めた。

 

「それに、銃声がモンスターを呼び寄せないとも限らないのだぞ」

「うッせーなッ! ナニしにきやがったんだッッ!」

「吉原ジュリアを保護するためだ。それが無理な場合は、貴様を引きずって帰る」

 

 白刃を思わせる両目が、映ったシンに嫌悪をにじませ、細まる。

 

「へっ、こしヌケよばわりされてムカついたのかよ? あいにくだけど、テメーなんかジャマなだけなんだよ。とっととサルやまにもどりやがれ!」

「愚かだな。手を借りた方が賢明だと分からないのか」

「るせェ! オレひとりでじゅうぶんだってんだよッ!」

 

 頭上で、雷鳴がひときわ大きくとどろいた。イジンの少年……そのイジンを低く見る青年……鼓動を速めるように叩き付ける土砂降り、激情をあおってうなる暴風――引き金に指をかけ、鯉口を切って対峙しているかのような緊張は、佐伯後方の揺らめきから空間をかきつつふらふら現れたユキトによって乱された。

 

「――佐伯さん?」

 

 黒ジャケットの背に満ちる、ただならぬ気。そしてその向こうで微かに揺れる、憎しみの気配――直ちに異変を察したユキトは佐伯に近寄り、鋼の右こぶしをスタンバイさせた。

 

「――こいつ、何をしたんですか?」

 

 ユキトが犯罪者を見る目でにらむと、シンはペッと唾を吐いて背を向け、流動に体当たりしながら歩き出した。

 

「あっ! 待てッ!」

「斯波、市村たちと遺跡に戻っているように言ったはずだぞ」

「あ、はい……」

 

 厳しく見据えられ、ユキトは奥二重の目を伏せた。本当のところ、そうしたい気持ちはあった。こんなうねりのただ中、命の保証だって無い。だが、保身しか考えない市村、新津と同類になるのを嫌って流された結果、ここにいた。そして、確固たる意志や覚悟を持たずに来てしまったことを恥じるがゆえに、目を合わせずに取り繕うのだった。

 

「……僕だって少しは役に立ちますよ。新田さんにも了解をもらっています……」

「……」

 

 うつむきをしばし見つめた佐伯は荒れ狂う空間に視線を転じ、そして再びユキトに戻すとつちで鍛えるように言った。

 

「顔を上げろ、斯波」

「は、はい……」

「ここまで来てしまったら、一緒に行動した方が安全だろう。しっかり腹を据えて当たるんだ。いいな?」

「はい」

「よし。行くぞ」

 

 佐伯はジュリアの位置をチェックし、小さく揺らめくシンを追って歩き出した。海流荒れる海中をほうふつとさせる流動に腰を入れ、ぶつかりながら歩む佐伯とユキト、その数十メートル前方をバイオレントⅣ片手に掘るようにかき進むシン――泥についた足跡をすぐにかき消し、意地悪く地形をうねらせ、空間をかき乱して方角を何度も何度も狂わせる激流――彼等はヘブンズ・アイズをにらんでジュリアと自分たちの位置を確かめ、バリアを目一杯強めて嵐猛る薄暗がりを切り開き続けた。

 

 がむしゃらに歩き続けて、数十分――

 

「――ジュリッ?」

 

 凝らした目がとらえる、濡れて樹皮が黒ずんだ広葉樹に囲まれる人影――

 

「――ジュリ! ジュリィッッ――!」

 

 助けに飛び込むように駆け出すシン――佐伯とユキトもばたつく太い根の間に膝を突き、くねる幹に必死にしがみついて流されまいとしている白エプロン姿を見つけて足を速める。バリアが弱く、しかもうろたえて満足に張っていなかったためだろう。ジュリアのパールピンクの髪や白エプロン、オープンショルダーの半袖Tシャツとハーフパンツは泥で汚れ、びっしょり濡れていた。