REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.20 嵐の気配(6)

 

「お願いよ……」

 

 黒く濡れた石垣に両手を置き、暴風に栗色のショートヘアをかき乱される紗季は遺跡南東の広大な森が空間もろとも波立つ様を見つめ、下唇をかんだ。森を挟んで東と南に連なる峰々は天を幾度も割る雷で目覚めた巨獣の背のようにうごめき、はるか上空でとぐろを巻く黒雲が夕刻を暗くもやらせ、流動で火花のように散る横殴りの雨を地上にとめどなく叩き付けて、遺跡のそこかしこに水たまりを作っていた。

 

 ――連絡しなきゃ……捜すのを手伝ってくれたみんなに……――

 

 コネクトで拡散したことで、たくさんのメンバーから情報が寄せられていた。紗季は協力者たちにコネクトで現状報告とお礼のメッセージを一斉送信し、運営委員会事務所に踵を返した。急激に乱れ始めた段階で委員会が狩りや仕事を早めに切り上げさせ、若者たちが暴風雨を逃れて屋根の下に引っ込んだため、強風でがたつくプレハブハウスや吹き飛ばされそうなほどぶるぶる震えるテントの群れの中を歩く視界に人影は無かった。

 

「雨はバリアが防いでくれるからいいけど、ひどいわね……――んっ?」

 

 髪を荒らす風に閉口したところで潤からの着信……眉を上げ、応答すると、目の前のウインドウにかたきをにらむような形相が現れる。

 

「……どうかしたの、加賀美さん?」

 

 鼻白み、一呼吸置いて問う紗季。

 

『どうい――つもりなの?』

「えっ? 何?」

 

 風のうなりとかぶる声に耳をそばだて、かき消されないように声を上げると――

 

『――どう責任取るつもりなの?』

「何が?――はっ?」

 

 ウインドウを見ながら歩いていた紗季は、行く手に現れた潤に驚き、足を止めた。かつて大遺構と広場を囲んでいた石壁の成れの果てを背に立つ少女……走るいかずちで警備隊の黒隊服姿を凄絶に見せ、殺気立った蛇の束のごとく黒髪をくねらせる様は、鬼女きじょをほうふつとさせた。

 

「加賀美さん……」

 

 紗季は数メートル隔てたまま向き合い、爆発物処理に取りかかるように切り出した。

 

「……佐伯さんたちに保護を頼んだこと、怒ってるの?」

「あなたのせいで――」たぎる怒りをどうにか抑えた声。「ユキトたちは危険にさらされているのよ」

「それは分かっているわ。斯波たちには本当に悪いと思う。だけど、簡単にジュリアちゃんを見捨てられないでしょ?」

「ユキトたちに何かあったらどうするの? そんなことになったら……」

 

 潤の下げた左手の中から光が前後に伸び、朱塗りの鞘に納められた日本刀――巴が現れ、握られる。今にも赤い柄巻に右手をかけて抜刀しかねない、危うい気配――それを紗季はじっと見返し、臆するそぶりを見せずにスニーカーを履いた足を踏み出した。

 

「――!……」

 

 体を硬くした潤の瞳が僅かに揺らぎ、鋭く尖る。だが、紗季はそのまま近付き、相手の間合いに入ったところで立ち止まった。

 

「……責任は取るつもりよ。もしあなたが恐れているようなことになったら、あたしを好きなだけ罰していいわ」

「!――……」

 

 きっぱり言うと、紗季は影を縫われたように動かない潤の脇を抜け、石壁の名残を踏み越えた。バリアにぶつかって飛び散る土砂降りと暴風の咆哮が両者の背を隔てていく。吹き飛ばそうとする風に抗いながら紗季は小走りに警備隊事務所前を横切って地上3階建ての運営委員会事務所に着き、横の外階段で最上階まで駆け上がって建物に入ると、廊下の突き当り横にあるコミュニティ・リーダー室の前で手早く髪を整え、ドアをノックして入室した。窓が雨風でガタガタ音を立てるそこでは、応接用のテーブルを挟んで新田と泣きべそをかくエリーが椅子に座り、その横――執務机前で軽く腕を組んだ後藤アンジェラが取調官とりしらべかん然と立っていた。

 

「ジュリアちゃん、見つかって良かったね」

 

 新田は歩み寄る紗季に声をかけ、少し声を重くして付け加えた。

 

「……後は、佐伯君たちがうまくやってくれることを願うばかりだな……」

「ええ……」

 

 うなだれるエリーの横に立った紗季はヘブンズ・アイズを開いて森を拡大したが、流動による障害で3Dマップは原形をとどめないほど乱れ、ユキトたちの現在位置などまったく分からなかった。

 

「流動と暴風雨のダブルパンチ……ですもんね……」

「こんなときに遺跡の外に飛び出すなんて……まったく……!」

 

 視線を暗色の木目――テーブルの上に落として新田はいら立ち、頭を傾け、うつむいて、肘掛けに肘を突くと右手を苦悩色濃い額に当ててため息をついた。いつリアル復活できるのか分からない現実、肩にのしかかるリーダーの重責が、日を追うごとに顔から明るさを失わせていた。

 

「報告が遅過ぎたのです」

 

 エリーを見下ろし、後藤がすげなく言う。

 

「――すぐにあれば、遺跡から出るのを防げたかもしれません」

 

 指摘にエリーは首が折れんばかりにうな垂れ、ダンゴムシのように体を丸めてかすれた涙声をこぼした。

 

「……す……すみま……せ……わ、たし……もっと……早く……」

「そうね」

 

 後藤は地味なボブヘアを垂らす後頭部を赤毛がかかるブラックメタルフレームのメガネ越しに見据え、冷静――冷酷といってもいい口調で厳しい批判を見舞った。

 

「あなた1人の問題ではないけれど、問題が発生したら速やかに報告すべき。それをせず調理業務を継続し、しばらくしてからやっとあなたが篠沢さんにコネクトしたというのは、不適切としか言い様がないわ」

 

 ベージュのガウチョパンツに、ぽたっ、ぽたっと涙が落ち、染みを作る。

 

「どうしてすぐに報告しなかったの? ああいう子を放っておいていいと思ったの?」

「……そ……それ、は……」

「それは?」

「……その……ジュリアちゃんの分まで、やらなきゃいけなくて……」

「コネクトするのは簡単でしょう? それもできないくらい忙しかったのかしら?」

「……そ、の……あ……うぅ……」

「もうやめて下さい、後藤さん」

 

 紗季が、すすり泣き越しに制止する。

 

「――必要以上に責めたって、事態は好転しません。エリーちゃんは、もう十分責任を感じています」

 

 後藤が黙ると、紗季はしゃがんでジャージのポケットから出したハンカチで涙を拭いてやり、それを小さな手に持たせてから立ち上がった。

 

「今は無事に帰って来ることを祈りましょう。――ね、新田さん?」

「そうだな……ナビによると、この乱れはしばらく続くらしいが……」

 

 言葉を切って新田は流動ナビを開き、リューちゃんとドーくんから流動の乱れと悪天候は明朝まで続くだろうと伝えられた。

 

「……あと半日も、か……」

 

 新田は口元を右手でこすり、執務机と椅子の後ろで雨をはじいて流し続ける窓に目をやって、窓枠の向こうを灰と影に変えた黒雲の天蓋てんがいを恨めしそうににらんだ。