REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.20 嵐の気配(3)

 

 となが食堂――

 

 ハーモニー運営委員会がシャイロック金融からポイントを借り、StoreZから購入、設置した共同食堂施設。

 昭和風デザインの店内は、奥の厨房を含めて300平方メートルの広さがある。朝7:00~9:00、昼12:00~14:00、夜18:00~20:00のみ開店するこの食堂では、戦闘スキルが極めて低いメンバーがワークプランに従って調理やとなが食堂専用アプリ〈となが店長〉を使っての注文受け・レジ業務から後片付け、清掃等の業務に従事していた。そして今厨房では、本日の夕食の準備が白三角巾で頭を覆い、白エプロンを着た少年少女10名によってせっせと進められており、その中には調理台を前に不器用な手付きで下ごしらえするジュリアと腕まくりしたエリーも交じっていた。

 

「……シンちゃー、だいじょうぶかなあ……」

「へっ?」

 

 左からいきなり問われたエリーは黙々とトマトをさいの目切りしていた包丁を止め、千切られる予定のレタスの葉を持ったまま不安に憑かれたジュリアを見て、小さな目をぱちぱち戸惑わせた。

 

「……な、何? ジュリアちゃ――」

「――ぁわッ!」

 

 ズゴゴゴゴゴッッッ……!――天を砕き、食堂をぶるぶる震わせる、すさまじい雷音……悲鳴を上げたジュリアは感電したようにくしゃくしゃのピンク髪と白エプロン姿を硬直させ、レタスの葉を持ったまま褐色の細腕にすがり付いた。

 

「――ねぇ、エーリ! おそらがゴロゴロなってるよッ! ねぇッ?」

「ジュ、ジュリアちゃん、今はお仕事中だから……」

 

 うろたえ、ピリピリした空気満ちる厨房をおびえた目でうかがうエリー……でた里芋の皮をむく者、人参を半月切りにしてボウルにためていく者、ガスレンジにかけられた大鍋へさいの目に切った豆腐とあく抜きしたナスを入れる者――ジュリアとエリーは目の前で小山になったトマトを切り、レタスを千切って特大のボウルに入れ、開店までに大量のサラダを作らなければならなかった。

 

「ねぇ、ねぇ、エーリッ! だいじょぶかなあッ? ねぇッ!」

「あ、あの、だから……」

「ちょっと、そこッ!」

 

 調理台を挟んだ斜向かい――炒め物の下準備をする年長のそばかす少女がまな板の上にむきかけの人参を乱暴に置いてピーラーを握った右手を上げ、斜めから指差してにらみつける。

 

「手を動かしなさいよ! 遅れているくせに……! あたしたちより給料安いから、その分怠けていいとでも思ってんのッ?」

 

 あちらこちらから2人に刺さる、いらだちの視線――びっくりして固まったジュリアの横で、エリーは小柄な体をさらに一回り小さくした。

 

「……あ、あの……す、すみませ……」

 

 うつむき、蚊の鳴くような声で謝り、目に涙をためて再びトマトを切り始める……しかし、散発する雷鳴ですっかり蒼白になったジュリアは出口を見失った鳥さながらに視線をうろたえさせ、レタスの葉を手に厨房内をうろうろ歩き出した。

 

「ちょっとォッ!」

 

 そばかす少女のヒステリックな怒鳴り声――その直撃を受けたジュリアは、持っていたレタスの葉を床に落としてしまった。すると、そばかす少女はカマキリの鎌に似た眉をつり上げてずかずか調理台を回り込ん来るや、おろおろするばかりのエリーの前でジュリアの手首をガッとつかんで爪を食い込ませた。

 

「何やってんのよ! 汚いことしないでよ!」

「だ、だっておそらが……シンちゃーが、シンちゃーが……」

「うるさいわねッ! カレシのことしか頭に無い訳? あんた、ベーギャラらしいけど、ポイントを恵んでもらえるからまともに働かなくていいと思ってるんなら、邪魔だから出て行きなさいよッ!」

 

 そばかす少女が投げ捨てる勢いでつかんでいた手首を振って放すと、その勢いによろめいたジュリアは足を滑らせ、どすっと床に尻もちをついてしまった。

 

「あーあ、尻もちなんかついてきッたない! ちゃんと手とか洗いなさいよね! いっそのこと、そのピンク頭も洗ったら? そうすれば少しは中身もマシになるんじゃない?」

 

 ののしりに、あちこちからくすくす笑いが続く。厨房に充満する、神経を直にいたぶる刺々しい悪意……半袖チュニックTシャツから出た肩をブルブルッと震わせ、直後ひと際大きくとどろいた雷鳴にギャッと叫んで飛び上がったジュリアは、まるで魔物の巣から逃げるごとくドアに飛び付いて厨房から出、通路をダダッと走ってぶつかるように裏口ドアを開ける音を響かせた。

 

「あらら、ホントに出てっちゃった。これだからベーギャラは」

 

 開けっ放しの厨房出入り口ドアを見てそばかす少女があきれると、別の少女が「あの子、ヤバいわよね」と苦笑し、湯気の立つ大鍋に味噌を溶かす少年が「かわいそうだなあ、いじめられちゃってぇ」と言ってにたにたした。皆が踏み絵するように罵る空間で、エリーはじっと息を殺して目を伏せていた。

 

「いいよ、もう」

 

 そばかす少女が、忌々しそうに顔をしかめる。

 

「――あんなの、いたってしょうがないし。それよりさっさと夕食作らなきゃ。――ねぇ、あんた、あの子の分までちゃっちゃとやってくれる?」

「え?……」エリーの視線が上がり、ふらつく。「わ、わたし1人で、ですか……?」

「当たり前でしょ。相方の穴埋めはちゃんとしてくれなくちゃ。ほら、早くしないと間に合わないわよ!」

 

 ぽんぽんはじける嘲笑、ちくちく刺す意地の悪い視線……背中を曲げ、泣きそうな顔でうつむいたエリーは唇をきつく結び、凍えたような動きでトマトのヘタを取り、不そろいに切っていった。