REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.20 嵐の気配(2)

 

「斯波、傷はどうだ?」

「へ、平気です。ポーションで治りましたから」

 

 答えてユキトがやや色が悪い顔を伏せると、気遣いの言葉がかけられる。

 

「動きが鈍いようだが、体調がすぐれないのか?」

「いえ……ちょっと調子が出ないだけです……すみません……」

「無理はするなよ。この生活を始めて、もうじき4カ月。ストレスで心を病む者も出ているのだ。休息が必要なら、労務マネジメント局に伝えてワークプランを調整してもらえ」

「いえ、そこまでしなくても大丈夫です」ユキトはグッと、重たげに目を上げた。「僕だってヤマトオノコです。そんなに軟弱じゃありません」

「ふん、なにがヤマトなんちゃらだ。キモいヤローだぜ」

 

 トリガーガードに指をかけたシンが、バイオレントⅣをくるっと回して鼻で笑う。かっとして目をつり上げるユキトを制した佐伯はシンを厳しく一瞥し、それから市村と新津を呼んで、状況を的確に判断して臆さず行動にするようにと指導した。戦闘スキルが低くておこぼれ程度しか得られない者は、大抵ベース・ギャランティ制度の世話になっている。自分たちの納めたコミュ税が制度の財源になっていることから『生活していく上で十分な額』を巡ってメンバーから噴出している不満、シャイロック金融にポイントを返済しなければいけない事情、一人前に稼げるようになって自立してもらおうという方針により、能力が低い者たちのレベルアップがハーモニーの課題の一つになっていた。

 

「やれやれ」面倒そうにため息をつくシン。「やっぱオレはひとりがいいな。ダメなヤツらのおもりなんかしてらんねーよ」

「身勝手なヤツだ」

 

 ユキトがしかめ面をちらと横に向け、背ける。

 

「――だからお前は、ジュリアくらいにしか相手にされないんだよ」

「ウルセーな。テメーはツルまねーとナニもできねーコシぬけだろーが」

「何ぃ?」

「斯波」

 

 佐伯がユキトを振り返り、シンには目もくれずにたしなめる。

 

「――つまらないいさかいを起こすのは、自らをおとしめることになるぞ」

「はい、すみません……」

 

 流動に揺すられながら従順に頭を下げ、ユキトはスニーカーにぶつかる緑と湿り気を帯びた土に視線を流した。他方、シンはやり取りに背を向け、ぼさぼさの金髪を荒び始めた風と空間でいっそう尖らせていた。

 

「……雲行きが怪しくなってきたな」

 

 切っ先然としたまなざしが葉擦れの間の鈍色にびいろから下り、ざわめき、波立つ暗緑を見回す。そして、フレームを揺らめかせるウインドウが佐伯の前に現れる。〈流動ナビ〉――流動情報アプリの画面では、竜のゆるキャラコンビ――プラス思考のリューちゃんとマイナス思考のドーくんがマップに流動を重ねて表示し、漫才よろしくかけ合いながら流動の乱れに伴って天候の急激な悪化が予想されると伝えた。

 

「朝の時点でははっきりしなかったが、本格的に崩れてくるようだ。遺跡から大分離れてしまったし、早めに戻った方が良さそうだな」

「そうですね。もうじき16時ですし」

 

 時計アプリを見てユキトが同意すると、市村と新津がほっとし、口元をだらっと緩める。レベルが低く、ひ弱な者にとって狩りは危険でしんどいし、流動の中を歩むこと自体疲れるものなのだ。

 

「――そろそろ引き返さないと、日暮れ前に帰れませんからね。密猟のせいで遺跡近辺に出現するモンスターが減らなきゃ、こんな遠くまで来ることにはならなかったのに」

「あの一件は教訓だ。力無き正義は無力だということのな。それを理解したからこそ、委員会も警備隊に組織強化のためのポイントを支給してくれたのだ」

「そのお陰で、コリア・トンジョクににらみを利かせていられるんですものね」

 

 ユキトは隊服を着ている気持ちで胸を張り、背筋を伸ばした。先頭に立って内外の脅威と戦う組織の一員であることがとても誇らしかった。もっとも、ナックル・ガントレットで隠した右手から徐々に魔人へと変貌している事実が明るみになったとき、どのような扱いを受けるのだろうかという懸念はあったのだが……

 

「ちっ、ナンでもいいから、とっととかえろうぜ」

 

 シンが銃口で右のこめかみをごりごりかくと半袖から出た腕にぽつんと滴が落ち、雨粒に気付いたユキトたちは頭上をほぼ覆う枝葉のシルエットの間からどぶ水を目一杯ためたような汚い雲を見上げた。

 

「……急いだ方が良さそうだな」

 

 そう判断した佐伯は先頭に立ち、暗さを増して妖しくうねり出した森を流れに逆らって歩いた。