REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.18 闇の声(2)

 

「ユキト、捕まえたの?」

「あっ、う、うん。そっちは?」

「アネモイでスピードアップしているのに追い付けなかったわ。おそらく連中もはめていたのよ。私たちのより強化されたものを」

「密猟して稼いだポイントで、だね……!」

「でしょうね。矢萩さんたちに逃げた方角を報告しておいたわ」

「ありがとう。とにかく犯行をこの目で確認したし、こいつを捕まえたからな。ぐうのも出ないだろう」

 

 一味の1人を捕らえたと矢萩を始めとする現場メンバーに伝え、体を縮こめて震えるユンをにらんでいると、2人を呼ぶ声が近付き、暗視スコープを装備した矢萩と矢萩三人衆――真木、中塚、入谷が駆け寄って来た。逃げた他の連中はどうなったのかとユキトが尋ねると、矢萩は他の隊員たちが追っている、まずは捕らえた容疑者を確実に押さえるために来たのだと言って有無を言わせずユンの身柄を引き取った。

 

「――逃げたと見せかけて、捕まった仲間を取り返しに来ないとも限らないからな。それにしても……」

 

 矢萩はうつむいたユンの長髪を引っつかんでグイッと上を向かせ、ライトンの光る鼻を半べそに思いっきり近付けて、焼かんばかりのまぶしさにゆがむ顔を三人衆とせせら笑った。

 

「見ろよ、この情けない顔。今にも泣き出しそうだぞ、このイジン」

「あらら、カワいそ~、ユンちゃ~ん」入谷が、アヒル口を突き出す。「怖くてもらしちゃいそうでちゅかぁ? ばぁぶうう?」

「ぷっ、あはははッ!」と中塚が噴き出し、真木がぼそっと「犯罪者め」と毒突き、バリアを失ったユンの頬をギュッと力いっぱいつねって引っ張った。

「おい、顔はやめとけよ、真木。目立つところは。――なぁ、斯波?」

「え? ええ……」

 

 あいまいにうなずき、ユキトは目をそらした。それを斜に見た矢萩は、何を思ったのかライトンの光を消して暗視スコープを外し、皆に倣うよう指示した。言われた通りにすると、たちまち一同は暗闇に飲まれて互いの顔もろくに見えなくなった。

 

「おい、斯波、こいつの腹を殴れ」

「えっ?」

 

 耳を疑うユキトに矢萩は後ろから押さえたユンを向き合わせ、闇と混じった顔で繰り返した。

 

「腹を殴れって言ってるんだ。何度も言わせるな」

「……な、何で、ですか?……」

「こいつの腐った性根を叩き直してやるのさ。新田リーダーたちはイジンに甘い。だから、こいつらはつけ上がってルールを破る。俺たちが正してやるしかないだろう」

「……だ、だけど……」

「自分だけ手を下すのが嫌か? しょうがない。――おい、お前たち、手本を見せてやれよ」

 

 矢萩の言葉に、まず真木、次いで中塚が黒装束の腹にこぶしをドグッ、ドスッと打ち込んでうめかせ、入谷が腰を引く標的の意表をついて左頬をバチーンと平手で張り、ゲラゲラ卑しく笑った。

 

「玲莉ぃ、顔はやめとけって言っただろうが」

「ゴメンねぇー、矢萩さ~ん。手がスベっちゃったの~――ほーら、斯波隊員もガーンとやって下さいよぉ。これは指導なんですから」

「そうそう。こういう輩を教育するのは、ヤマトの責務なんだ。できるだろ? ヤマトオノコならできるよな?」

 

 矢萩と入谷に真木と中塚も加わって迫る。それぞれの口から発しているはずなのに、揺らめく圧倒的な闇から響くように思われ、ユキトは頭がぐらぐらした。

 

「……ユキト」

「じゅ、潤……?」

「悪いのは、ルールを破った方なのよ」

 

 闇から声が冷たく流れる。

 

「――モンスターの数が減ったら、生きていくのに必要なポイントを獲得できない人が出る……最悪、飢え死にする可能性だってあるのよ。それを知りながら禁を犯した者たちは、厳しく罰せられてしかるべきだわ……」

「………………―――――――――――」

 

 ぐらつき、まぶたが重くなったユキトは、気が付くとユンのすぐ前に立っていた。やけに大きく聞こえるユンの震える息づかい……詰襟に首を絞められているような感覚にとらわれ、ユキトはそれから逃れようと黒い空気を吸い、かすれ声で詰問した。

 

「……何で、こんなことをしたんだ……!」

「……んなさい……ご、ごめんなさい……」

「何でやったんだって、聞いてるんだよ!」

「……ぞ、族長たちに無理矢理……ぼ、ぼくは、やりたくなんか……」

「でも、やったんだろ! 悪いことでも、命令されればやるのかよ! お前たちの身勝手が、みんなに被害を与えるんだぞ!」

「ご、ごめ……さい……なさい……」

 

 べそをかいて繰り返すユンに矢萩たちが、「謝れば何でも許されるのか」、「密猟でモンスターが減った責任をどう取るつもりなんだ」と辛辣な言葉をグサグサ突き刺し、涙をこぼして鼻をすすっても、「泣けばいいと思っているのか」と容赦無く責め立てた。自分を飲み込んだ闇から飛び出すそれらの言葉にユキトは戦慄しながら操られ、鋼の右手を恐る恐る握った。

 

 ――さあ! やれ、斯波ッ!――

 

 矢萩の声が頭に響き、震える右こぶしがゆっくり、ギチギチと引かれて対象を狙い定める。

 

 ――やれえッッ!――

 

 放たれる寸前、光がパッとユキトの顔を照らし、次いで矢萩たちに当たる。ひるんだ一同の耳に駆け寄る足音が聞こえ、光るブタ鼻とともに警備隊員のコンビが目に飛び込む。現れた2人は逃走犯を追っていたメンバーの一部で、ターゲットを見失ったのでともかく合流しようと先ほどのユキトからのコネクトで共有された座標に来たのだった。

 

「……そうか。ご苦労だったな」

 

 報告を受け、ライトンをつけた矢萩は、「遺跡で待機しているグループにも連絡が行っているから、連中が戻れば一網打尽いちもうだじんにできるだろう」と興ざめ顔で言って、ユンを三人衆に任せた。周りに倣って最後にライトンをともしたユキトは、矢萩たちや潤をうかがい、それから握ったままの鋼の右手を見つめ、今し方のことが現実だったのかどうか混乱しながら動悸がする胸に左手を当てて、引っ立てられて行く曲がった小さな背中に目を凝らした。

 

(……僕は、あいつを……)

「――ユキト」

 

 はっとし、間近から見つめる潤に気付いてユキトはビクッと身を引いたが、潤は不思議そうな顔をして、「私たちも行きましょう」と促した。

 

「――これで事件も解決ね。きっと佐伯隊長も褒めてくれるわ」

「うん……潤、あの……」

 

 ユキトはあのときの声が確かに本人だったのか尋ねかけたが、目の前にいる少女と闇で聞いたそれを重ねることができなかった。おとしめたくない気持ち……そして、それ以上にすべてを事実と認め、自分の醜さを直視することを避けたい心理が働いていた。

 

「……どうかしたの?」

「い、いや、何でもない……行こうか」

 

 視線を外したユキトは矢萩たちの後をのろのろ追い、ユンの後ろ姿に極力焦点を合わせないようにしながら、底知れぬ黒い森がたゆたう闇の揺らめきを今にももつれそうな足取りで歩いた。