REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.16 テンペスト・ライフ(9)

 

『――という訳だから、Let‘s all cheer for ルルりんだぞ、ユキト!――ジュン!』

「ああ、うん……」

 

 ウインドウから飛び出しそうな意気込みに鼻白み、カジュアルシャツとチノパン姿のユキトはローテーブルを前にあぐらをかいた足をもぞもぞさせ、クッションにかかる重心をずらして後ろのシングルベッドに背中をもたれた。少年の左斜めでは、黒ブラウスにテーパード・パンツの潤がクッションに座ってダークグレイの足を崩し、白い卓上で両手の指を軽く組み合わせて、鼻息が荒いジョアンを映すウインドウと冷たく相対している。となが食堂で夕食を終え、ユキト宅でくつろいでいた2人に着信したイメージ・コネクト――それは、近日開催予定の慰霊祭で行われるチャリティコンサートを宣伝し、応援を強く要求するものだった。

 

「……すごいやる気だな、ジョアン」

『当ッたり前だろ! ルルりんのためなんだぞッ! ユキトだってルルりんキングダムのメンバーなんだから、もっと協力してくれよ!』

「そ、それは付き合いで登録しただけで……篠沢とかだって、一応登録してるし……」

 

 潤の顔色を、ちらとうかがうユキト――微苦笑したジョアンは、『とにかく、よろしく頼むよ』と強く肩を叩く調子で念押しした。

 

『――ジュンも、ルルりんのことよろしくなッ!』

「ええ……」

『Thank you! それじゃ、あんまり邪魔しちゃ悪いからbye!』

 

 イメージ・コネクトが終了してウインドウが消えると、ユキトはチェックのカーペットに鋼の右手をついて体を前に戻し、潤はなけなしの愛想笑いを消して、つんとした鼻からため息を漏らした。

 

「……慰霊祭でコンサート……委員会に協力する形で自分を売る魂胆こんたんね」

「はは……」

 

 媚び混じりの苦笑をし、ユキトはローテーブルに左手を乗せた。

 

「――でもまあ、高峰さんの歌とダンスパフォーマンスを見て元気付けられたって人も多いからね」

「ユキトもそうなの?」

 

 白い指を強く絡ませ、さみしげに問う潤――その雰囲気にほだされ、ユキトは左斜めに身を乗り出した。

 

「ぼ、僕には、高峰さんは必要ないよ。潤がいてくれるんだから」

「本当?」

「うん、もちろんじゃないか」

 

 潤は微笑で顔を彩り、腰を上げるとユキトの隣に移動した。シングルベッドを背に、肩が触れ合うか触れ合わないかの距離から香る少女のほの甘い匂い――それは少年をほんのり酔わせ、流れる血に熱を帯びさせた。

 

「……頼もしいわね、ユキトは」

「えっ?」

「だって――」

 

 冷艶――それでいて可憐な気配がユキトをしっかりとらえ、唇の花が褒め称える。

 

「――私より戦闘スキルが高いし、警備隊の仕事もしっかりやっている。そして、こんな広い家を買っているのだもの」

「大したことないよ、こんな家。ローンだしさ」

「何言っているのよ。10畳の部屋にそれぞれ独立したバス、トイレ、洗面所にキッチンも付いているじゃない。テント暮らしから抜け出せない人、多いのよ」

「まあ、そうだけど……」

 

 ユキトは目を右にそらし、右太ももにかかるナックル・ガントレットの重みを意識した。確かにトレーニングやモンスターとの戦闘で鍛えられている面もあるが、進行する死の呪いが能力を高めているのもまた事実なのだ。

 

「……僕は、それほど大した人間じゃないよ」

 

 気が滅入って自嘲し、そのくせそれが打ち消されることを密かに期待……果たして潤はそんなことはないと否定し、まなざしを切なげに曇らせた。

 

「――私は、あなたを認めているから一緒にいるの。悲しくなるようなこと、言わないで」

「……ごめん、もう言わないよ……」

「……約束よ」

「うん、ごめんね……」

 

 間近で咲く、愛らしい微笑み――触発され、ユキトはこみ上げる濁流のようないとおしさのまま左手を伸ばしたが、左肩にそれが触れた瞬間、潤は火であぶられたようにバッと身を引き、体を傾けて顔をこわばらせた。

 

「……あ……ご、ごめん、驚かせて……」

「……ごめんなさい……」

「……い、いや、ごめん……ごめんね……」

 

 うつむき、顔を陰らせる潤……うろたえるばかりのユキト……沈黙が空気を固め、掃き出し窓を隠したカーテンの向こう――宵闇のどこか遠くから声らしきものが微かに聞こえて消えた。ローテーブルに落ちた自分の影を見るともなく見ていたユキトは、潤が傾きを戻し、そっと右手を差し出したのに気付いて顔を上げた。

 

「……手……」

「え?」

「……手くらいならいいわよ。いつもみたいに……」

「あ、う、うん……」

 

 恐る恐る、壊れ物を触るようにユキトは透き通りそうな白い右手に左手を重ねた。失いかけたのかもしれなかったぬくもりは、いつにも増してかけがえのないものに感じられた。

 

「……本当にごめんね」

「ううん……これからもそばにいてね、ユキト」

「うん……」

 

 右手を握って安堵する胸の奥で、ユキトは欲情の火を踏み消した。だが、灰に埋もれたそれは、くすぶりながら少年を熱し続けていた。