REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.16 テンペスト・ライフ(6)

 

「――くそっ、なんでポイントださなきゃいけねーんだよッ!」

 

 スプーンを握った右手がドンッとテーブルを叩き、水が入ったガラスコップと食べかけのカレーが載った楕円形の白皿がガタッとうろたえる。目の前に浮かぶウインドウをにらんで歯ぎしりするシンの向かいの席では、きつねうどんの油揚げを丸ごと口中に収めたジュリアが目を丸くし、近くに座る少年少女たちが知らん顔しながら箸を動かすスピードを上げていた。

 〈となが食堂〉――床面積約300平方メートル、最大収容人数200人――テーブルとイスがずらずらっと並んだ昭和レトロ調の店内は、狩りや事務仕事などを終えた者たちがカウンターで定食や一品料理を注文し、受け取って席に着いて……という流れで込み合っており、そうしたざわめきや人いきれもユキトと殴り合いをして罰ポイント刑を科されたシンをひどくいら立たせた。

 

「あのニホンザルが、さきにヤリやがったんじゃねーか! ちくしょうッ!」

「ふにゃにゃにゃんにゃ、ふにゃんにょふにゅるにゃろ~」

「ああ? くちいっぱいでしゃべんじゃねーよ!」

 

 ジュリアは怒声に動じず、油揚げをもぐもぐよく噛んで飲み込むと、箸を持った右手をうどんがまだ残っている丼の脇でスタンバらせた。

 

「けんかするからやろ~ そんなことより――」

 

 無邪気な目がカレーにまみれた不格好な塊――ジャガイモをとらえ、右手の箸が伸びる素振りを見せる。

 

「――たべへんなら、うちがジャガイモちゃんたべちゃうよ~」

「ざけんなっ!」

 

 皿をグッと引き寄せ、シンはかたきを相手にするごとくカレーをがつがつ食べて、コップの水をグイッと飲んだ。

 

「――ちっ、このカレー、マジーぞ! コクがたりねー!」

「そないなことゆーたらあかんよ。おとうばんが、がんばってつくってるんやから。うちだって、ときどきやってるんよ」

「けっ」

 

 半分ほど食べてシンはスプーンを投げ出し、忌々しげに背もたれに寄りかかった。ポイントをたくさん出せば、StoreZに出店している弁当屋などから美味しい料理をパッと出してもらえるのだが、毎食そんな贅沢ぜいたくができるメンバーは一握り。購入、設置されたとなが食堂は調理業務という仕事を作り出し、素人しろうと料理ではあったが、皆に安価で食事を提供できるようにしたのだった。

 

「……やれやれ、ヤスかろうワルかろうじゃタマんねーな」

「ずいぶんと荒れてるな、シン・リュソン」

「あん?」

 

 馴れ馴れしい声を斜めに見上げ、シンは横の通路に立つ赤い影にガンを飛ばした。本日のA定食『肉野菜炒め定食』の大盛りを乗せたトレイを持つ、赤いベストと朱色のパジ・チョゴリ姿の男――キム・ジュクは、側近のチュ・スオ、オ・ムミョン、そして陰におどおど隠れているユン・ハジンと、数歩後ろに控えるただ独り白のパジ・チョゴリを着たクォン・ギュンジを従え、傲岸不遜な笑みで唇を左にひん曲げながら見下ろしていた。

 

「……テメーら、『ころろ・とろすけ』とかいったっけか?」

「コリア・トンジョクだ」

 

 むっとして訂正すると、キムは不安そうに両手を丼に添えているジュリアを無視して胸を少しそらし、にたにた笑った。

 

「お前、警備隊とトラブルになったんだってな」

「それがどーしたってんだよ?」

「中国系と韓国系……ルーツは違うが、俺たちはお互いイジンと呼ばれている者同士。そこでなんだが、連中に対抗するために手を組まないか?」

「へっ、ざけんな。ダチがほしいなら、ブラジルのヤツらにでもいえよ」

「冗談じゃない。さんざんもめてきた相手と手なんか組んだら、リアルに戻ったとき仲間に笑われちまうぜ」

 

 脇で、チュの馬面がうんうんうなずく。グローバル化が進んだ今日、あいまいになったアイデンティティを確固たるものにしたいという欲求に駆られてルーツを同じくする者同士群れる傾向が大なり小なりあった。そして、仕事の奪い合いや商売上の縄張り争いから事件に発展して世間を騒然とさせることも少なくなかったのである。

 

「んなコト、どーでもいい。とにかく、オレはムレんのがキライなんだ。――おい、ジュリ、いくぞ」

 

 眉をつり上げたチュとオが立ち塞がろうとしたが、シンはちょうどガラガラッと引き戸を開けて食堂に入って来た警備隊員――ユキトと潤を尖った目で示してけん制し、戸惑い顏のジュリアを連れて食器とトレイをカウンターに戻すと、注文しようと近付いて来る黒い隊服姿をぐるっと大回りして避け、キムの胸糞悪げな冷笑に見送られながら食堂を出て行った。