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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.16 テンペスト・ライフ(2)

「――何やってんの、シン!」

 

 栗色の髪を揺らして駆け寄った紗季は、洋弓をイジゲンポケットに戻すと右手でシンの手をどかし、左手を右脇腹の傷にかざしてキュア・ブレスをかけた。手の平から放射される温かな光が血を止め、組織を再生させていく。

 

「――よけいなコトすんな!」

「あっ、こらっ!」

 

 手を振りほどいたシンは体を離し、イジゲンポケットにバイオレントⅣをしまう代わりに出したポーションの蓋をひねった。傾けられた青い瓶から出る光の粒子が右脇腹の傷を治して黒Tシャツを修復し、背中のダメージを取り除いていく。使い切って空になった瓶が消えると、シンは紗季を無視して行ってしまおうとした。

 

「ちょっと!」眉をつり上げて前に回る紗季。「何で一緒に行動しないの? 同じチームなのにステルス・モードにしちゃってさ! 捜すこっちの身にもなってよ!」

「うっせーな、ちゃぱつババア」

「なっ! あたしはね、あんたを心配してるのよ! 実際、ひどいけがしてたじゃないの!――ねぇ、ワン、この子ヤバかったんじゃない?」

『一つ間違えば、取り返しのつかないことになっていたかもしれません』

「フザけたこといってんな、キンピカタマ!」

 

 シンがワンを見上げてにらみ、うるさい声から顔を背けると、紗季が現れた方から木の間を縫ってジョアンたち3人が小走りに近付いて来た。シンと紗季もそうだが、ドレスシャツにベスト、デニムジーンズといういつもの格好のジョアンも、カジュアルな服装の少年――池多晶來あきら城木しろきシゲルも、それぞれ携帯する剣やアサルトライフル以外はモンスターがうろつく深い森には似つかわしくない姿だった。

 

「……はぁ、やっと追いついたよぉ……」息を切らせたジョアンが、そっぽを向くシンに文句を言う。「5人1組のチームなんだからさ、勝手にdisappearすんなよ……」

「そうよ。勤務表――〈ワークプラン〉通り、チームを組んでモンスター狩りをやることになってるんだからね」

『これは、運営委員会が定めたルールです』ワンが事務的に付け加える。

「ウルセーよ。なんでツルまなきゃいけねーんだ」

「協力して安全に狩りをするために決まってるでしょ」

 

 紗季は距離を取っている池多と城木をちらっと見、声を少し低めた。

 

「――それと、戦闘スキルの低い人たちのレベルアップを助けるためよ。ブーブー言うんだったら、コミュ立ち上げのときに運営委員会のメンバーに立候補するなり意見を言うなりすればよかったでしょ」

「けっ、オマエは、なんとかマネージャーになったんだもんな。リッパなこった」

「法務マネージャーよ」

「そうかよ。くだらねえルールだのなんだのカッテにつくりやがって」

「法務マネジメント局のみんなと話し合って作ったんです。勝手にじゃないわ。コミュニティをまとめていくには必要でしょ」

「うっとうしいんだよ、そーゆーの」

「まあまあ」ジョアンが割って入る。「とにかく、そう決まったんだから仕方ないだろ。従わないと、浴場やトイレとかの掃除に回されちゃうぞ。狩りみたいに頑張っただけ稼げない、低報酬のworkにさ」

「ふん、ガッチリかせいでいっぱいカネはらえってか。オマエもなんとかマネだったな」

「財務マネージャーだよ。断っておくけど、立場でこんなこと言ってるんじゃないぞ。確かに稼ぎから経費を差し引いた残りの25%は、コミュ税としてpayしてもらうルールだけどさ」

「そんなヤツ、放っておけばいいじゃないか」

 

 幅広の刀ファルシオンを肩に担ぐ池多が苦り切った顔をし、吐き捨てるように言う。

 

「――こっちはこっちでやればいいんだ」

「そうだよ」と、城木が加わる。「勝手なことしてやられたって、自業自得だろ。これだからイジンは……!」

 

 移民やミックスへの蔑称を口走った城木は、ジョアンがインド系、紗季はスウェーデン系のクォーターだったために口ごもり、シンをにらんで「中国系は、身勝手でどうしようもないんだ」とののしった。

 

「ンだと、このヤローッ!」

「やめなさい!」シンを押さえる紗季。「城木君も、そういう悪口は良くないわよ」

「ちえっ」

 

 ふて腐れた城木は、下に向けているSG552タイプのアサルトライフルの銃口をいら立たしげに動かした。

 

「……そんなヤツの味方しちゃってさ……」

「しょうがないよ、シロっち」

 

 嫌味っぽく左口角を曲げた池多が城木の右肩をぽんと叩き、シンたちをひとまとめにするような横目で見て何事か耳打ちする。

 

「何ひそひそしゃべってんのよ? 言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」

「おい、サキ、落ち着けって」

 

 けんか腰の紗季を、ジョアンがなだめる。ワークプランはルーツ、思想や信条、性格等を考慮して労務マネジメント局が作成していたが、毎日すべてのチームがうまくやっていけるように組むことはできなかった。

 

「へっ、ニホンザルどうしでキーキーやりやがって。やってられるかよ」

 

 シンは下生えに唾を吐くとチームメンバーから離れてゆがんだ空間に飛び込んで行き、紗季が怒声を上げて後を追う。それに続こうとしたジョアンは、池多に呼び止められて振り返った。

 

「――ジョアン、お前も振り回されて疲れてんだろ。少し休もうぜ」

「けど……」

「困ったときは連絡してくるって。コネクトやヘブンズ・アイズだってあるんだし、別に慌てることないだろ。――なぁ、シロっち?」

「そうそう」

 

 城木が相槌を打ち、アサルトライフルをイジゲンポケットに戻す。

 

「――モンスターとバトったりチャイナ野郎を追いかけたりでクタクタなんですよ。昼間しか狩りができないとしても、休憩はちゃんと取らないと」

「……分かったよ。Just a moment……」

 

 ジョアンはコネクトで紗季に少し休憩すると伝え、怪物の足の指のごとくメキョ、メキョッと張り出した根にだらしなく座った池田たちから少し離れて根に腰かけた。視界が水面のごとく揺らめき、腰を下ろした部分の根とレザーブーツやスニーカーで踏まれる地面とを除くフィールドが空間ごとはかなげにたゆたって、どことも知れないところへ流されていくのではないかという恐れを芽生えさせる。ワンがいつの間にか消えたことで観察対象の気分から解放された少年たちは、各々StoreZからドリンクを購入して喉の渇きを潤した。

 

「あー、すっげえ汗かいちゃったよ」

 

 池多がTシャツの襟を左手でつまみ、あおぎながらぼやく。

 

「――〈テルマエランド〉でシャワー浴びたいな」

「ホント、風呂屋行きたいですよね」

 

 濡れた口からペットボトルの飲み口を離し、城木が唇をなめてうなずく。

 

「リアル準拠な設定のせいで汗はかくし、喉も乾けば腹も減る。面倒だよな~ でもさ、最初はどうなるかと思ったけど、慣れるとここの暮らしも悪くないよな」

「僕らみたいに狩りが下手、局の事務仕事なんかも苦手で稼げなくても、『最低限度の生活』は保障されてますしね」

「〈ベース・ギャランティ制度〉様々! ふふん! 手数料払えば狩りを代行してくれるヤツもいるらしいけど、やっぱ俺は委員会から足りない分しっかりもらった上で節税して――」

「ちょっ、池多さん」

 

 城木が慌て、ジョアンのいぶかしそうな顔をうかがう。

 

「節税?」

「あ~、ほら、池多さーん」

「うるせーよ。――そんなに大した話じゃないんだよ、ジョアン」

 

 池多は後ろめたそうに、それでいてどこか得意げに、稼いだポイントを過少申告するとか必要物品としてポーション等を多めに購入して、納税後に店に返品してポイントに戻すといった手法を教えた。

 

「……それって、tax evasion……」

「そんなにたくさんのポイントじゃないし、みんなやってることなんだよ」

 

 池多が気持ち身を引き、両手をそわそわ動かす。

 

「――だって、税率25%だぜ? 稼ぎの4分の1だよ? 公共施設購入で借りたポイントを返すとか、ベース・ギャランティ制度に必要――まあ、ベーギャラには俺も世話になってるけど……とにかく、1日汗水垂らして稼いだポイントをそんなに取られるなんて、たまらないっての」

「そうだよ、財務マネージャーとしては聞き流せないかもだけど、ルルりんキングダムのナンバー1としてだったら分かってくれると思うよ。なんたって、僕たちは節税した分をルルりんにつぎ込んでんだから」

「ルルりんに?」

「知ってるでしょ、僕たちがルルりんキングダムのメンバーだって。ルルりん、ポイントたくさんあげると、すっごい喜ぶんだもん。つまりはさ、ルルりんが可愛すぎるからいけないんだよ」

「マジそうだよな~ あのコスチュームになって、一段とハイパープリティになったしなぁ……キラキラのツインテールにローズレッドのロリータ・ワンピースドレス、黒レース入りシルバーリボンが飾る巨乳、フリルの裾から出るヤラしい太もも……あの破壊力、たまらねェー!」

 

 いやらしい顔でこぶしを作って興奮する池多に、城木が爆笑しながら手を叩く。そんなやり取りから目をそらしたジョアンは、腰かけた木の根やレザーブーツの底が付いた地面ごと微かに流されながら憂いげなしわを目元に寄せ、下唇をかんだ。