読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.14 72時間を超えて(3)

 ――恐ろしい?……

 ――死ぬことが、怖い?…… 

 ――不条理? 理不尽?……

 ――仕方ないよ……どうしようもないんだ………………………………

 

 ずうんとした胸苦しさ……目をうっすら開き、ひつぎの中のように狭い空間でのしかかる陰鬱なあおをぼんやり眺めるユキト……だんだんと焦点が合い、それがネイビーカラーのテントの天井だと認識できると、ナックル・ガントレットをはめた右手が胸――タオルケットの上に乗っていると気付き、ずるずるどかして自分が横になっているマットの上に、どさっと落とした。

 

(……どうしてこんなテントに……? ああ……クモバッタたちと戦って、ボロボロになって……とにかく休もうって……)

 

 顔を左右に傾けて床面積1じょうほどのテントを眺め、どれくらい眠っていたのか確かめようと考えると、デジタル時計が目の前に表示される。

 

「……14:39……72時間33分経過……半日近く寝ていたのか……」

 

 グレーの半袖Tシャツにトランクスという楽な格好になり、ゆっくり休んだことでひどいだるさは治まっていたが、ナックル・ガントレットをはめたままの右手には、コンクリートで固められたかのような重みが残っている。それは、薄闇に埋められている環境と相まって少年をおびえさせた。

 

(……こんなところにいられるか……!)

 

 ガバッと身を起こし、思考して一瞬でワイシャツ、ベルトを締めたスラックス姿になって、出入り口のジッパーを開けるやローファーをパッと履いて外に逃げ出す――大遺構前広場とその周辺には様々な色の小型テントが一定の距離を取りながら張られ、それらの外側にはみんなでポイントを出し合って購入した仮設トイレがぽつんぽつんと置かれている。そうしたテント村の風景を、ゆらゆら揺らめくねずみ色の空が薄ぼんやりと演出していた。

 

「……ホントに現実そのものだよな……」

 

 バリアや魔法といった設定以外、生身と変わらない感覚……髪や肌に触れ、鼻と口から吸われて肺を満たす空気……ローファー越しに感じる小石混じりの地面の感触……今さらながらに実感していると、すぐそばのテントの出入り口が開いて中からセーラーブレザーにミニスカの少女が出て来た。

 

(潤……)

 

 小型テントを間に、伏し目がちに立つ少女……ユキトはつい当たってしまったことを思い出し、申し訳なく思う一方でいら立ちを覚えて鋼の右手に左手を重ねた。

 

(……僕は、こんなひどい目に遭っているんだ……そのつらさなんか分からないだろ……)

 

 密かに苦悩する己を哀れみ、他人を勝手になじるユキトは、しかし誰よりも自分とつながっている関係を壊すことができず、苦々しい気持ちを押し殺して軽く頭を下げた。

 

「……ごめん」

「えっ?」

「昨日の夜のこと……心配してくれたのに、ひどい態度を取ってしまって……」

「……うん」

 

 合う目と目――さびしげに潤んだ瞳にいとおしさがこみ上げ、いら立ちが薄れたユキトは歩み寄って声で優しく撫でた。

 

「本当にごめんね……」

「ううん、いいのよ、もう。私こそごめんね」

 

 潤は両手でユキトの右手に触れ、硬いはがねを白い指で撫でて微笑んだ。つられてユキトが頬を緩めたとき、オレンジジャージ姿の紗季がテント村の外側からこちらに歩いて来るのが目の端に映った。

 

「――斯波、加賀美さん、おはよう」

 

 そばに来た紗季は、ユキトと表情が硬くなった潤に明るく微笑みかけた。

 

「お前、どっか行っていたのか? ああ、トイレ?」

「……あんたね、少しデリカシー足りないんじゃない?」ため息をつく紗季。「ちょっとそこら辺を回って石垣越しに外を見てたのよ。遺跡の形もそうだけど、フィールドはもっと変わってるわよ。あっち側は――」

 

 紗季は北から東、南にかけてぐるっと指で示し、説明した。

 

「――大きな森を挟んで山脈が連なっていて、西側は岩石がごろごろの砂漠が広がっているわ。ヘブンズ・アイズで調べるとモンスターもたくさん生息してるみたいだし、気を付けないとね」

「そうなのか……」

「平気よ」

 

 潤が突き返す調子で言う。

 

「――私たちは実戦を重ねてスキルアップしている。そんなにびくびくする必要は無いと思うわ」

「びくびくしてるわけじゃないわ。どんなモンスターがいるか分からないし、注意した方がいいって言ってるだけよ。しばらくここで暮らしていくんだし……」

 

 紗季はブラウンの瞳を暗くし、出口を探すように左右に動かした。

 

「……もう丸3日経っちゃった……リアルボディ、ダメになってるかもね……」

「篠沢、お前、保険に入ってるんだろ?」

「入ってるわよ。トバされたのは授業中だったから、あたしのリアルボディは今頃病院だと思う。だけど、無保険の人とか、助けてくれる人がそばにいない人とかはどうなってるか分からないでしょ」

「うん……」ユキトはうなずき、潤に目を転じた。「もしリアルボディがダメになったら、この体――アストラルもいずれ消滅するんだよね?」

「そうらしいわね。肉体の死からアストラルの消滅まで短ければ半年、長いと10年以上だそうよ。その人の余命の長さに比例しているって説もあるわ。いずれにしろ、すぐにどうにかなるわけではないわよ」

「けど、リアルボディがダメになったって分かったら、ショックでしょうね……」

 

 紗季が気の毒そうに言ったとき、ユキトの後方に張られていたピンク色のテントの出入り口がごそごそ動いて開き、寝ぼけまなこのルルフがぬうっと顔を出して、ふわあっとあくびを開花させる。振り返ってそれを目にしたユキトは星が目に飛び込んだようなショックを受け、のっそり出て来るルルフを瞬きせずに見つめた。