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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.14 72時間を超えて(2)

 シンはあきれ顔でため息をつき、大遺構の方を振り返った。もはや土台を残すばかりになった大遺構前の広場、そして、それらをぐるりと囲んでいた石壁の名残の外側には、たくさんの小型テントが身を寄せ合うように張られていて、その間で動く小さな人影がちらほら見える。色取り取りのテントは、テラ・イセクを倒して得たポイントで各々おのおのがStoreZのアウトドアショップ〈Nature Dream〉から購入した物。生き延びた若者たちの大半は、死闘とそれに続く大災厄から半日以上経った今も、中で泥のように眠り続けていた。

 

「……ふん」

 

 鼻で笑ったシンは顔を前に戻し、デジタル時計を表示させて時刻を確認した。

 

「――のんきなもんだぜ。もうじき、みっかたつってのによ」

「みっか? そやったっけ? それがどないしたん?」

「……あのなあ、リアルのカラダ、みっかものまずくわずでほっとかれたら、どーなるとおもってんだよ?」

「え、どうなるん?」

「しぬだろ」

「えっ? ええ? そ、そうなん?」

 

 驚くジュリアにシンは荒れた金髪頭をぼりぼりかき、気紛きまぐれに揺らめき流れる岩石砂漠を見やった。

 

「フツーはな。もっとたってても、いきてたヤツはいるらしいけど」

「なんや、よかったあ~」

「へっ」

 

 皮肉っぽく笑い、ぼさぼさ頭が右に傾く。

 

「――そんなのはとくべつなんだよ。もしかすると、もうしんでるかもしれないぜ。オレらのカラダ」

「シンちゃーは、どっからワールドにトんだん?」

「あ? ネットカフェからだよ。レンタルのWTDで」

「じゃあ、ジュリとおんなじや。そんならだいじょうぶやろ」

「ナニが?」

「てんいんさんが、ピーポーピーポーよんでくれるやろ。そしたら、びょういんってとこにはこんでたすけてもらえるよ」

「けっ、オメー、びょういんとかいったことあんのか?」

「ううん。おっきなビョーキとかけがしたことあらへんし、カゼひいたときは、おふとんにくるまってなおせってママがいうんやもん」

「カネがねーんだろ。でなきゃ、オメーにあんなこと……」

「あんな?」

「いや……ま、ビンボーならホケンにもはいってねーんだろうしな。まあ、オレもだけど」

 

 自分の所持金は、カーゴパンツのポケットに突っ込んであるはした金――数日前、ワールドでニホンザルからカツアゲした電子マネーを現金化した残り――だけだなと、シンは振り返った。

 

「――カネはねえ、ホケンショウもねえ、『せいかつほご』ってのにもハジかれてるビンボーにんは、びょういんにキョヒられてタライまわしだろうし、どうにかはいったところでマトモにめんどうなんかみてもらえねぇさ」

 

 公的医療保険の被保険者として保険料をきちんと納め、なおかつワールドでの事件・事故を補償する民間保険に加入していれば、半年から1年くらいは保険から支払われる給付金に助けられながら魂の抜け殻になった肉体リアルボディに質の高い医療や介護を受けることができる。だが、保険未加入者には全額自己負担になるそれらの費用を支払う能力は無いし、医療機関側もそれ相応のサービスしか提供しないだろう。テントで休んでいる者たちの中にもシンたちと似た境遇の人間は結構いるし、救急搬送される以前に誰にも発見されないであろう独居引きこもり等もいるのだが、疲弊し切った彼等には72時間の壁を気にする余裕など無かったのである。

 

「――ま、べつにリアルボディがダメになったって、かまわねーけどな」

「ええー? そないなことになったら、このからだもダメになるんやろ?」

「そーらしいな。ま、ダメになるまでのじかんは、こじんさがあるっつうはなしだけど」

「……うちら、いつかきえちゃうんやね……」

 

 本体を失ったアストラルがやがて消える――自分が死んでしまうことを想像し、ジュリアはオープンショルダーのチュニックTシャツがあらわにしている肩をぶるっと震わせた。

 

「……ま、ニンゲンどうせいつかはしぬんだ。それよか、それまでのことをしんぱいしたほうがいいぜ」

「しんぱい?」

「ああ」

 

 シンはテントの群れをまた振り返って遠目に見、逆三角の顔をしかめた。

 

「――クセのあるヤツらぞろいだからな……オレらをイジンってよぶクソどももいやがるし……!」

 

 舌打ちして岩石砂漠に視線を転じ、前髪を右手でうっとうしげにかき上げると、石垣の上からぺっと唾を吐く……世界は揺らめきながら、ゆっくり、じわじわと流動し続けていた。