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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.12 イジン(2)

「――どれくらいの繁殖力なのかは分からないが、こうしている間もクモバッタ――テラ・イセクは数を増している。俺たちが生き延びるには、一丸となってあの群れを迎え撃ち、滅ぼさなければならない」

「残り1日半かけて、総力戦の準備を整えるということですね」

 

 右翼最前列で腕組みする佐伯が、新田に確かめる。その右隣では矢萩、後ろでは数名の少年少女が彼と視線を連ねていた。

 

「その通りだよ。そこから食事や休憩時間などを引いたものが、トレーニングに当てられる時間になるね」

 

 予想していたことではあったが、はっきり聞かされた群衆――ことに昨夜の戦闘で手ひどいけがを負った者たちが不安げに波立つ。その動揺に、新田は肘下まで袖をまくった両腕を左右に力強く広げ、声のトーンをぐっと上げた。

 

「昨夜あんなことになったのは、俺たちがばらばらだったせいだ。確かに数は多いだろうが、テラ・イセク1体1体はそれほど強くない。作戦を練って力を合わせれば、せん滅は可能だと思う」

 

 これまでリードし、先の戦いで皆の命を救う大手柄を立てた新田の励ましは、狼狽を静める効果があった。手ごたえを感じた新田は、斜め後ろに立つ後藤をちらっと見てから続けた。

 

「――リアルTVで見たように警察も動いているんだ。必ずここを出られるときが来る。それまで生き延びるために、まずリーダーを決めよう。誰がふさわしいか、忌憚きたんの無い意見を聞かせてくれ」

「私は、新田さんでいいと思いますが――」

 

 後藤がさらっと意見を述べ、メガネレンズ越しに一群を見渡す。

 

「――皆さんは、どう思いますか?」

 

 新田さんがいいと思う――と間髪入れずに追随の声が上がると、それをきっかけにあちこちから賛同する声が続いて、野火のびが燃え広がるように大勢が決まる。人柄やこれまでの実績を考えれば至極当然であり、ユキトがこれで決まりと思ったとき、左翼最前列から「ちょっと待って下さいよ」と水がかけられた。

 

「……君か」

 

 新田がいくらか気勢をそがれた顔を向けた先で、クォン・ギュンジが粘っこい薄笑いを浮かべていた。その左右では仲間らしい少年少女が不満そうな顔を並べ、陰でうつむく王生がちらっと見える。クォンは対極から視線の照準を合わせる佐伯や矢萩を気にせず、にやにやしながら首を傾げて新田にかぎ爪のまなざしを引っかけた。

 

「何か意見があるのか、クォン君?」

「意見と言いますか、何と言いますか……まぁ、はっきり言いますと、少し虫がいいんじゃないでしょうかね?」

「虫がいい?」

「そうですよ」

 

 クォンは右手人差し指をくるくる回してから矢萩を指差し、「ボクらをイジンだ何だと侮辱しておきながら、困ったときには団結しようなんてねぇ……」と、挑発的に言った。

 暴発しかける矢萩の左肩を、佐伯がつかんで押さえる。皆が左右の対立にはらはらする中、新田は冷静にクォンと向き合った。

 

「一部の人間が不快な思いをさせたことは、代わって謝るよ。すまなかった。みんながそんなふうに思っている訳じゃないことは分かって欲しい」

「一部? 果たしてそうでしょうかねぇ?……まぁ、いいでしょう」

 

 クォンは小馬鹿にしたような表情を露骨にし、黒ポロシャツの胸でパープル・カーディガンの袖に通った腕を組んで、嫌味ったらしくあごを上げた。

 

「とにかく、ボクらは差別を受けているんです。あなたが昨夜ご覧になったようにね。それについての補償と言いますか、誠意を見せていただかないと、一丸になるとか力を合わせるとかは難しいかもしれないですね~」

「……具体的に、どうしたらいいんだ?」

「ボクをリーダーにしてもらえませんか?」

 

 突拍子もない発言にあちこちから呆れ声や苦笑が聞こえ、青筋を立てた矢萩が罵声を飛ばして佐伯に制止される。言い出したクォン自身も、くっ、くっ、くっと詰まるように低く笑っていた。

 

「――まぁ、それは冗談ですよ。冗談。そうですねぇ……遺跡の北側の土地をボクらにまるまるくれませんか? 南側だけでも十分広いんだから、あっち側は必要ないでしょう? その方がお互い顔を合わせずに気持ち良く過ごせるんじゃないですかね?」

「それは飲めない話ね」後藤が、横から冷たくあしらう。

「へぇ、どうしてですか?」

「StoreZでは、テントから大豪邸まで売っている。ここでの生活が長引き、家を購入して住む人間が増えていったとしたら南側だけでは土地が足りなくなるでしょう。そうなったとき、あなたは遺跡の外に行けと言うつもり? それとも土地を高値で売りつけようとするのかしら?」

「――こんなときに浅ましいことだな」

 

 佐伯が、矢萩の左肩を押さえながらクォンを蔑みで突く。感情を抑えたその声は、しかし腹の中でたぎる怒りを聞く者にひしひしと伝えていた。

 

「失礼ですねぇ……ボクは誠意を求めているだけですよ」

「クォン・ギュンジ君」新田が、クォンを見つめて真摯に言う。「韓国系であれ何系であれ、俺は差別したりどこかに追いやったりするつもりはない。同じ場所で一緒に生きていく――それが、俺の誠意だ」

 

 わっと拍手が起こり、新田の考えに賛同の意を表す。そのさざ波にクォンは苦笑し、左口角をいびつにつり上げた。

 

「さすがリーダーに選ばれるだけのことはありますね。参りましたよ」

「参りましたなんて、やめてくれよ。俺は、当たり前のことを言っているだけだよ」

「ええ、ええ、分かっています。――ところで新田さん、このリーダーの座は暫定ざんてい的なものと考えてよろしいですかね?」

「暫定的なもの?」

「今回のリーダーとは、テラ・イセクの群れと戦うためのリーダーとボクは認識しています。この苦境を乗り越えて長期間ここで暮らしていく場合、そこで求められるリーダー像は、また違うものだと思いますのでね」

「そうかもしれないな。モンスターを全滅させて生き延びたら、そのときまた選挙か何かやって決めよう」

「分かりました」

 

 クォンはうなずいて黙り、新田の暫定リーダー就任が正式に認められた。紆余曲折うよきょくせつはあったが、大きな混乱も無く新田がリーダーになれたのは、後藤があらかじめ想定問答集を作成し、新田にスピーチの練習をさせ、佐伯に根回しして矢萩のような人間を抑えさせたことが奏功そうこうしていた。

 

「ありがとう。それじゃ――」

 

 新田は両手を胸の前で軽く打ち合わせ、聴衆に向かって言った。

 

「――実は、後藤さんがスケジュール案を作ってくれたんだ。これからコネクトでみんなに送るから、ちょっと見てくれないか?」

 

 新田が振り返ってうなずくと、後藤がコネクトでテキストを一斉送信する。ユキトが届いたテキストを開くと、文書作成アプリ〈Textテキストスター〉で作られたそれは非常に良くまとまった内容で、決戦の幕開けを明日深夜0時と定め、それまで各自が行うべき準備と分刻みのスケジュール、どのような作戦でテラ・イセクの大群を迎え撃つかが詳細に書かれていた。

 

(……これがスケジュールで……こっちがクモバッタをやっつけるための作戦か……)

 

 あくまで案として提示されたものだったが、その完璧さにユキトも他の者たちもそれを決定として受け止め、緊張した表情でテキストを読み、後藤の解説に耳を傾けた。