REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.11 執着(2)

「……本当にごめん……ぼ、僕は……」

 

 背中を曲げると潤は傾いた座位を直し、黒い前髪とサイドを手で冷静に整えると、右斜め前のリアルTVに視線を移して関心薄げに言った。

 

「……すっかり大騒ぎね、リアルは」

「……うん……」

 

 うなずき、ユキトはそのまま頭を垂れた。無かったことにしようとする潤に安堵しながら、その態度が冷たく感じられて心が微かに震えた。気持ちが沈み、全身の不全麻痺が治らないまま悶々もんもんとしていると、後藤の凛とした声が動揺する若者たちのざわめきを透過して聞こえる。

 

「――私たちが置かれた状況は、確かに現実なのです。焚き火で遠ざけているモンスターの大群も幻ではありません。私たちはこれからどうすべきか考え、速やかに実行しなければいけません」

 

 後藤は思案顔の新田を見下ろし、注目するジョアンや紗季たち、その外側の少年少女にブラックメタルフレームのメガネを巡らせると、頭上のワンに目を移した。

 

「このまま燃やしてポイントを消費していたら、1週間と持たないのだったわね?」

『はい。食糧購入など生活に必要な分を差し引けば、さらに日数は縮まります』

「戦闘に備えて武器やバリアを強化し、治療に使うポーションなどを購入すれば、もっと縮まる。焚き火を整理して減らし、昼間は消したとしても、せいぜいあと2日だったわね?」

『シミュレーションの結果では、そのようになります』

 

 2日――

 それが、戦って生き延びるために残された時間――ユキトたちはその日数を頭の中で反響させ、引きつった顔でワンを見上げた。

 

「2日……」

 

 新田があぐらをかき、自らを締め上げるようにきつく腕組みしてうなる。

 

「……残された時間は、それだけなんだな……」

「そうです」後藤がクールに首肯する。「遺跡ここまでの移動でお分かりだと思いますが、この辺りにはモンスターがほとんど見当たりませんので、ポイントを得て時間を稼ぐのは難しいでしょう。樹海で探すのは、新田さんたちを苦戦させるほどの強敵と遭遇するリスクを考えると避けた方が賢明です」

「そうだな……また犠牲者が出るかもしれないものな……」

「しかも、時が経つほどこちらは不利になるようです」

「不利になる?」

『テラ・イセクは、大変繁殖力の強いモンスターです。時間が経過するほど増えていきます』

 

 ワンの発言に場がどよめく。先の戦闘で減ったものがまた増えると知った若者たちはヘブンズ・アイズを開いて北の湿地帯で赤い雲状に表示されている群れを調べようとしたが、距離が遠くなるほど流動の影響が強まってゆがみがひどくなること、未踏の地の詳細なデータを得ることができない設定のせいでまともな情報を得られず、赤い綿菓子のような画像とにらめっこする者たちの間で前よりも大きくなっている、いやそんなことはないという声が飛び交う。新田がどのくらいのスピードで増えるのかワンに尋ねたが、それには答えられないとはね付けられてしまった。

 

「……ともかく、時間が経つほど俺たちは大群と戦う羽目になる……テラ・イセクを倒して入手できるポイントと消費するポイントを比べると、炎を消しておびき寄せ、倒せるだけ倒して追い払うのを繰り返してもジリ貧になっていく感じだしな……」

「はい。場数を踏んで多少戦闘スキルが上がり、獲得ポイントが増えたとしても焼け石に水。やがて限界が来たときには、恐ろしく増殖したテラ・イセクと戦うことにもなりかねません。ですから、新田さんにはリーダーとして早急に態勢を整えていただきたいのです」

 

 教師を連想させる態度で要請する後藤。テーラードジャケットにドレスシャツ、スキニーパンツ……というぴっちりしたファッションは、彼女をその場に打ち込まれたくさびのように見せていた。

 

「うん……だけど、俺でいいのかな。確かに今まで俺が結果的にみんなを引っ張ってきたけど、あらたまってそう言われると、もっと適任者がいるんじゃないかとも思うんだよな……君だって、俺よりもしっかりしているように感じるし……」

「私は、新田さんが適任だと考えます」

 

 後藤は、ここまで皆を導いてきた実績からそう判断するのだと、理路整然と説明した。

 

「あたしも新田さんでいいと思います」紗季が横から支持する。「ねぇ、エリーちゃんもそう思うでしょ?」

「は、はい。新田さんが、いいです……」

「ボクも同意見だな。ニッタさんが今までleadしてきたんだし」

 

 ジョアンが身を乗り出して言い、大樹に寄ろうとにじり寄る少年少女たちもこぞって新田支持を表明した。あくまでここにいる20人ほどの間でのことだったが、もう全員から賛同を得たような雰囲気があった。

 

(……そうだよな。新田さんに何とかしてもらうしかないよな……)

 

 ユキトは群がる人影越しに新田を見つめ、同調して認めた。

 

「分かったよ……」

 

 推された新田は左手の薬指にはまるマリッジリングに目をやり、後藤の斜め前で立ち上がると、自分を仰ぐたくさんの顔を見つめ返した。

 

「――俺もリアルに戻りたいからな。他のみんなも支持してくれるのなら、できる限りのことをさせてもらうよ」

「ありがとうございます」後藤が腕組みを解き、慇懃いんぎんに頭を下げる。「今夜は皆疲れていますから、明日の朝、集会を開いてリーダーを誰にするかはっきり決め、今後のことを検討しましょう」

 

 後藤は、コネクトで集会開催とそれへの参加を呼びかけるメッセージを全員に送っておくと言い、少し打ち合わせをしたいと新田を誘って、人気の無い大遺構脇に連れ立って歩いて行った。残された少年少女たちは、炎が薪を焼きながら揺らめく中で不安を打ち消そうと言葉を交わし、新田さんたちなら何とかしてくれるとしきりに口にした。ジョアンはこちらへ戻って来る途中のルルフにイメージ・コネクトして状況を知らせ、紗季はぐずついた表情のエリーを励ます。ユキトも誰かとつながりたい気持ちが強まり、左隣で暗闇へ立ちのぼる火の粉に遠い目を注ぐ潤にぎこちなく声をかけた。

 

「……きっと戻れるよね、リアルに」

「え?……そうね……」

 

 赤橙色に染まった潤はユキトを一瞥し、もがくように動く炎に黒まつ毛を転じてぼそっと言った。

 

「……でも、無理なら仕方ないわ」

 

 僕は嫌だ、と言いかけたユキトは慌てて強引に飲み込み、関係を守ろうと弱さを隠して媚びた。

 

「……そうだね……僕も、そのときは諦めるよ……」

「……そうなの?」

 

 流れてきたまなざしに硬くうなずくと、赤みが増した唇が和らいで瞳がうっすら潤む。

 

「……手、握ってくれる?」

「う、うん」

 

 差し出されたか弱げな右手を左手でそっと握ると、少女のぬくもりが伝わって恐れを薄れさせる。ユキトは潤とのつながりに酔い、直面している忌まわしい現実をしばし忘れた。