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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

ラーメンセックス

短編小説

 俺は、ラーメン好きだという以外、ごく普通の大学生のつもりだった……それがなぜ……――




 忘れもしない、ギンギンにギラついた真夏のある昼休み……俺は大学を抜け出して近くのラーメン屋〈天翔軒てんしょうけん〉の行列に汗を噴きながらじりじり並んでいた。

 

 天翔ラーメン――豚骨やら野菜やらをとことん煮込み、特製醤油を合わせたギトギトスープ、うどん並みの極太ごくぶと麺、極厚ごくあつチャーシューにでたもやしとキャベツが山盛りのボリュームが特徴。ラーメンの中のラーメン、キング・ラーメンと評され、ラーメン・フリークたちの圧倒的支持を得るそのラーメンが食べたくて日をあけずに通うジャンキーも多く、かく言う俺もあちこちのラーメンを食べ歩いた末に出会ってとりこになったのだ。

 

 さて、行列が徐々に進み、並んでから30分ほど経った頃にようやく俺は店内のカウンター席に腰かけてむわっと充満する荒々しくもマイルドなスープ臭を胸一杯に吸い込み、湯気がもわもわ立つ大鍋に麺を手際良く投入し、チャーシューを包丁で分厚く切り分ける頑固一徹そうな店主の年季が入った一挙手一投足に惚れ惚れしながら出来上がるのを今や遅しと待ち焦がれていた。すると、俺よりも先に入っていた隣の客が食べ終わり、ごちそうさまと言って席を立った。

 

 そこにどっこいしょと座ってきたのが、あのオヤジだった。バーコード頭、ぽっちゃり顔から盛り上がるずんぐりした団子鼻にかかった古臭いデザインの黒ぶちメガネ、腹がぼてっと出た小太りの中年――オヤジは店内のむんむんとした熱気でだらだら汗をかき、いくらかしわが寄った半袖ワイシャツの胸ポケットから取り出した黄色いハンカチでしきりに額、頬やメガネレンズの曇りを拭いていた。これじゃ、ラーメンを食べ始めたら汗がドバドバだろうなと横目で見ていたところ、俺のところにやっとラーメンが運ばれてきた。

 

 待ってましたと割り箸をパキッと割り、スープがなまめかしく絡んだ極太麺を挟んで勢いよくズズズッと一すすり。ぐわしっ、ぐわしっとした歯応えと舌にじんわぁぁあと染み渡る濃厚で強烈な旨味うまみ。至福の瞬間――のはずだった、が、突然隣から聞こえたあえぎがそれに水をバシャッと引っかけた。低く、野太い、ギザギザしたあえぎ――ゾゾゾッと鳥肌が立った俺はその声、バーコードオヤジの方を恐る恐るうかがった。すると、そこには口をだらしなく半開きにして頬を桃色に染め、俺の口元に食い入ってうっとりする気色悪い顔があった。

 

 頭にハテナマークがいくつもぼこぼこ浮かんだが、ともかく腹は減っているし、超大好きなラーメンだったから、気味悪く思いながらも知らんぷりしてまた麺を口に運んだんだ。そしたら、ああぁん、とキモい声が震える。思わずブホッとむせて吐き出しそうになったね。こわごわと野菜をかむと、うぅん……と切なげな吐息が頭をのけ反らせ、体をくねらせるオヤジから漏れる。周りの客は無視しているらしく、黙々と麺をすするばかり。俺がチャーシューを食べても、スープをレンゲで飲んでも、そのたびにオヤジはそんな反応をするんだ。

 

 想像できるか? 大好物を食べているすぐ横でむさっ苦しい汗っかきの中年バーコードメガネデブオヤジに身をよじられてあんあん言われたらたまらないぜ?

 

 キレてやろうかとも思ったが、こんなキ◯ガイに関わるのはマジ嫌だったし、ともかく麺が伸びる前に食べちゃおうと箸を進めたんだ。オヤジにもラーメンが来ればこんなことをしていないで食らっているんだろうが、あいにくこの店の極太麺は茹で上がるまでに8分くらいかかるし、そこに盛り付けやら何やらでさらにプラスされる。つまり、少なくともその間はこの悪夢に耐えなければならないのだ。

 

 そう思うと、胸がムカついてムカついてどうしようもなくなってきた。そのとき、ふと思ったんだ。もし俺がガンガン食べたら、どうなるんだろうと。嫌がらせだか異常性癖だか知らないが、俺の食べっぷりでオヤジをきりきり舞いさせてやれるなら、それはそれで面白いんじゃないかとね。

 

 そこで俺が思い浮かべたのは〈ゆーりん〉ことお気に入りの女子高生JKグラビアアイドル〈相内ゆりさ〉だった。B89、W56、H87のエロい肉体に三日月形の眉、瞳がうっすら濡れた垂れ目に可愛らしい鼻梁びりょうと熟れた果肉みたいな唇、きらめき流れる黒髪ロング、そしてキュートなアニメ声――俺は日頃鍛えたモーソー力をMAXにしてオヤジの容姿と声をゆーりんのそれに変換しようとしたんだ!

 

 今にして思うと相当ヤバいアイデアだが、怒りで頭がゆだっていた俺はオールでがぶがぶ酒を飲みながらヒトカラでひたすらロックを歌ってハジけ、そのまま翌日遊園地のジェットコースターに連続乗車して絶叫しまくるようなクレイジーさで無理矢理オヤジを赤いマイクロビキニ姿のゆーりんに強制変換し、思いっきり麺をすすってかみまくった。オヤジ、じゃなくてゆーりんはヨガって悲鳴を上げたよ。これはイケると思ったね。悪ノリし過ぎてオヤジがヘバるんでもイカれた性癖でもだえるんでも、どっちでもよかった。立て続けに麺をすすり、チャーシューを奥歯で執拗にかんで千切り、半ばヤケクソに備え付けの七味と胡椒をドバっとブッかけた。そのたびにゆーりんはカウンターにネイルアートされた爪をギリッと立て、豊満なバストをばいんばいん揺らし、体をグワッと弓なりにして光る汗の真珠を飛び散らせた。そのとき、俺は妄想の中でゆーりんと一つになり、甘美な蜜があふれ出る肉体を激しくむさぼっていたんだ。

 

 さんざん彼女を味わい尽くした俺はとどめに両手でどんぶりをガッチリつかみ、あぶらギットギトのスープをごっくごっくごっくと胃袋へ流し込んだ。横でどんどん高ぶっていく叫びが耳をつんざいたが、構わず俺は丼をひっくり返して一滴残らず飲み干し、げふぅ~とげっぷをして横に目を滑らせた。

 

 ゆーりん――いや、全身ぐちょぐちょになってワイシャツを肌にべったり張り付かせ、黒縁メガネを団子鼻の先までずり落としたオヤジは口をあんぐりさせてよだれを垂らし、精力をすべて使い果たしたようにゲッソリしていた。それを見た汗だくの俺は、スゲぇ重たい胃袋を抱えながら勝利の快感に酔いしれたんだ。

 

 これだけ消耗したらせっかくのラーメンも満足に喉を通らないだろう、さぁ、どうすると唇をゆがませて盗み見ていると、次第にクールダウンしたオヤジはむっちりした右手を胸に当てて乱れた呼吸を整え、黄色のハンカチで顔や首、そしてバーコード頭の汗をごしごし拭いて、レンズが曇った黒メガネを右手中指でクッとずり上げると、ごちそうさまでした、とカウンター越しに店主を拝んでさっさと店を出て行ったんだ。

 

 『えぇッ?』とズッコケた、その瞬間……はっと目が覚めた。俺は自宅の寝床の中にいた。うっすらとカーテン越しに朝日がし、ち、ち、とスズメのさえずりが聞こえた……俺は夢を見ていたんだ。あまりにもリアルだったから、気持ちが落ち着くまで小一時間かかったよ。

 

 その日はさすがに天翔軒に行く気にはならなかった。しかし、翌日になると、喉元過ぎれば何とやら――あの美味びみが恋しくなった俺は、昼休みになると同時に店へ飛んで行った。そして、まさか正夢にならないだろうなと心配して自分の後ろに並んでいる人たちを何度も振り返ったが、幸いあのオヤジは見当たらなかった。ほっとした俺はやがて席に着き、ラーメンをひたすら待った。そのとき、隣の客が麺をすする音が耳を打つ。俺は思わずとろけたあえぎを漏らし、そんな自分に心底仰天したんだ!

 

 客たちの怪訝けげんな視線が、方々から突き刺さる。だが、自分でも止められなかった。麺、チャーシュー、野菜、スープ――周りの客が口にするいちいちに肉体は敏感にビクンビクン反応し、血潮がたぎった下腹部はガッチガチに勃起ぼっきして快感の怒涛どとうが意識をドドドオォォッッと押し流す――

 

 そして、俺は気付いた。あの夢はある意味、正夢になったんだ。ラーメン愛が高じてか、それともオヤジの呪いなのか、俺の、自分でも信じられない性癖が突然ぱあああっっと目覚めてしまったんだと。目の前で食べられるだけで俺は全身を舐め回され、しゃぶり尽されるような快楽にしびれ、むさぼり食べたならたちまちエクスタシーを大爆発させる肉体は魂ごと灼熱の潮流となって彼方まで迸る――おぉ……! 話してるうちに我慢できなくなってきた! ごめん、俺もう行くよ、天翔軒に――!