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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.10 薄闇の中で(2)

「――じゃあ、ポイントをチャージするね」

 

 地面にあぐらをかいた新田が数メートル後ろの焚き火――それに付属する目盛り半分の3Dゲージを一瞥すると、彼の前に表示されたウインドウで所有ポイント額が減少した直後にゲージが半分からフルになり、炎に照らされながら車座くるまざになっている少年少女たちが安堵の表情を浮かべる。大遺構前で闇を拒んで揺れる炎を背にした新田の左隣にはガウチョパンツから出た膝を抱えるエリー、その隣にはミニスカートを前で押さえてあぐらをかく紗季がいて、全部で20人ほどの小さな輪にはジョアンとルルフ、ユキトと潤の姿もあり、彼等は口々に新田に感謝した。

 

「――ホントにすみません。ポイントはたいてなかったら、あたしも出したんですけど」

 

 紗季が頭を下げ、細かな石が散らばる地面を隔てて向ける非難がましい視線――それを斜に受けたユキトは赤黒い地面と体育座りした足の影とに目を墜落させ、重ねた左手でナックル・ガントレットをぐっとつかんだ。新田のところにまっすぐ潤と行ったユキトは、けが人の手当てをしてから来た紗季たちにどうして協力しなかったのか問われて、これからのことを早く話し合いたかったからと苦しい言い訳をしていた。

 

 ポイントを他人のために使うのが惜しかった――

 自分が生き延びるために使いたかった――

 

 決して間違ってはいない、こんな状況だったら当然じゃないかと心の中で抗弁するユキトだったが、どうしても後ろめたさが拭えず、紗季をまともに見ることができなかった。他方、左隣にグレーのミニスカートを押さえながら横座りする潤は、非難の目を無視して新田に焦点を合わせ続けていた。

 

「いいんだよ」新田が、紗季に微笑む。「バトル続きだったせいでポイントには余裕があるからさ。重傷者へのポイント提供も、篠沢さんたちのお陰でそれほど出さずに済んだしね」

 

 新田もコネクトで皆のけがの具合を確認し、必要なら手を差し伸べるように指示していた。目を転じた新田は、乱立する焚き火とそのそばで照らされる精根尽き果てた顔という『島々』を見渡し、続けた。

 

「――ゲージが減ってきたらポイントを出し合うように言ってあるから、この火が消えることはないだろう」

「……でも、これ結構ポイント食いますね」と紗季。「2時間でこれだけ減るなんて。この辺り焚き火だらけになってるし、少し整理した方がいいかもですね」

「そうだね。夜が明けたら配置を見直そう。無駄は省かないとね」

 

 若者たちは一様にうなずき、揺らめく視線を交わし合った。輪を構成する少年の1人が、「これからどうするんですか?」と不安げに切り出すと、他の少年少女たちもいずれポイントが底をついて炎が消え、遺跡の北およそ20キロ地点に群れるテラ・イセクの大群が再襲撃してくることを恐れて新田に瞳をすがらせた。

 

「battleしかないだろ、みんなッ!」ジョアンが力強く立ち上がり、右こぶしを勇ましく振る。「みんなで力を合わせてルルりんを――じゃなくて、自分たちの身を守るんだ!――ルルりん! 君は、ボクが絶対守るからねッ!」

「ありがと、ジョアン君」

 

 紫ジャージ姿のルルフが見上げてはにかみ、微笑する。両膝、そして肩から豊かな胸へと流したツインテールを抱えるエロカワ少女の微笑みは、見る者――とりわけ男子の心に微熱を生じさせてとろかす魅力があり、新田でさえもつい見入るほどだった。

 

「簡単に言うけど、気持ちだけでどうにかなるなら苦労は無いのよ」紗季が意見する。「自分の身を守ることさえ難しい人たちだっているんだから」

 

 指摘を間近で聞いたエリーがうつむき、消え入るような声で、ごめんなさいと謝った。この輪には襲撃時守られるだけだった者たちがそのまま交ざっており、彼、彼女たちは引け目を感じて背中を丸め、うな垂れた。

 

「――あっ、わ、悪く取らないでよ。あたしはその、色々考えなきゃって言いたいだけなんだから……」

「俺も篠沢さんと同意見だ。みんなで生き延びるためにはどうしたらいいか考え、行動する必要がある。またあの大群に襲われるまでに」

「そうなる前に救助されればいいんですけどね……そういえば、後藤さんや佐伯さんは、どこに行ったんですか?」

 

 紗季が問うと、新田は「後藤さんは、静かな場所でワンからこのテンペスト2.0のことを詳しく聴取するって言ってたよ」と言い、ヘブンズ・アイズで佐伯の現在地を確かめた。

 

「――佐伯君は、みんなの様子を見て来るって……今は矢萩君たちのところにいるみたいだね。しかし、こうして見ると……」

 

 新田は3Dマップ上に表示されている焚き火と、その周りのキャラクター・アイコンをつぶさに調べた。

 

「――何となくだけど、グループができてるね。純血は純血同士、韓国系はこっち、ブラジル系はあっち、みたいな……」

「リアルでも縄張り作ったり、いがみ合ったりしてますからね」と、あぐらをかいたジョアンがつぶやくように言い、陽気な顔を陰らせる。

「あたし嫌だな、そういうの。何でそんなふうに群れるんだろ。自分たちと違うものを排除して……これから一緒に戦うことになるんだし、もう少しみんなを仲良くさせられないかな……」

 

 場が静まり、新田の背後で薪のはぜる音が辛辣しんらつに夜気を打つ。それぞれが何となく静思せいしする中、ユキトも輪に連なる者たちと同じように黙考したが、それは疲労で頭が鈍っているせいもあって考えているようで何も考えていないような、ぼんやりとしたものだった。

 

「――それだったら、ルルりんに歌ってもらおうよ!」

 

 ぱんと手を打ち合わせ、ジョアンが隣のルルフに熱視線を送る。ジョアンは目を丸くするルルフ、そして紗季たちに歌でみんなをまとめようと提案し、ブロンドに体を傾けた。

 

「――いいよね、ルルりん? Seraphimは何系とか関係なくファンが多いしさ。歌を通じてみんなの距離が縮まったらgreatじゃん?」

「だけど、ルルはエッグメンバーだし、歌もあんまり得意じゃ……」

「ルルりんの魅力はレギュラーに負けてないし、歌だってwonderfulに決まってるさ!――だろ、ユキト?」

「え? う、うん……」

 

 複数の頭越しに求められた同意に、ユキトはぎこちなく首肯した。手当てに協力しなかったからといって嫌な態度を取らない彼をありがたく思う一方、どうにも自分が下らない人間のように思えて、ユキトは照らす炎に焼かれる錯覚にとらわれた。

 

「ルルりん、『ホープ☆』歌ってよ。Seraphimの代表曲の。ぜひ聞きたいな、ルルりんのsinging  voice!」

「……でも、ルル……」

 

 リクエストにルルフはツインテールと熟れた桃を収めたような胸を抱えた膝に押し付け、集まる視線に顔を伏せて渋った。

 

「やめなさいよ、ジョアン。高峰さん、嫌がってるじゃないの。無理言っちゃかわいそうよ」

「……ん……ルル、やってみる。期待しないでもらいたいけど……」

 

 垂れた目尻が跳ねんばかりにまぶたを上げてルルフは立ち上がり、尻をはたいて左右の手でツインテールを背中側にさらっと流すと、背筋を伸ばして気持ちあごを上げた。

 

「いいぞ、ルルりん!――ほら、みんな拍手して!」

 

 ジョアンが居住まいを正してビシィッと正座し、促されて拍手するユキトの横で潤が気が無さそうに手を叩く。車座になった少年少女たちが戸惑いながら音を重ねると、近くの焚き火の周りで何だろうと疲れた顔が動く。すっかり注目を集めたルルフは緊張した視線を真正面に据えると、すらっと通った高い鼻から軽く息を吐いた。

 

「……じゃ、下手だと思うけど、聞いて下さい」

 

 膨らんだ胸の前で両手を組み合わせ、唇が咲く。

 そこから流れ出る甘い歌声――

 バックバンドによる演奏など無いが、聞き手の頭の中で自然にメロディーを補完させる歌声は初めの硬さをやがて振り払って胸とともにはずみ、手や腰が大胆に振られ、リズミカルになるステップとともに熱を高めて、サビでグオッと力強く飛翔した。未熟なところはあるが、不思議と聞く者を魅了する希望の歌はとくに男性陣を引き付け、ジョアンに至っては口を半開きにして聴きほれていた。はばたく歌声が翼を広げて彼方へと翔け、余韻を残して終わった後には束の間の静寂――そして、大きな拍手が輪の内外から起こった。

 

「すごい! マジでgreatだよ、ルルりんッ!――なあ、ユキトッ!」

「う、うん。上手だよ、高峰さん」

「新田さん! 新田さんもgreatだと思うでしょ!」

「ああ。さすがアイドルの卵。何か、久しぶりにグッときたよ」

 

 褒める新田をエリーが湿っぽい横目でうかがい、潤が冷めた笑顔を張り付かせた以外は、紗季も他の聴衆も感動で疲れを少し癒してくれた歌い手に称賛を送った。予想以上の高評価にルルフは満面の笑みを浮かべ、両手をきらきら振って感謝の意を表した。

 

「何かルルりん、前よりもオーラを感じるなあ! これはホントに歌でみんなのheartを一つにできるかも!」

「買いかぶり過ぎよ、ジョアン君。でも、ありがとう。――みんなもありがとう」

 

 笑顔を振りまいたルルフは火照ほてった顔を右手であおぎ、後ろに下がって輪から離れようとした。

 

「あれっ? ルルりん、どこに行くんだよ?」

「汗かいたから、ちょっと涼んでくるわ」

「えっ、じゃあ、ボクも一緒に行くよ」

「1人で平気よ。すぐに戻るからここで待ってて。ね?」

「お、OK。だけど、dangerなとこに行っちゃダメだよ」

「分かってるわ。ありがとう」

 

 浮かせた腰をおとなしく下ろしたジョアンに微笑み、ルルフは翼状のブロンドツインテールを揺らしながら焚き火とその周りにいる若者たちの間を気取った足取りで石垣の方へ歩いた。男性陣がその後ろ姿にほろ酔いじみた視線を送る中、エリーと潤はそれぞれ酢をなめたようなまなざしを向けていた。