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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.9 赤い天の川(4)

「――……はぁ……はぁ……」

 

 膝に手を突き、今にも崩れそうな前屈みであえぐ顔から汗が滴り、赤橙あかだいだい色の地面にぼたぼた落ちる。荒い胸の上下がどうにか落ち着くとユキトは乱れた頭を上げ、顔の汗を左手の平と甲とで拭って辺りを見回した。

 

「……潤……篠沢……」

 

 井桁型に組まれた薪から上がる炎が、額と頬に汗で黒髪を張り付けてマジックダガー片手に立ち尽くす潤を、崩れた石壁に背をもたれ、洋弓と黒いローファーを履いた足を投げ出して座り込んだ紗季を方々から照らし、熱していた。両名ともユキトと同じく制服があちこち裂けて血で汚れ、傷がのぞく痛々しい姿をさらしており、それは点在する焚き火の周りにぐったりと横たわり、地面にへたり込んでぼう然としている者たちも同様だった。

 

「……潤、大丈夫?……」

 

 歩み寄ったユキトは、セーラーブレザーの胸の裂け目につい行った目ごと恥じらう顔を慌ててそらし、イジゲンポケットからポーションを出現させた。

 

「あの、これ使っていいよ……早く傷とか治した方がいいから……」

「あ、ええ……」

 

 潤は裂け目からのぞく膨らみと白ブラジャーに気付き、マジックダガーをイジゲンポケットにしまって空いた右手で青い瓶を受け取り、すぐに蓋を開けて光の粒子を胸元から全身にかけた。

 

「――ありがとう、ユキト……助かったのね、私たち……」

「うん、どうにかね……」

 

 うなずいたユキトは自身にポーションをかけて傷を癒し、裂けたブレザーやスラックスを修復すると、テラ・イセクの大群が消えていった北の空を見上げ、ぶるっと身震いして汗でぬらっとする喉元を左手でこすった。

 

「……新田さんが焚き火を置けって言ってくれなかったら、僕たち……」

「……はぁ……ホントにろくでもない世界ね……」

 

 ぼやいた紗季が縦横に裂けたキャメルのブレザーを脱いで胸のピンクリボンを緩め、一番上と二番目のボタンを外したワイシャツをつまんであおぐ。激戦を経たワイシャツには裂け目が入って血がにじんでおり、紗季は購入したポーションでそれらのダメージを回復させると、ブレザーと洋弓、それから右手にはめていたタブをイジゲンポケットにしまって、はあっと重いため息をついた。

 

「ポーション使っても疲れは取れないし、体は汗だく……お風呂、入りたいよ……」

『入浴施設でしたら、StoreZでご購入いただけます』

「ちょっ! あんた、いきなり出て来ないでよ!」

 

 頭上に出現したことを怒る紗季に、ワンは悪びれる様子などみじんも見せずに2メートル弱上昇し、StoreZならどのような施設でも売っていると教えた。

 

『――入浴施設以外にも食堂や公衆トイレ、ランドリー等を取りそろえています。もちろん、そうした設備が整った家をご購入いただいてもよろしいでしょう』

「施設だ家だって、ずいぶんとスケールが大きい話だな」

 見上げるユキトのそばで潤が、「いったいどれだけのポイントが必要なのかしら」と口にすると、答えが淡々と返って来た。

『ポイントが足りない場合は、金融アプリ〈シャイロック金融〉から融通してもらう方法があります。ただし、貸出限度額は借り手の返済能力や信用度を考慮して設定され、借りたポイントには利子が付きます』

「要するにローンを組めってことね。まったく、変にリアルだわ……――そうだ、ジュリアちゃん!」

 

 バッと立ち上がった紗季は周囲を見、コネクトを開いてジュリアを呼んだ。回線は程なくつながり、ピンクのくしゃくしゃ髪少女が映ったウインドウから快活な声が聞こえた。

 

「――そっか、けがはしてないんだね。よかった……今は、えっと……」

 

 紗季はヘブンズ・アイズを開いてジュリアの現在位置を、そしてそのそばのキャラクター・アイコンを見て誰といるか確かめ、いくつもの焚き火と負傷者たちに遮られた大遺構前の方に笑顔を向けた。

 

「新田さんやエリーちゃんと一緒なんだね。うん、あたしたちもすぐにそっちに行くから。じゃ、後でね」

 

 イメージ・コネクトを終えた紗季は2人にジュリアの無事を伝え、ユキトのそばに来て左腕を軽く叩いた。

 

「お疲れ、斯波。あんたが頑張ってくれたから、どうにか生き延びられたわ」

「いや、別にそんな……」

「ううん、ホントに助かったよ。ありがと」

 

 朗らかなスマイルにユキトは頬を緩めたが、束の間の安らぎは全身をさいなむだるさに打ち消された。進行を早めないようバーストせずにいたのだが、それでもデモン・カーズは刺激を受けて戦いの間中死へのカウントダウンをスピードアップさせていた。その一方、デモン・カーズで上がった戦闘スキルが、生き延びることに貢献しているのも事実だった。

 

(……僕を殺す呪いが、命を救っているのか……)

「――ねぇ、斯波ってば」

「えっ? な、何だよ?」

「ぼーっとしてどうかしたの? あんた、顔色悪い?」

 

 紗季と、それを聞いた潤に注視されたユキトは目をうろたえさせ、頭上に浮かぶワンをぎらっと一瞥すると、もろそうな作り笑いでごまかした。

 

「……そんなことないよ。疲れただけさ」

「ユキトは頑張ってくれたものね。当然だわ」

「ふぅん……ま、いいけど。ところで、ちょっとマップ見てよ」

 

 紗季はユキトと潤にヘブンズ・アイズを開かせ、遺跡の北を示した。縮尺が小さくなって広範囲を表示する3Dマップ上、遺跡の北約20キロ――平原と樹海を超えた先の広大な湿地帯には、赤く光る雲が表示されていた。

 

「……これって、あのクモバッタだよな……」

「そうよ。こいつら、またあたしたちを襲うつもりかな?」

「来るでしょうね」潤が軽く黒髪をかき上げ、仰ぐ。「――そうでしょう、ワン?」

『テラ・イセクは夜行性で、ご存知のように炎を嫌います。これだけの炎が燃えているうちは、寄って来ないでしょう』

「燃えているうちは、ね……」

 

 潤は、焚き火のそばに浮かぶ3Dのゲージに目をやった。購入時はフルだったものが少しずつ減って、今は4分の3くらいになっている。ポイントをチャージすれば燃やし続けられるが、ポイントはモンスターを倒さなければ手に入らないし、食料などを購入するためにも使わなければならない。どこにどんなモンスターがいて、どれくらい戦えば、どの程度のポイントが入手できるのか、ユキトたちはほとんど分からなかったが、ともかく、この世界にいる間は怪物たちと戦い続けなければならないのは間違いなさそうだった。

 

「取りあえずは、クモバッタを倒して手に入れたポイントがあるけど……」紗季が所有ポイントを確認する。「1体1体はそれほど強くないせいか、もらえるポイントも大したことないわね」

『楽してたくさんのポイントが得られるほど、甘くはありません』

「本当に嫌みなヤツだな、お前」

『ただし、たくさんのポイントを簡単に獲得する方法があります』

「何だよ、その方法って?」

『〈アザーズ・キル〉――他人を殺すのです』

「はあ? ちょっと、何言ってんのよ!」

『他人を殺害すれば、相手が持っていたポイントに多額のボーナスポイントが上乗せされます』

「バッカじゃないの! そんなことする訳ないでしょ! 何がボーナスよ!」

 

 怒声に、周囲からいったいどうしたのかとぼんやりした視線が向けられる。眉をひそめたユキトと潤にもにらまれたワンは、『設定をお伝えしたまでです』と、血の通わない声で付け加えた。

 

「そんなこと絶対にしないわよ! そんなことするくらいなら、命がけでモンスターと戦ってやるわ!」

『それはお任せ致しますが、あなた方の総獲得ポイントから見積もると、数日中にまたテラ・イセクに襲われることになるでしょう』

「そんなにすぐなのか?」

『これだけの焚き火を燃や続けるには、多くのポイントが必要です。傷の治療や食料の購入等をせずにすべてをつぎ込んだとしても、持つのは1週間くらいでしょう』