REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.9 赤い天の川(2)

「――ギャアァァッッー! いやや! いやや、いやや、いやや、いやや、いややッ! ギャーッ! ギャーッ! ギャァーッッ!――」

 

 飛来するや8本の節足でがさごそ這い、後ろ脚でぐわっと立ち上がって突進するテラ・イセクにジュリアはサイレンばりの絶叫を上げ、脆弱ぜいじゃくなバリアさえ張らずに暗闇を右に左に突っ走って半壊した石積みの壁に激突し、横たわる大石に蹴つまづいて地面に突っ込んだ。ピンク髪をぐしゃぐしゃにした少女が全身打ち身と生傷だらけで這い這いし、ごろごろ転がりながら逃げ惑っているのは、大遺構と焚き火が燃える広場とを囲む崩れた石壁の外側。炎の明かりがまったく届かない暗がりでは、方々でライトンの光が錯乱した動きをし、発狂寸前の悲鳴が無軌道に飛び散っていた。

 

「――ムシあかん! ムシあかんッ! ム――あギャッッ!」

 

 ドンッとぶつかったジュリアは尻もちをつき、目をぎゅっとつぶってギャーギャーわめきながら半袖から出た両腕、ハーフパンツから出てエジプトサンダルをはいた両足とをぶんぶん振り回し、ばたつかせた。

 

「……いたぁ……!」

「ふぇっ?」

 

 ぱっと開いた涙目が、ライトンを右肩上にふわふわ浮かべるツインテール少女のぼやけた像を映す。高峰ルルフ――衝突されてジャージ姿を倒した彼女も、雲霞うんかのごとき怪虫にパニクって恐慌渦巻く闇を転げ回っていた。

 

「……あなた……」

 

 艶っぽい顔をしかめたルルフは痛む体をぎこちなく起こし、ライトンで泣きべそをカッと照らした。

 

「――ライトンくらい使いなさいよ! 危ないじゃないのッ!――ぎゃあッ!」

 

 闇から羽ばたく影が飛び出し、赤光る目がジュリアの頭上を越えてライトン――縦に引きつって凍り付いたルルフに襲いかかる。だが、爪と牙が柔肌をえぐる寸前、右脇腹に炸裂した火球が琥珀こはく色の羽もろとも悶える脚や胴体をがっついて食べかすを光のちりに変えた。

 

「――ルルりん、waitだってばッ!」

「……ジョアン君……――後ろォッ!」

「えっ?――ぐオッッ!」

 

 ルルフのライトンに照らされるジョアンが背後からドオッと体当たりされ、大石、小石が転がる地べたに押し倒される。テラ・イセクは仰向けになろうともがく獲物の右腕にかみついて抗うバリアを破り、裂けたドレスシャツの袖を鮮血で汚した。

 

「――ジ、ジョアン君ッ!――はっ!」

 

 腰を抜かしたルルフは、新たに飛来した数体の影が自分たちを囲むのを見て震え上がった。ライトンの光の筋がぶるぶる揺れる薄闇――節足が巨石の上をガサガサ這い、ブウゥゥンンと羽ばたきながら滞空、旋回する。そして、包囲していたうちの1体が、座り込んだままのジュリアめがけてバアッと飛ぶ――

 

「――ギャアアァァァァァ――――――――――――!」

 

 全身破裂するように叫ぶジュリアの鼓膜にドォンと爆音がとどろき、クモに似た頭部がばらばらに砕け散って、ピンクのくしゃくしゃ頭の上で光のちりが立ちのぼる。連続する火薬の猛りは狙いを転じようとする赤光の単眼を次々撃ち抜き、ジョアンにのしかかる胴体にいくつも風穴を開けて、包囲を飛散する光のちりの輪に変えた。

 

「ッたく、ウルせーガキだな……!」

 

 ライトンの光を供に闇からスポーツサンダルをはいた足――Vネックの半袖Tシャツ、カーゴパンツ姿のぼさぼさ髪少年がS&W・M500タイプのごつい回転式拳銃リボルバー片手に現れ、ぽかんと見上げているジュリアにあきれ混じりのため息をつく。黒ずんだ少年――シンがシリンダーをスイングアウト、銃口を上に向けると空薬莢がばらばらっと落ちて光のちりに変わる。そして、見えないスピードローダーが一瞬で弾倉交換したように弾薬が再装填され、シリンダーがガチッとワイルドにスイングインされた。

 

「……Thanks……確か、シン・リュソンだっけ……?」

 

 片膝立ちになったジョアンが血で濡れた右腕を押さえ、シンをライトンで照らす。

 

「――お前も、こっちにescapeか……?」

「あ? エスぅ?」

「いや、逃げて来たのかって、さ」

「ふん、ナンでオレがにげなきゃなンねーんだよ? テメーらがカッテにアツまって、またこっちにきたんだろーが」

「はは……そっか」

「――ジョアン君!」

 

 ルルフが跳ねるように立ち上がって駆け寄り、しゃがんでStoreZを起動させるとミセっちにため息をつかれながらドラッグストア〈シンノウ薬局〉でポーションを購入し、蓋をグイッと回して右腕にどっと光の粒子をかけた。

 

「……Don‘t worryだよ、ルルりん。ボクって、結構toughだからさ……」

「いいから。すぐに治さなきゃ痛いじゃないの」

「ルルりん……Thanks a bunch……」

「ちっ、ベタついてるばあいかよ……」

 

 熱を帯びたやり取りに舌打ちしたシンは左手人差し指で首をかき、放心状態のジュリアに光を当てた。

 

「――おい、クモバッタがまたオソってくんぞ。ボケっとしてんじゃねー」

「あ……う、うん……」

「おら、ハヤくしろっ――てェッ!」

 

 ライトンが飛びかかる影に近距離から光をぶち当て、ダブルアクションを連続させるリボルバーがクモ顔を砕いて赤い光を散らすそばから前傾で突っ込んで来るモンスター――ジュリアの右腕をつかんで引っ張り立たせたシンが狙いを定めた刹那、ひらめきとともに破壊的なドリル音に似た響きが闇を震わせ、のけ反った怪虫が外骨格の欠片とヘドロ状の血液を散らして胸と腹から数多の弾丸を一気に飛び出させる。しゃがんでいたジョアンとルルフのこわばった視界でハチの巣になったテラ・イセクは倒壊するように崩れ、地に伏せたくしゃくしゃ髪とぼさぼさ髪の前に光のちりの壁を作り出した。

 

「……テんメー……!」

 

 ジュリアをそのままにシンは跳ね起き、舞い上がりながら消滅する粒子の幕をライトンの光でぶち抜いて銃口を銃声の源に向け、トリガーにかけた指に殺気を込めた。

 

「――そんなところにいたのか、イジン。暗くてよく見えなかったぜ」

 

 闇からぬっと銃口が突き出、コルトM16A4系のアサルトライフルを構えた矢萩あすろが引きつり、ゆがんだにやにや笑いを浮かび上がらせて足を止める。その右肩の上に浮かぶライトンがブタ鼻を点灯させ、かみ締めた歯をむくシンと凶悪な暴力に色を失ったジュリアをさらした。

 

「――ヤベーよな、命がけってのは。けど、ノーリスクでALをぶっ殺していくシューティングより、こっちの方が断然ハイになれるぜ……!」

 

 矢萩は身を固くしたジョアンたちに獣じみた笑みを投げ、うねった茶髪を酔っ払いのように左右に揺らすと、銃口をシンに据えたまま一歩踏み出した。

 

「おい、助けてやったんだぞ。礼ぐらい言ったらどうだ、イジン」

「……ザケやがって、このパーマザルが!」

「ふざけた口利きやがって、このガキ……!」

「お、おい、やめろって2人とも! Stopだ!」

「引っ込んでろ、インド野郎!――ちっ!」

 

 一触即発のにらみ合いは群がる羽音に散らされ、矢萩は薬莢をまき散らしてアサルトライフルを連射、リボルバーをぶっ放すシンはおびえてわめくジュリアの腕を引っ張り、ジョアンはうろたえるルルフの手を引いて火球を投げつつ、阿鼻叫喚あびきょうかんが沸騰する闇をそれぞれ別々の方向に駆け出した――