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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.9 赤い天の川(1)

 ――【WARNING】――【WARNING】――【WARNING】――――

 非常事態を知らせる真っ赤な表示がヒステリックに点滅し、ギャン泣きする赤子の集団さながらの警告音が、焚き火に赤々と照らされる空間を激しく戦慄させる。脅威を確かめようとヘブンズ・アイズを開いた一同は、3Dマップ上に表示される遺跡を飲み込まんばかりの流れ――氾濫した川のように北の空から迫る赤光の流体に動転し、軽挙妄動を抑えようとする新田たちの声を無視してクモの子を散らすように逃げ出した。

 

「――なっ、何これッ? ヤバいじゃないのッ!」

「あっ、ルルりんッ!」

 

 ルルフがツインテールを乱して駆け出し、慌てて後を追うジョアンがたちまち遁走とんそうの流れに飲み込まれる。ユキトも危うくパニックに陥りかけたが、洋弓を握った紗季がおびえるジュリアを落ち着かせようとする声でどうにか踏みとどまることができた。しかし――

 

(――だ、だけど、どうすればッ――?)

「――どうするの、ユキト?」

 

 青ざめ、胸の前でマジックダガーを握り締める潤に動揺を向け、ユキトは鋼の右こぶしを中途半端に固めて焚き火の方に目をすがらせた。そこでは、新田とエリーが声を限りにコネクトで呼びかけていた。

 

「――暗闇は危険だッ! 戻れッ! 戻って迎撃態勢を整えるんだ!」

 

「みっ、皆さん、新田さんの話を聞いて下さい! ば、ばらばらになっちゃ、ダ、ダメですよ!」

 

 腕を懸命に振って叫ぶ新田の左右で後藤アンジェラがロングソードとアサルトライフル〈Scorpion‐G49〉が合体した銃剣ベヨネッタを手にし、佐伯が黒柄巻の日本刀を正眼に構えて切っ先を上げる。さらにその周りで得物を握り、利き手の平を発光させて魔法をスタンバらせている者たちを見てユキトは勇気付けられ、潤に戦う旨告げて右こぶしをガッチリ固めると、マップ上の赤い光の流れに目をやってそちらを仰いだ。

 

「――あれは……!」

 

 よどんだ雲が揺らめく、どぶのように汚い夜空を鉄砲水の勢いで流れる赤いミルキーウェイ――それが急流から滝に変わって降下すると、ブゥゥゥーンンという全身の毛がそそけ立つ重低音が急激に大きくなっていく。迎え撃つ構えの者たち、そして白いグリップを握って矢をつがえる紗季に倣ってユキトはライトンを起動させ、上空へ走る光に連ねて驚きの声を上げた。

 

「――これって!」

「大群よッ!」潤が拡大されたマップ――赤い光の瀑布ばくふを指差す。「たくさんのモンスターが、魚みたいに群れているんだわ!」

「――来るわよッ!」

 

 叫んで放たれた紗季の矢を飲み込み、赤い流星雨が一帯に土砂降りして無数の影が羽音とともにバラバラバラバラッ――――と着地する。ライオンほどの大きさの、クモとバッタを合体させたような8本脚の黒い怪虫――その頭部では、六つの赤い単眼がぎらぎら光る。それらは暗闇をたちまち半狂乱のちまたに変え、焚き火にうっすら照らされて赤黒く光る個体群が、後ろ脚で立ち上がって爪を構えるや前傾で獲物へわらわら突進する――

 

「――こンのォッ!」

 

 ナックルダスターが装甲状の胸部、続けて唾液まみれの6本の牙をぞわぞわ動かす口に炸裂し、羽をばたつかせながらぶっ飛んだ二足歩行の怪虫が転がって光のちりになる。

 

「――気色悪い化け物めっ!」

『テラ・イセク、昆虫型モンスターです』頭上でワンがマイペースにきらめく。『鋭い牙と爪を持ち、体は頑丈な外骨格に覆われています』

「うるさい!――潤ッ!」

 

 ユキトは囲まれた潤のところに走って1体の脇腹にブローをぶち込み、爪を振るおうとする別の個体の前へ流れるように体を滑り込ませた。それは、自分でも驚くほど鮮やかなモーションだった。

 

(――こんな動きが……これもデモン・カーズのせいかッ!)

 

 怒れる鋼のこぶしが赤い単眼ごと顔面を陥没させ、のけぞらせて仰向けにぶっ倒す。腹部をあらわにして8本足を痙攣させたテラ・イセクは光のちりになり、ユキトの背後でも氷柱を腹部に撃ち込まれた個体が、汚泥に似た血液と耳障りな鳴き声を噴き出して崩れながら消滅した。

 

「――潤、無事?」

「ええ。それより、この虫たちっていったい何匹いるのッ?」

 

 倒したそばから群がるモンスターに、悲鳴混じりの問いを発する潤。降り立ったもの以外は上空で赤い銀河を成しており、下で仲間がやられるとすぐ穴埋めに降下して息つく暇を与えなかった。圧倒的な数に押される若者たちはいつしか分断され、焚き火の明かりから闇へと追いやられていった。

 

「――くそッ! おい、ワン! こいつらは、あとどれだけいるんだよッ?」

『残り28886体――28884体です』

「そんなに?――きゃあッ!」

「潤!――こいつッッ!」

 

 潤を押し倒すテラ・イセクの右脇腹にアッパーカットをくらわし、厚い板金のような外骨格をひしゃげさせて横に飛ばしたユキトは、直後、背後からの衝撃で地面に叩き付けられた。あごをガンと打って目から火花を出し、おぼれたようにもがく少年の左肩にバリアを破って牙が食い込みかけたとき、黒い胴体に突き刺さった矢があごを緩ませる。その隙に体をひねって押しのけたユキトは、赤く光る単眼の一つを叩き潰して怪虫をドオッと横転させ――

 

「――うッおォォォッッ!」

 

 跳ね起き、繰り出されたナックルダスターが、立ち上がったテラ・イセクの胸、腹部をひしゃげさせ、後ろにいた同類にぶつかりながら光のちりに変えさせる。ユキトはさらにとばっちりを食ってよろめいた個体に仕掛け、連打で消滅させた。

 

「――斯波、加賀美さん、大丈夫?」

「篠沢……」

 

 矢で射て助けてくれた紗季が駆け寄り、ユキトの左肩をライトンで照らすとタブをつけた右手でキュア・ブレスをかける。すると、痛みが引いて傷が塞がり、裂けたTシャツとワイシャツ、ブレザーが数秒で修復される。

 

「……ありがとう、篠沢」

「いいって。――加賀美さんも傷見せて」

「必要ないわ」

 

 セーラーブレザーや黒タイツがあちこち裂けた姿で断り、潤はえんじ色のスカーフの前に刃を据えて体を斜にした。

 

「でも、けがしてるじゃない」

「いいの。治療ならポーションでするから――ッ!」

 

 横から襲う爪をマジックダガーではじきざま、潤は生成した氷柱を至近距離から深く撃ち込んで仕留めた。ユキトと紗季もニ足歩行で突進して来る怪虫をライトンで照らしてナックルダスターを食らわし、洋弓のリムで殴って矢を打ち込んでいった。

 

「――ねぇ、斯波! ジュリアちゃんを見なかった?」

「えっ? ジュリアちゃん?」

「悲鳴を上げて走ってっちゃったのよ! 1人じゃ危ないわ!」

「そんなことを言われても――」潤が黒髪を踊らせ、息荒くはねつける。「こっちは自分たちのことで手一杯だわッ!――」

 

 マジックダガーが振られ、氷柱が飛んで光のちりを生む。実戦の中でコツをつかみ始めた潤だったが、その顔では疲労がどんどん色を濃くしていく。それはユキトや紗季を含む薄闇で戦っている者たち皆同じだった。

 数の上では、テラ・イセクに対して40分の1以下――

 しかも、大半は散り散りに逃げてしまい、応戦する者たちもほとんどが戦いに不慣れで、やみくもに武器を振り回したり、よく狙わずに魔法を放ったりしていて味方を傷付けかねない有様だったので、まともに戦えている一握りの者に負担がかかってしまっていた。

 

「――人探しをしている余裕なんて、無いのよ!」

「そうかもしれないけど、放っておく訳にはいかないでしょ!」

「と、とにかく、今はこいつらをどうにかしないとッ!――」

 

 息を切らせて悪戦苦闘するユキトたち――その拙い抵抗を飲み込まんと四方八方、そして暗黒の空から真っ赤にぎらつく無数の星々が押し寄せた――