REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.8 テンペスト2.0(5)

「みんな、落ち着け! 静かにッ!」

 

 新田が頭上で手をバンバン叩き、乱れる炎を背に声を張り上げる。

 

「――これだけ大勢が行方不明になっているんだ! ワールド・ポリスが捜査して助け出してくれるはずだ!」

『それは難しいでしょう』

「はっ?――な、なぜだ?」

「このゾーンは、痕跡を消しながらワールドの辺境を移動し続けています。それを見つけるのは、無限の宇宙のどこかを漂う小石を目視で捜すようなものです』

「……そんな……」

 

 マリッジリングをはめた左手で額を押さえ、首を絞められるような顔をする新田。その絶望を、人垣の最前列にいるエリーが胸を両手で押さえ、涙をこらえながら見つめていた。

 

「……いいかしら? 質問しても?」

 

 軽く腕を組む後藤が、ワンをメガネレンズの真ん中に映す。

 

『どうぞ、後藤アンジェラ』

「先ほど、このゾーンから出る方法は『現在のところ』無いと言っていたようだけれど?」

『はい、そのように申し上げました』

「だとすると、将来的には『ある』かもしれないと考えていいのかしら?」

『それは、私にはお答えできません。ここはHALYが管理する世界。設定が改変されるかどうかはHALY次第です』

「そう」

「――そ、そうか!」新田の顔がパッと輝く。「なら、そのうち道が開けるかもしれないってことだな!」

 

 血の気が戻った新田は胸にたまっていた息を吐き、両手を振って群衆に熱っぽく語りかけた。

 

「――みんなも聞いた通り、そのうち脱出ルートが示されるかもしれない! ワールド・ポリスが救出してくれる可能性だって、まったく無くはないだろう。ともかく、今は力を合わせてその時が来るのを待とうじゃないか!」

「分かっていませんね」

 

 皮肉っぽい声がユキトたちの右方向から聞こえる。新田の正面、弧の真ん中辺りにいるユキトが皆とそちらに目をやると、カーディガンを赤らめたクォン・ギュンジが最前列で腕組みして新田を見据えており、その陰に王生が小さくなって隠れていた。

 

「……クォン・ギュンジ君、何か言いたいことがあるのか?」

「ありますとも。ボクらの肉体――リアルボディは抜け殻のままなんですよ? なのに、ずいぶんとのん気ですよね。いくらワンが無いと言ったって、探せばどこかに脱出口があるかもしれないじゃないですか? ぼんやり待っているより行動した方が、道は開けるんじゃないですかね。そうは思いませんか?」

 

 クォンは狡猾こうかつそうなキツネ目を細めてこれ見よがしにあきれ顔をし、後ろにいる王生や敵意がこもる目をして並び立つ数人の男女を見ると、タクトを振るように両手を動かした。

 

「――放置されたリアルボディは脱水と栄養失調に陥り、やがて使い物にならなくなります。そうしたらどうなるか? アストラルはその人間のリアルボディとしか適合しませんから、ボクらは肉体という器を失った幽霊みたいになるんです。そして、残ったアストラルも時が経てば消滅してしまう。まぁ、消滅までの期間は、寿命と同じように数ヶ月から数年、あるいはそれ以上と個人差があるようですが、ともかくリアルボディはそれほど重要なんですよ。それくらい知っていますよねぇ?」

「もちろんだよ。だから、こういうときのために保険があるんじゃないか。発見されて医療機関に搬送されたリアルボディが受ける生命維持措置の費用は、一定期間保険から支払われるだろ。リアルボディがちゃんと保護されているのなら、モンスターがうろつく危険な世界を当てもなく歩き回ったりしないで助けを待っている方が賢明じゃないか?」

「はぁ……あなたは全っ然分かっていませんよ。困ったもんですね、世間知らずってのは……」

 

 やれやれという顔でクォンは肩をすくめ、ため息をついて首を左右に振った。

 

「――確かに保険に加入している人間は、半年、1年くらいお金の心配も何もしなくてもいいでしょうよ。でも、ボクみたいに貧しくて保険に加入する余裕が無かった者には、もろに金銭的負担がのしかかるんです。それを支払う能力が本人や家族に無さそうだと判断されたら、生命維持措置どころか医療機関に受け入れてもらうことさえできないかもしれません。そういう人間も世の中にはいるんですよ、新田さん。ご存じじゃないですか?」

「……それは、知っているけど……」

「でも、大して気にしてはいないんですよね? 恵まれた人間はぬくぬくと暮らしていけるから、貧しい人間のことを一時気に留めてもすぐ忘れてしまうんです。まったく、うらやましいもんですよ。でも、あなた方がいる世界の外に目を向ければ、純血日本人でも貧困にあえいでいる人間はいるんです。ああ、嫌だ、嫌だ、こういう無関心。はぁ……」

 

 くどく挑発的な物言い――口ごもる新田の横で佐伯が組んだ腕を抜刀するように解きかけたとき、その近くの人垣の最前列から怒声がクォンめがけて襲いかかった。

 

「そうなったのは、全部お前らイジンのせいだろうがッッ!」

 

 焚き火の炎で全身真っ赤に染め上げられた矢萩が、反対側に立つ同い年くらいのクォンを憤怒の形相でにらみつける。しわばんだ黒のロングパーカーが、ポケットの中で硬く膨れているこぶしに沿ってくっきりとしわを作っていた。

 

「……君は、ええと……」クォンはアドレスブックで検索し、「ふんふん、純血日本人の矢萩あすろ君ですか」と、軽侮する調子で言った。

「イジンの分際で『君』とか呼んでんなよッ! 身の程を知れ、クソイジンッ!」

 

 イジンという蔑称の繰り返しに移民やミックスの若者たちは不快げにざわついたが、燃え上がる矢萩はそれらをにらみ返して口から罵声の火を噴いた。

 

「お前らイジンが、俺たちから仕事を奪ったからだろ! お前らやお前らのクソ親どもが日本に来なきゃ、こんなことにはならなかったんだ!」

「あのですね、矢萩君、ボクらだって好きで移住した訳じゃないんですよ。少しでもマシな暮らしをするために仕方無くだったんです。それに、企業だって勤労意欲のあるボクらを重宝しているんですよ」

「ほざくな! お前らイジンは目障りなんだ! 全員どこかに消えちまえッ!」

「――ふざけたこと言ってんじゃないわよッ!」

 

 ユキトの横でキレた紗季がジョアンの制止を振り切って人を強引にかき分け、人垣の前に飛び出ると大股で矢萩に近付き、ポケットから慌てて出て胸の前に挙がったこぶしと対峙する。

 

「やっ、やるつもりか、イジン!」

「みんなに謝んなさいよ!」

「あぁ?」

「あの人が嫌味なのは分かるけどね!」紗季は左手でクォンをビシッと指差し、それから「自分と違う存在を差別して追い出そうなんて考え、正しいと思ってんのッ?」と唾を飛ばして矢萩を怒鳴りつけた。

「黙れ、イジンッ!」

 

 矢萩は右こぶしを振り上げたが、青筋立てた紗季の剣幕と彼女に味方する空気に振り下ろすことができず、めくれた唇の間から悔しげにかみ合わされた歯をのぞかせた。

 

「……青臭いガキのくせに! お前なんかに何が分かるんだッ!」

「自分だって、プロフによれば未成年じゃない。年齢を別にしたって、あんたが大人とは思えないけど!」

「生意気な……!」

「それくらいしないか!」新田が間に入り、紗季を背にして矢萩とぶつかる。「俺たちは、力を合わせて生き延びなければならないんだぞ!――クォン君、君たちのような立場を考えない発言は謝る。ともかく、これからどうしたらいいかを一緒に考え――」

 

 呼びかけがけたたましいアラームに――耳をつんざく大合唱に突然吹き飛ばされ、それぞれの前に出現した【WARNING】の赤い文字が息せき切ったように点滅する。突然のことに若者たちは何事かとうろたえ、おびえた目で辺りを見回しながら群れを崩し始めた。

 

『警告致します。モンスターがこちらに急接近中。大変危険です』

 

 ばらけていく663名の頭上で、ワンが平然と非常事態を告げた。