REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.8 テンペスト2.0(2)

「――ねぇ、よるはここでねるん?」

 

 ジュリアが物珍しそうにライトンであちこち照らすと、紗季が「まだ分からないけど、そうなりそうね」と返す。

 

「……モンスターはいないようだけど……」

 

 ライトンの光と目を左右の闇にやり、潤がユキトに焦点を合わせる。

 

「――本当に危険は無いのかしら?」

「うん……ヘブンズ・アイズで見る限りは……――あっ」

 

 石段の方から遅れてジョアンが現れ、うろうろする若者たちを避けながら右手を気さくに挙げる。その隣には淡い光をはらんだようなルルフがいて、ユキトの目を引いた。

 

「――やっと追い付いたよ~ それにしてもさ、かなりlargeだよな、この遺跡。――ねぇ、ルルりん?」

「ルルりん?」

 

 紗季が左の眉を曲げ、デレっとしたジョアンとその隣で微笑むルルフを見て瞬きする。

 

「ルルりんやて! ルルりん、ルルりん! りんりんりーん!」

「ちょっと、ジュリアちゃん……――ルルりんって、えっと……」

「ルルりんはルルりんだよ、サキ~――ねぇ~ ルルりーん」

「それがSeraphimでの愛称なんです」ルルフがいたずらっぽく肩をすくめる。「よかったら、皆さんもルルのこと、ルルりんって呼んで下さい」

 

 恥じらいながらルルフは言い、うっすら濡れた目で紗季たちをうかがい、ユキトと目を合わせた。その瞳は不思議な引力を持ち、存在全体からただようほのかな匂いが魂を誘引するようで、ふらっとそばへ踏み出しそうになったユキトは慌てて潤に「この遺跡、ずいぶん荒れているよね」と話しかけた。

 

「え? そうね、何だか津波に押し流されたみたいよね」

「うんうん、それにさ、人工物の割に全体が妙にwarpedだよな」ジョアンがマップを2Dに切り替える。「上から見ると、でこぼこしたgourdみたいだよ。この遺跡の形」

 

 ジョアンが例えたようにコンコルディ遺跡はいびつなひょうたん形をしており、石段を上がったユキトたちがいるのは遺跡の南端、ひょうたんの底付近だった。そこから少し北に行ったところ――ひょうたんの下半分のほぼ真ん中には、ほとんど土台を残すばかりの宮殿か何か大きな建物の遺構と学校のグラウンドくらいの広場、そして、それらを囲んでいた壁の土台が残っていることが、仲間たちが足を踏み入れたことに伴うマップの更新で分かるようになっていた。

 

「――darkなせいもあるけど、こんな風景見ていると不安になるなあ……いったい、どうしてこうシュールになったんだろう?」

『大流動の影響です』

「あっ、きんぴかタマやわ!」

「おわっ! ワン! 頭の上からsurpriseはやめろよ!」

 

 ジョアンの頭上にパッとワンが出現し、きらめきながら石垣や石段がゆがみ、建造物がほとんど崩れ去っているのは、大流動に襲われたからですと教えた。

 

「ちょっと待って。ルルの記憶だと、ここはフェイク・スイーツとかで、流動の影響を受けにくいんじゃなかった?」

『フェイス・スポットです、高峰ルルフ。それだけ大流動は超巨大なエネルギーを持っているのです。大流動にかかっては、この遺跡も大嵐で荒れ狂う海に浮かぶ小船に過ぎません』

「Seriously? なぁ、その大流動って、また起こるのか?」

『それは私の知るところではありません、ジョアン・シャルマ』

「ちぇっ、相変わらずcold‐heartedだなぁ」

『前兆で空間震が起こる場合もありますが、正確な予測はできません』

「えっ?」ユキトが顔色を変える。「それなら3、4時間前にあったじゃないか?」

「そっ、そうだよな! dangerなんじゃん?」

「ねぇ、なにかこわいことおこるん?――ねぇ、サキねぇちゃー?」

「落ち着いて、ジュリアちゃん。――どうなのよ、ワン?」

『必ずしも大流動の前触れとは限りません。仮に前兆だったとしても、発生するのは1時間後かもしれませんし、1年後、10年後かもしれません』

「はあ? 何よ、それ。ふざけてるの?」

『私は、事実を申し上げているだけです。それよりも、ようやくそろいましたよ』

「そろった? 何のことよ?」

『現在、この遺跡には生存確認できる全員がそろっています』

 

 その言葉に、ユキトたちはアドレスブックを開いた。自動承認するように設定されたアドレスブックには、遺跡前で待っていた者たちも含めてたくさんの新規が登録されていた。

 

「全部で663人……」潤が顔を上げ、ワンを見る。「強制転送されたのは、666人だったわよね? 残りは……」

『モンスターに襲われ、消滅しました』

「……死んだってことか……!」

 

 ユキトの脳裏に平瀬の最期がまざまざとよみがえり、背筋に冷たい電流が走る。目の当たりにさせられたアストラルの消滅――それはデモン・カーズに侵された自分の死を連想させ、ナックル・ガントレットの下の右手を、体をこわばらせた。

 

『正確に申し上げますと、人の精神そのものであるアストラルの消滅により、現実世界のリアルボディは魂を失った抜け殻になりました』

「ひどい……! 何でこんな……あたしたちをどうしようっての?」

『すべてはHALYの意思です、篠沢・エリサ・紗季。私は、それに従っているだけです』

「何が『従っているだけです』だ! 人がdiedなんだぞ!」

「そうよ! あんたたち、人の命を危険にさらしたり奪ったりして平気なの?」

現実世界リアルでは日々事故、事件が起こり、死人も出ています。このゾーンは、形は違えどもそうした現実に準拠しているのです』

「もういいわよ!」

 

 紗季はワンをにらみつけ、不安顔のジュリアを抱き寄せると、怒りで涙ぐんだ目元を引き締めた。

 

(……ふざけるなッ!……)

 

 ワンをにらんだユキトは魔人の右手を隠したナックル・ガントレットをガチチ……と握り固め、デモン・カーズに侵されていく身を呪って密かに歯がみし、喉の奥を震わせた。

 

(……どうして僕が苦しみながら化け物に変わって、最後には死ななくちゃいけないんだ? 何のためにそんな設定にしたんだッ!……)