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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.7 合流(4)

「――バカにしやがってッ!」

「落ち着け、斯波君!」

 

 つかみかかろうとするのを止められ、ユキトは新田の右腕越しに怒りの炎と黒煙を立ちのぼらせた。

 

「へっ、ヤンのかよ? コンドはマジでキンタマツブす――ォぐあッ!」

「黙りなさい」

 

 後藤がひねり上げた右腕に力を入れ、金髪少年の顔を苦痛でゆがめる。

 

「――こンの、メガネババアァッ!」

「しつけがなっていないわね」

 

 蔑みこもるシャープなまなざしが、冷たく射る。芸術的なほど端正な姿形ゆえに、彼女の言動はいっそう厳しい印象を見る者に与えた。

 

「……貴様、名前は何と言う?」腕組みをした佐伯が、新田の左隣から金髪少年に問う。

「ふん、シンドウ・リュウイチだよ」

「そうか。だったら、それが本当かどうかアドレスブックで証明してみろ」

「はン、なんでテメーらなんかにショーニンしてもらわなきゃなんねェーんだよ?」

 

 佐伯のつり上がった眉が鯉口を切り、下げられた右手がイジゲンポケットから現れた抜き身の日本刀を握る。見物人の群れがどよめき、新田が慌てるのに構わず、佐伯はモンスターの血臭が残る刀の切っ先を金髪少年の挑戦的な鼻先に突き付けた。

 

「へっ、こんなモンでビビるとおもってんのか、クソボーズ?」

「佐伯君!」新田が佐伯の右腕をつかむ。「そこまでする必要は無いだろう?」

「こいつは他人に危害を加えるような輩。厳しい態度で臨む必要があると思いますが」

「やり方が乱暴じゃないか! 取り調べるにしたって、もう少し穏便な方法があるはずだ!」

 

 新田は佐伯に刀を下げさせ、金髪少年に名前を教えてくれないかと優しく言ったが、プイと顔をそむけられただけだった。その態度に群衆の中から不快感を表すざわめきが起こり、そして怒りをたぎらせた声が飛んだ。

 

「ふん、どうせイジンだろ、そのガキ」

 

 佐伯が立つ側の人垣の最前列――金髪少年を右斜めからにらみつける、やや細身の少年が視線を集める。焦げ茶色のすさんだくせ毛、頬骨が張った偏屈そうな顔の眉間に刻まれた縦しわが呪わしげに燃やすまなざし――黒Tシャツの上に着たくたびれた黒のロングパーカーのポケットに両手を深く突っ込み、インディゴブルーのジーンズをはいた脚を中途半端に開き、黒レザーのショートブーツを流れる草の葉にざらざらこすられる年長の少年を検索したユキトは、それが矢萩あすろ、19歳だと知った。

 

「こんなクソが日本人のはずない。イジンに決まってんだよ……!」

 

 矢萩は眉間の亀裂を底無しに深め、いびつに曲がった唇を尖らせた。

 

「ンだ、テメー? だったら、どうだってんだよ?」

「やっぱりイジンかよ……!」

「ああ、そーだよ。オレは、チュウゴクけいイジンのシン・リュソンさまだ! おぼえとけ、このパーマザルッ!」

「このクソガキ……イジンのくせに!」

「おいっ!」新田が矢萩に向き直る。「そんなふうに呼んで差別するなんて、恥ずかしいと思わないのか?」

「うるせえな、良識ぶりやがって……!」

「君……!」

「俺は、イジンが大嫌いなんだよッ! 文句あんのかッッ!」

 

 曇天はどんどん闇に侵され、地平に残っていた夕陽の残滓ざんしが薄れていく。薄ら寒い夜に蝕まれながら揺らめき、知性の無い原生生物のようにのろのろ流動する世界で、若者たちは矢萩が吐き捨てた憎悪に立ち尽くした。と、そのとき――

 

「もう、やめてや~」

 

 悲鳴に近い声が上がり、ジュリアが懸命に人をかき分けて飛び出す。くしゃくしゃしたピンク髪の少女は新田の右斜め後ろに立ち、遅れて最前列まで出て来たエリーがおろおろしているのを背に後藤に拘束されたシンを、それから佐伯と矢萩を今にも土砂降りしそうな目で見た。

 

「どうしてなかようでけへんの? ケンカしたらあかんやろ?」

「何だ、お前は?」

 

 刺々しく言った矢萩はアドレスブックを検索し、「吉原ジュリア……フィリピン系のイジンか。おかしな関西弁使いやがって……!」と舌打ちすると、握り固めた右手をポケットから出して怒鳴った。

「――引っ込んでろ、イジンのクソガキッ!」

「いい加減にして下さいッ!」

 

 前に出た紗季が後ろからジュリアの両肩に手を置き、矢萩をにらむと一同に訴えた。

 

「――あたしたち、力を合わせなきゃいけないでしょ? なのに、どうしてこんなことやってるのよっ!」

「篠沢さんの言う通りだ」新田が若者たちを見回す。「集まってもらったのは団結して危険から身を守り、このゾーンから出る方法を探すためだ。いがみ合うためじゃない」

 

 新田は皆を諭し、シンの前で中腰になって視線の高さを合わせた。

 

「シン・リュソン君、君は斯波君たちや後藤さんに謝らなければいけないと思う。だが、今ここで押し問答をしてはいられない。ともかく、このゾーンから出るまで力を合わせよう」

「イヤだね。だれがなかよくなんてするかよ」

「仲良くしなくてもいい。だけど、君だって危険から身を守るには独りじゃない方がいいだろう? このゾーンにはモンスターがたくさんうろついているし、この先何が起きるか分からないんだから」

「アンタのいうことはもっともだよ。けど、やっぱノーだな」

 

 一重まぶたの目をそらすシンをじっと見つめた新田は、後藤にひねり上げている右腕を放してくれるように頼んだ。

 

「解放しろとおっしゃるのですか?」

「ああ。責任は俺が持つよ」

 

 きっぱり言う新田に、後藤は少し間をおいてから右手を放すや前に突き飛ばした。よろけた体を新田に受け止められたシンは、右腕をさすって後藤にすごんだ。

 

「おぼえてやがれよ、メガネババア……!」

「覚悟があるのなら、好きにしなさい」

 

 ほこりを払うように言った後藤はライトンを起動させ、ヘブンズ・アイズを開いて3Dマップに表示される流動の動きやモンスターの位置をチェックしてから新田に意見した。

 

「もうじき陽が沈んでしまいます。ここはモンスターが多く生息する樹海に近過ぎますから、どこかに移動してはどうでしょうか」

「うん、そうだな」

「うち、もうつかれたわぁ」

 

 ジュリアが紗季のそばで草の上にぺたんと座り、エジプトサンダルを履いた足をぽーんと投げ出す。それを見たユキトはふうっと意識がぼやけ、体がクラゲになって倒れそうになった。不安定な空間と息詰まる緊張の連続、絶体絶命と命がけの死闘、そして下生えが絡み、張り出した木の根がつまずかせようとする地を歩き続けて精も根も尽き果てた疲労困憊の体は、今にも失神してしまいそうだった。