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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.7 合流(3)

「――あれ、あのときの……」

「そうだよ! 行ってみようぜ、ユキト! Hurry upッ!」

 

 右手をぶんぶん振るジョアンに急かされ、潤から離れたユキトは若者たちの間を縫って移動した。独りでたゆたっていたツインテール少女は、接近するユキトたちに気が付くとハッとし、ばつの悪い顔をしてかしこまった。

 

「Hi、無事だったんだね! 良かったよ~」

 

 ジョアンが右手を上げて声をかけると、少女はシルバーのシュシュでまとめられて膝裏辺りまで伸びた翼状のツインテールを揺らし、手を前で組みながらガバッと頭を下げた。

 

「ごめんなさいっ! あのときは逃げることで頭がいっぱいで……」

「いいよ! いいよ! 全っ然OKッ! ボクら、これっぽっちも気にしてないからッ!」

 

 チアリーダー並みに両手を振り回すジョアン――その脇でユキトはツインテール少女に熱視線を送り、後ろでは紗季が苦笑し、潤が冷ややかにたたずむ。艶っぽく垂れて潤んだ目、鼻筋が通った高い鼻、甘い果肉を思わせる唇、そして色あせたジャージの上下越しに控えめなアピールする肉感的な体が印象的なラテンアメリカ系の美少女は、ほころびかけたばかりのつぼみという雰囲気から異性を魅了する蜜の匂いをうっすらと漂わせていた。

 

「君は、ええと……」興奮するジョアンは、アドレスブックを検索した。「あ、あった! 新しく登録されてるっ! 名前は……」

「高峰ルルフ、17歳です。ちなみに……一応Seraphimセラフィムのメンバーです」

「Seraphim? Seraphimって、あのsuper bigでgreatなアイドルグループ?」

「うん。でも、ルルはまだ補欠のエッグチームだけど……」

「そうなの? でも、レギュラーメンバーに負けないくらいprettyだよ!――なぁ!」

「う、うん!」ユキトの声のトーンが上がる。「あの桜梨アムラとか澤井レヴィンとかと同じグループなんだね!」

「Seraphim……」潤が軽く腕を組み、反ったまつ毛の先をルルフに向ける。「アストラルによるワールド・アイドルグループね……だけど、エッグはあちこちの芸能事務所が取りあえず登録させている子ばっかり何万人もいるんでしょ。そもそもアストラルはデザれるのだから、ルックスがいいのは当たり前じゃない」

「本格的にアストラルをデザるのは、美容整形と同じくらい大金がかかるみたいね」と、紗季。「だけど、ここではみんな本当の容姿をさらされているらしいから、彼女は元からこれだけかわいいのね」

「どうでもいいけど、今はアイドルだとかって浮かれている状況じゃないと思うわ」

「そ、そうだよね」

 

 慌てて振り返ったユキトがへつらったとき、群れの外側から狂犬が罠にかかったようなわめき声が聞こえ、みんなの視線が一斉にそちらへ流れた。

 

「……この声……!」

 

 思い当たったユキトは人波を泳いで移動し、人垣越しに目を凝らした。死にかけの夕陽と焼け焦げた雲を背に、陰惨な気配漂う草原を揺らめきながら渡って来る小さな影――だんだんと大きく、はっきりとする対象に奥二重の目がむかれてつり上がり、赤黒く染まった顔がひび割れる。あのとき、自分をだまして金的をくらわせたぼさぼさブリーチ金髪の少年が、赤毛をサイドポニーテールにして左胸に流す長身のメガネ女子に右腕を後ろにひねり上げられ、無様にもがきながら引っ立てられていた。

 

「あいつ……!」

「あれ、あのときのbad boyじゃんか」

「知ってるの、あんたたち?」

「強盗よ」潤が、切って捨てるように言う。

「そうさ、僕らを襲ったクズだよっ!」

 

 身をよじり、わめき散らす金髪少年を拘束したメガネ女子は近くまで来ると足を止め、注目する若者たちを逆光で黒ずんだレンズの奥から見つめた。グレーの瞳、彫りが深く、整い過ぎた感がある目鼻立ちと一つになったブラックメタルフレームのソリッドなメガネ、すらりとした肢体とチャコールのテーラード・ジャケットにドレスシャツ、ぴっちりした黒のスキニーパンツ、レザーのショートブーツというファッションもあって彼女はモデルのように見え、黒のVネックTシャツにカーキのカーゴパンツ、黒のスポーツサンダルという格好で枷を外そうと暴れる金髪少年とコントラストをなして黄昏の草原に立つ姿は、どこか神話の魔物退治の一場面を連想させるものがあった

 

「どうしたんだ、いったい?」

 

 人垣をかき分けて新田が前に出、数歩隔てて荒れ狂う金髪少年、そしてマネキン然としたメガネ女子を見つめる。

 

「――君は、ええと……」

「後藤アンジェラと申します。詳しくはアドレスブックにご登録の上、ご確認下さい」

 

 チェスの駒を動かすように言い、灰色の目がレンズ越しにアドレスブックをチェックする新田を映す。

 

「……後藤アンジェラ、21歳……イングランド系日本人……」

皇成こうせい大学四年生、国際学部在籍です。――」

 

 ワールドで開催された大学のゼミに出席しているときに強制転送された、と後藤は続けた。今日、シミュレーテッドされたその時代の臨場感とともに文学や歴史を、様々な地域や国の学生と交流しながら文化や言語を、よりリアルに数学や物理を学ぶといったことが一般的になっており、アクセスさえできれば現実には距離がある学校の授業に出席できるシステムは、教育の地域格差是正にも役立っていた。

 

「……そうか。それで、その子はどうしたんだ?」

「樹海でいきなり襲って来たので、捕らえて連行していたのです。野放しにはしておけませんので」

「すごいね。格闘技か何かやっているの?」

「はい、護身術を少々」

 

 新田は隣に出て来た佐伯と顔を見合わせ、観衆を振り返ってユキトと潤を呼び寄せた。

 

「斯波君と加賀美さんを襲ったのは、この子か?」

「そうです!」

 

 新田と冷然とした潤の間から金髪少年をにらみつけ、ユキトはガチガチに固めた鋼の右こぶしを胸の辺りまで上げて言った。

 

「ああッ? なんだテメー?」

 

 敵意むき出しの相手にガンを飛ばした金髪少年は、それがちょっと前に襲った相手だと気付いてせせら笑った。

 

「――あぁ、テメーか。キンタマはツブれてねーのかよ?」

「お前ッ!」

 

 後ろで見ていた紗季が「ええっ?」と恥じらい、濃い眉を八の字にして首筋を指でコリコリかくジョアンの横でルルフがぱちぱち瞬きをする。他の者たちはどういうことだろうかと言葉を交わし、無表情のまま立つ潤の隣で顔を紅潮させ、鋼の右こぶしをわなわなと震わせるユキトに注目した。