REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.7 合流(1)

 陰りの潮が樹海に満ち、野放図に茂る枝葉が、ねじけた幹がゆらゆら踊りながら影絵に変わっていく。ようやく仲間に追い付いたユキトは500mlのペットボトル片手の潤と並び、ヘブンズ・アイズをチェックしてモンスターを避け、爪で引き裂かれたような映像と音声を流すコネクトで外のメンバーと連絡を取る先導に従い、混沌とした薄闇を黙々と歩いた。その背後では、宙に浮かんだ光球が囚人を見張る看守のように付いて来る。潤に勧められ、新田やジョアンたちと同じようにStoreZからミセっちにため息をつかれつつスポーツドリンクを購入して乾きを潤すと、汗に濡れた体が中から冷え、忍び寄る夜気と相まって寒気すら覚える。だんだん棒になる足が20分ほど下生えを蹴り分け、落ち葉を踏み続けたところでようやく樹間に陰気な光が見え、一同の足を自然と早めさせた。

 

「just a little bit!」

 

 ジョアンが疲れた体に気合を入れると、紗季がヘブンズ・アイズから目を上げて「あそこに人がいっぱいいるわ」と新田と佐伯の背中の間、アカモクのごとく揺らめく木々の向こうを指差した。3Dマップ上に表示されるたくさんのUnknown、それらは隔たりと空間のゆがみのせいで遠目には葦の群れが揺れているように見える。

 

「……ずいぶんいるわね」潤が切れ長の目を細め、手元のヘブンズ・アイズに転じる。「ざっと見ても200は下らないみたい」

「そうだね……」

「……どうかしたの、ユキト? 元気無いみたいだけど」

「そんなことないよ」

 

 ユキトは潤を一瞥し、ぎざぎざした葉でローファーとスラックスを傷付ける下生えに目を落として、ナックル・ガントレットを装着した右腕を体の陰に入れた。

 

「……ただ、その、疲れているだけさ……」

「それならいいけど……」

「分かるよ、ユキト」ジョアンが歩を緩め、振り返る。「ボクもgroggyだよ……hungryだし……」

「しっかりしなさいよ」紗季が汗ばんだ顔を振り向ける。「あとちょっとなんだから。落ち着いたらStoreZで何か買って食べましょ。――ほら、斯波君も」

「うるさいな……前向いて歩けよ、篠沢。木にぶつかるぞ」

「は? ちょっと、何で呼び捨て?」

「『篠沢さん』ってキャラじゃないだろ、お前」

「あんたね……ま、いいけど。その代り、あたしもあんたのこと斯波って呼ぶからね」

 

 さらっと言った紗季は、ふっと表情を曇らせて黙った。

 

「どうかしたのかい、サキ?」

「ううん……知依ちえ――友達ん家のヨシツネを思い出しちゃって。柴犬なんだ……」

「ああ、『シバ』つながりってワケだね」

「……帰れるよね、あたしたち……」

「樹海を抜けるわよ」

 

 潤が佐伯の背中辺りを見つめ、素っ気無く言う。振り返って励ます新田と佐伯に続いて黒緑のおりを抜けると、そこにはぼう然とさせる揺らめきの眺望――蒼く濁った雲の層と黒い稜線がはかなげにたゆたい、その狭間で衰微する夕陽が見渡す限りの草原を枯草の海原に変えており、そこに群生したあし――同年代の若者たちがばらばらと、すがり付くように新田と佐伯に寄って来た。初秋の街で友人たちとつるんでいたような格好の者、自室でだらだらくつろいでいたらしい者、学生服や薄汚れた作業着姿の者……捕食者におびえる草食動物のごとき集団は多様な服装で構成されており、全員がワールドに『トんで』いたときに強制転送され、通常は個人情報秘匿ひとく目的で姿形を変えているアバター――魂の体とも例えられるアストラルをノーマル、すなわち記憶に基づいて再現されたリアルそのままの姿に戻され、さらされているに違いなかった。

 

(……この中に、自分と同じような『設定』の人はいるのか?……)

 

 同年代の群れを見つめるユキトは、そんなことを考える自分がとても醜く思え、軽い吐き気を催した。

 

(……僕は他人の不幸を期待している……最低だな……)

 

 ぐずぐずの夕陽に焼かれ、右顔面を陰らせたユキトが目元をひび割れさせたとき、集団から小柄な影が二つ飛び出して新田に駆け寄った。一人はTシャツにカーディガン、ベージュのガウチョパンツ、白スニーカーの葉エリー。もう一人は、白地に花柄、細い肩をのぞかせるオープンショルダーのチュニックにモカブラウンのハーフパンツ、エジプトサンダルをはいたくしゃくしゃピンク頭の吉原ジュリア――

 

「――新田さん! 新田さん、良かった、無事で……」

「ニーちゃんたち、けがしてへん? ブジでよかったわぁ~」

 

 新田にまとわりつくエリーと遠慮無しに抱き付くジュリア――気の小さいマルチーズと天真爛漫てんしんらんまんなトイプードルといった少女たちを新田は笑顔で迎えたが、その斜め後ろでは佐伯が触れ合いから硬い顔を背けていた。

 

「見て、子ブタが鼻から光出してる!」

 

 紗季が、エリーの右肩の上にふわふわ浮かぶ愛らしい物体を指す。ジョアンが後ろのワンに確かめると、あれは懐中電灯アプリ〈ライトン〉だという答えが返って来た。

 

「二人ともありがとう」

 

 新田はエリーとジュリアの頭を撫で、スターに群がるファンのごとき若者たちを見回した。

 

「――俺たちが樹海に入っている間に、また人が増えたみたいだね」

「は、はい、みんなで呼びかけを続けていますから」

 

 エリーがバックグラウンドでタスクを実行していたコネクト――映像メッセージを送り続ける画面を見せる。空間震に起因する通信障害は改善されつつあったので、コネクトは合流を呼びかけるクリアなメッセージをより広範囲に発信していた。

 

「――受信した人たちがどんどん集まってます。みんなこの辺りにいるみたいですね」

「そうか。うまく合流してくれればいいな」

 

 揺らめく地平に崩れていく陽を気にした新田はユキトたちを皆に紹介し、アドレスブックへの相互登録を促した。手続きは頭の中で承認するだけだったので、ユキトのアドレスブックにはほんの数秒で200人以上が新規登録された。その大半は純血の日本人だったが、韓国系や中国系、ブラジル系なども散見された。