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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.5 激闘(5)

「――違うんだ……――あの、新田さん」

「うん? どうした、斯波君?」

 

 新田が足を止めて振り返り、佐伯や紗季たちも立ち止まって目を向ける。みんなに注目されたユキトは束の間悩んだ末、独りになるための適当な理由を口にした。

 

「あの、ちょっと、その……生理現象、ですかね?」

「どうして疑問形なのよ」紗季が突っ込みを入れる。

「トイレか、ユキト。そういや、ここってそういうとこrealなんだっけな」

『その通りです、ジョアン・シャルマ。ここではリアル同様の生理現象が起きる設定になっています』

「そうだったな」新田はワンを斜めに見上げた。「――じゃあ、俺たちはゆっくり進んでいるよ。位置はヘブンズ・アイズで確認して、何かあったときはコネクトで知らせてくれ。なるべく早く追い付いてくれよ。いいね?」

「はい、分かりました」

 

 返事をしたユキトの前にいきなり店舗デザインのウインドウが開き、気だるげに浮かび上がった3Dの3頭身キャラ――緑の髪を二つ編みアレンジにし、サイケデリック柄のフレアチュニックワンピースを着てオレンジの厚底サンダルをはいた手の平大少女が、目を丸くしたユキトに腕組みをして「はぁ……」と面倒臭げなため息をつく。

 

『――何が欲しいの? うちにはどんなお店でもあるから、ポイントさえあれば超大型旅客機でもレジャー施設でも何でも買えるわ。ただし、ドラッグみたいなヤバいものは売ってないよ』

「な、これって?」

『彼女はショッピングアプリ〈StoreZ〉のマスコットキャラ、ミセっちです。携帯トイレ等の物品がご入り用であれば、ご利用下さい』

「これがStoreZ……分かったよ。どうも」

『えっ? ちょっと、わざわざ出て来たのに――』

 

 顔をしかめるミセっちに構わず、ユキトはStoreZを閉じた。

 

「いいのか、斯波君?――そうそう、君たちも遠慮なくStoreZで飲み物買って水分補給するとかしていいからね」

「あ、そうですね」と紗季。「――こんな目に遭っててそっちまで気が回っていなかったけど、喉からからだわ」

「me tooだよ。体、くたくただしさ……スタミナドリンクとかも売ってるんですかね?」

「うん、あると思うよ。――じゃ、俺たちはそんな感じで先に行っているね、斯波君」

「はい」

「私、待っていましょうか?」

「いっ、いや、いいよ、加賀美さん。みんなと先行ってて」

「……分かったわ。それと……」

「ん?」

「私のことは潤って呼んでいいわ、ユキト」

「あ……うん、加賀――じゃなくて、その、じゅ、潤……」

「うん。じゃあ、早く来てね」

 

 赤面するユキトに微笑んで潤は離れ、新田たちに続いて行った。一同がワンともども揺らめきに溶けていくのを確かめると、ユキトは体が隠れるくらい太い幹の陰に流動によろめきながら入り、右手の指先から前腕部を覆う鋼の表面に映る自分のひずんだ影を見つめ、左手の平を額に当てた。

 

「風邪……とは違うみたいだし……」

 

 右手の甲から蝕まれていくような不快感――胸騒ぎを覚えるユキトはしかし、外して確かめる勇気をなかなか出せずにためらっていた。だが、もたもたしていたら、きっと新田たちが心配して戻って来るだろう。

 

「……武装、解除」

 

 頭で考えるだけで反応するので、別に声に出す必要はなかったのだが、自分の背中を押すためにユキトはあえてそうした。そして、ナックル・ガントレットが光になって消える。



 ――――はっ―――――――――――――――――――――――



 それを見た瞬間、ユキトの息は止まった。

 目一杯開かれた目がとらえる右手の皮膚は黒く、半石化したような見た目と硬さになって少し膨れており、爪は赤黒く変色していた。慌ててブレザーの袖をずり上げ、ワイシャツの袖口のボタンを外してみると、その異変は手首まで及んでいる。ここが個性的にデザられたアストラルのるつぼである一般的なゾーンだったなら、それほど驚くことはなかっただろう。だが、ここでは全員が『ノーマル』、つまり現実世界の姿――個々人の記憶に基づいて容姿や化粧、服装、アクセサリー……と細部までワールドにオンしたときそのままに再現されている状態だとワンから聞いている。それなのになぜこんなふうになっているのだろうかと、ユキトは不気味な右手を凝視し、何度も手の平と甲を返して、革手袋をはめているような感覚を覚えながら恐る恐る握ったり開いたりしてみた。

 

「な……何だよ、この怪物みたいな手? 右手だけデザられているのか? でも、何で?……」

『〈魔人化〉が進行しています』

 

 仰天したユキトはとっさに異形の右手を隠そうと左手を重ね、頭上できらめく黄金の光球を見上げてあ然とした。

 

「おっ、お前、みんなと行ったんじゃ――」

『以前にも申し上げましたが、私はこのゾーンにおられる方々共通のサポート・ソフトウェア。同時に複数の場所に存在することが可能です』

 

 ワンは無感情な声で説明し、続けた。

 

『――デモン・カーズにより、あなたは右手から〈魔人〉に変貌していきます。魔人化が進行するほどあなたは苦痛にさいなまれ、最終的にアストラルが崩壊して消滅することになります』