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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.5 激闘(4)

 同意した新田は倒木を避けて先導を始め、どろどろ流動する下生えと地面を黒革のビジネスシューズで踏んだ。新田が先頭、そのすぐ後に佐伯、少し間をおいてジョアンと紗季が肩を並べ、潤とユキトが続き、南へ足を向けた一同の頭上でワンが鈍く光る。くすんでいた空は陰って辺りは深度が深くなったように暗さを増し、汗まみれの肌を冷やされながら揺らめく樹間を進むユキトたちに海の底を歩いている錯覚を起こさせる。

 

「またモンスターとencountしないかな……」

 ジョアンが不安そうにつぶやくと、紗季が隣で「新田さんたちがいるから心強いでしょ」と笑った。

「そうだね。サエキさんの剣はgreatだし、ニッタさんのスペシャル・スキルがあれば心配ないよね」

 

 ジョアンが新田の背中に明るく声をかけると、相手は自分の肩越しに一瞥して低い声で言った。

 

「……いや、あれは体への負担が大きくてね……正直、あまり使いたくないんだ」

「そうなんですか……――そういえば、サエキさんのspeedもgreatでしたけど、あれもスペシャル・スキルなんですか?」

「あれは、アンクレット〈アネモイ〉の特殊効果だ」

 

 ちらっと振り返った佐伯はノータック・スラックスに隠れた足首に目をやって、そっけなく答えた。新田が佐伯の言葉を引き取り、アネモイには装備者のスピードを上昇させる特殊効果があるのだと教えた。

 

「――ワンの話だと、ポイントで購入できるアクセサリーには、様々な特殊効果があるらしい。――」

 

 話していた新田の前でコネクトが着信を知らせ、開いたウインドウに乱れた映像と途切れ途切れの音声が流れる。

 

「――エリーちゃんか?」

『――ん――田さん――』

 

 映像が自動調整され、ライトグリーンのカーディガンとオフホワイトのTシャツを着た褐色――ジョアンと比べて地味な肌色をした少女のバストアップを映す。まだ親離れできていない小学生にも見える、鼻が低く目の小さな黒髪ボブヘアの丸顔少女は、新田と回線がつながると胸を撫で下ろした。

 

『新田さん、無事ですか?』

「俺も佐伯君も無事だよ。新たに4人の仲間を見つけたんだ。今コネクトするね」

『あっ、は、はい……』

 

 新田はユキトたちとコネクトして少女との映像通信――〈イメージ・コネクト〉に加えると、お互いに自己紹介をするよう言った。

 

『……あ、よ、ようエリー……です……――』

 

 伏し目がちにぼそぼそ名乗り、少女は新田に促されてユキトたちとアドレスブックに登録し合った。葉エリー――14歳。ユキトが確認したプロフィールの血統欄には、アフリカ系と台湾系のミックスと記載されていた。

 

『……あの、新田さん。みんな不安がっていますから、早く戻――きゃっ!』

「どうした、エリーちゃん?」

『ニーちゃん、ブジやの?』

 

 ピンク髪の少女が後ろからエリーに抱き付き、画面の向こうから天真爛漫な笑顔で照らす。エリーと同い年くらいで、くしゃくしゃしたショートヘアの少女は、フィリピン系らしい顔立ちをしていた。

 

「こら、ジュリアちゃん。エリーちゃんをびっくりさせたらいけないぞ」

『ビックリなんかさせてへんもん。――なー、エーリ?』

『え、ええ……――あの、ま、待ってますから、新田さん』

『ジュリもまってるわぁ、ニーちゃん』

「分かった。すぐに戻るよ」

 

 そう伝えたところでベリノイズがひどくなって通信が切れてしまい、新田は「まだ通信環境が良くないみたいだな」とつぶやいてコネクトを閉じた。

 

「今のピンクの髪の子は、何て名前なんですか?」紗季が新田に尋ねる。

「吉原ジュリアちゃんだよ。エリーちゃんと同じ14歳、君たちより三学年下かな」

「ふぅん。何だか、individualな人が多そうだなぁ……」

 

 ジョアンが佐伯をちらっと見て言うと、新田は「そんなことはないよ」と笑って歩き出し、一同を引っ張って次第次第に暗くなる樹海の外へと急いだ。

 

「おい、ユキト」

「えっ?」

 

 歩を緩めて並んだジョアンにユキトは体を固くし、目元を引きつらせた。おそらく殺されるだろうと認識しながら見捨てた事実――胸でうずく罪悪感がこの数十分の間、ジョアンをまともに見れなくさせていた。

 

「その、ボクがモンスターにやられて転がったときのことなんだけどさ……」

「……」

 

 暗い目を伏せるユキト、そしてその隣を無表情で歩く潤にジョアンは気遣う調子で話しかけ、自分は気にしていないと告げて、ユキトの左上腕を軽くタッチした。

 

「――立場が逆だったら、自分だって同じことしたかもしれない……いや、きっとしたよ。だから、さ」

「うん……」

「あのときは、ああするしかなかったのよ。ごめんなさい」

 

 潤はさらっと謝って終わりにしたが、ユキトは悶々としたまま黙った。ジョアンの言葉を首肯する一方、気遣いが感じられるがゆえにいっそう自分がひどく利己的で情けない人間だと思え、流動にさらされている体が立ち泳ぎをしている感覚にとらわれた。

 

「それにさ、ボクはユキトに感謝してるんだ」

「え?」

「あのgreat powerでバトってくれたじゃないか。ユキトが戦ってくれなかったら、新田さんたちが来る前にannihilationしていたよ」

「そうよね」黙って背中で聞いていた紗季が振り返る。「お陰であたしも助かったわ」

「あ、うん……」

 

 ユキトは右手にはまったままのナックル・ガントレットに目をやった。紗季も潤もポーションを受け取るときに武器をイジゲンポケットにしまっていたが、ユキトは死闘の興奮がなかなか冷めやらなかったことに加えて微熱が残る右手に奇妙な脈動を感じ、それを確かめるのがためらわれてそのままにしていた。

 

「もう外してもいいのよ、斯波君」潤が横から言う。

「うん……でも、またモンスターが襲って来るかもしれないし……」

「そうだけど……」

「……はめておきたいんだ、これ。もっとしっかりしなきゃいけないってことを忘れないために……ごめんね、加賀美さん。ちゃんと守ってあげられなくて……」

「そんなことないわ。斯波君は一生懸命私を守ろうとしてくれたもの。ありがとう」

「加賀美さん……」

 

 ユキトの頬が赤らむ。クールな美少女がつぼみをほころばせて咲かせた微笑は、絡み合っていた思考を半ば霧消させる美しさがあった。

 

「……僕、やるよ。加賀美さんのために」

「ふふ」

 

 鋼の右こぶしをガチッと固めて意気込むユキトを潤が嬉しそうに見つめ、ジョアンが2人を冷やかして笑った。そこに紗季が面白くない顔で割り込む。

 

「もしもし、斯波クン。あたしのこと、忘れてない?」

「へ? な、何を?」

「『何を?』じゃないわよ。あたしだってあなたを助けたのよ。少しくらい感謝してもいいんじゃない?」

「あ……ああ」

 

 軽く頬を膨らませて近付く紗季にたじろいだユキトは、自分をにらむブラウンの瞳にふと違和感を覚えた。

 

「……ちょっと、何じっと見つめちゃってんの?」

「あっ、いや、別に……」

「ごめんなさい、篠沢さん」潤が紗季を遮る。「あなたのお陰で助かったわ。私も、彼も。ありがとう」

「あ、いえ……」

 

 カーテンを閉めるような口調に紗季は鼻白み、不満げにユキトを一瞥すると栗色の髪を揺らして新田たちを追い、ジョアンも微苦笑を残してそれに続いた。

 

「……どうかしたの?」

 

 紗季たちの背中から目を戻した潤は、ユキトの顔色が少し悪くなっていることに気付いた。

 

「彼女のことなら、気にしなくていいわ。助けてくれたからって、あんな言い方――」

「いや……」

 

 浮かれた気持ちが冷めたユキトはぼんやりとしただるさを覚え、言い知れぬ不安にとらわれた。それは、鋼に隠れた右手の脈動とともに高じてくるようだった。