REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.5 激闘(3)

 

「――君たち、これを使ってくれ。疲労回復はしないが、傷の治癒や破れた衣服の修復はできるから」

 

 新田は、そばに集まったずたぼろの負傷者一人ひとりにイジゲンポケットから出した青くきらめく瓶を手渡した。それは魔法の治癒薬ポーションで、ユキトたちが蓋をひねって開け、瓶の口を傷や破れた衣類に傾けると、中からぱあっと出て来た光の粒子がそれらを柔らかく包んだ。

 

「……キュア・ブレスってのと同じだ……」

 

 ユキトの体から打撲の痛みが薄れ、傷が血の汚れもろとも消えて、裂けたブレザーやスラックスなどが元通りになっていく。危機を脱して気が抜け、鋼の右腕に宿っていた光が消えたユキトは、自己治癒能力で治り切っていなかった分が癒される感覚に息をつき、汗で濡れた乱れ髪を左手で撫でつけ、汚れた顔を拭うと、きまり悪そうに左隣へ声をかけた。

 

「……加賀美さん、どう……?」

「ありがとう。もう痛みはないわ」

 

 空になり、光のちりになって消えていく青い瓶を持ちながら微笑する潤。見捨てようとしたのを悟られてはいない――内心安堵しながら返すユキトの微笑は固く、微かに引きつっていた。

 

「Thank you so muchです!」

 

 ユキトの右横でジョアンが人懐っこい笑顔を見せ、新田たちに感謝する。

 

「――お陰で命拾いしましたよ!」

「本当にありがとうございました」

 

 その隣で紗季が頭を下げると、新田は照れ臭そうに右手で自分の頬とあごを撫でたが、その斜め後ろで腕組みをする佐伯は「気にするな」といくらか素っ気なく言っただけだった。

 

「お二人ともお強いんですね。あたしたちなんて全然歯が立たなかったのに……あ、でも――」

 

 紗季はジョアン越しにユキトを見て、続けた。

 

「――斯波君はそうでもなかったね。急にパワーアップしてさ。最初から本気出してくれればよかったじゃん」

「Right。――ユキト、あれもスペシャル・スキルってヤツなのか?」

「あ、うん……殺されかけたときに使えるようになったんだ。別に出し惜しみしていたんじゃないよ」

「経験を積むことで戦闘スキルが上がり、特殊能力も開花するシステムらしいからな」

 

 ふっとまぶたを下げ、腹の前で両手の指を絡み合わせた新田が言い、自分たちの数メートル上に黙って浮かぶワンを見上げる。その瞳に青い火のようなものが揺らめいたとユキトには見えたが、それは視線が下がったときには消えていた。

 

「――ともかく、君たちを守れて良かった。俺は新田公仁、――彼は佐伯修爾君だ」

 

 自己紹介をした新田はコネクトレベルを上げるためにアドレスブックに登録し合うことを提案し、同意したユキトたちに自分たちのプロフィールを開示した。

 

「俺は妻子持ちのしがないサラリーマンで、ワールドで顧客と商談しているときにトバされたんだ。佐伯君は――」

「自分は帝徳大学法学部在籍の四年生。ゼミに参加しているときに強制転送された」

 

 いきさつを語り、すでに自分たちと合流した他のメンバーも同時刻に強制転送されたようだと言う新田にユキトたちは脱出方法を知らないか尋ねてみたが、首を横に振られただけだった。

 

「俺たちも手掛かりを求めて、ここにトバされて来た人たちを探していたんだよ。ワンの奴は、肝心なことを教えないからな」

 

 新田は恨めしそうにワンを仰ぎ、目を自分の前に戻した。

 

「――それで、コネクトでメッセージを発信して、それをキャッチできた人たちと合流していたんだ。そのとき、木々が倒れる音や悲鳴を耳にしたから佐伯君と助けに来たって訳さ」

「そっか、さっきのコネクトはニッタさんたちからだったんですね」ジョアンが両手をぱちんと合わせる。

「空間震の影響で障害が出ているけど、今も樹海の外にいる人たちが発信を続けてくれているよ。それはそうと、君たち以外に誰かこの辺にいるかな?」

 

 ユキトたちは顔を見合わせ、ジョアンがリボルバーを持ったぼさぼさ金髪少年と輝くブロンドのツインテール少女、そしてモンスターに殺された平瀬という青年のことを伝えた。

 

「そうか……」

 

 沈痛な面持ちになった新田はヘブンズ・アイズを開き、近くにUnkuownやモンスターの反応が無いか確かめた。

 

(……今のところ、ここから脱出する方法は分からないのか……)

 

 ユキトは新田と佐伯から視線を外してうつむき、ぼんやりアドレスブックを操作して、新田たちと一緒に新規登録された紗季のプロフィールを眺めた。

 

(……篠沢・エリサ・紗季、17歳……スウェーデン系日本人……)

 

 アドレスブックをチェックする斜め顔を横目で盗み見たユキトは、目鼻立ちがくっきりした北欧系の美しさをあらためて認めた。潤が椿だとするなら、こちらはオレンジのガーベラだろうか……そんな連想をしたユキトはのぞきをしているような気がして目をそらし、反対側にいる潤をうかがった。

 

「……どうしたの、加賀美さん?」

 

 硬い表情でアドレスブックのウインドウを見つめる潤をいぶかしみ、ユキトは横から画面をのぞいた。そこには佐伯のプロフィールが表示されており、年齢や身長といった項目を見ていったユキトは、特記事項にある〈ヤマティスト〉という単語に目を止めた。

 

「ヤマティストって……」

 

 つい出た声に佐伯の目が動く。

 ヤマティスト――ヤマト主義者――

 純血の日本人こそが最も美しく優れた人種であると唱え、移民や混血を異人――〈イジン〉と呼んで差別する若者たち――彼等は批判的な識者から『和製ナチス』と呼ばれていたが、あらゆる階層の日本国民、とりわけ低所得者層を中心に支持を集めて勢力を増し、国政にも影響を与えていた。右派政党や実業家の支援があったとはいえ、こうしたイデオロギーが台頭した背景には、『異物』への拒否反応はもちろん、イジンたちに仕事を奪われたり競争に負けたりしたことに対する反感があった。

 

「一部の先鋭分子や左派マスコミの偏向報道のせいで、悪印象を持っているのかもしれないが……」

 

 佐伯は腕組みを解いて新田の横に出、純血日本人のユキトと潤を前にして言った。

 

「ヤマト主義は世界に誇れる優れた日本人――〈ヤマトオノコ〉、〈ヤマトナデシコ〉になるべく自己研鑽し、日本を全世界の手本となる国にすることを目指す思想だ。その考えに賛同してくれるのであれば、いかなる出自の者でも排除はしない。己を高めたいと志したときは、いつでも歓迎する」

 

 真摯な語りをユキトと潤は目を上げて聞き、一瞥されただけの紗季とジョアンが硬い愛想笑いで取り繕う。そうした様子を新田が少し困った顔で見ていた。

 

『ゆっくりなさるのも結構ですが、――』ワンが頭上から唐突に口を入れる。『野宿なさるのではないならば、日が暮れる前に樹海を出た方がよろしいかと思います』

「そうだな。近くに他の人間はいないようだし……――みんな、移動しようか」