REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.4 あがき(2)

「……どうして……こんな……!」

 

 潤んだ瞳が上空の黄金の光球をとらえ、形をゆがませる。

 

「――……お金目当てじゃないのかよ?……それとも、僕らが殺されるのを見たいのか?……」

『いいえ。あなた方が死ぬとしたら、それは不運、もしくは選択ミスが原因です』

「ふ、ざけるなッ!……」

 

 酔っ払いのようにふらつきながらユキトは立ち上がり、おどろおどろしく輪郭を崩す巨躯を見回し、気を失っている潤に目を止めた。

 

(……加賀美さん……!)

 

 助けに駆け寄るか?――だが、そんなことをしていたら――

 青年の無残な死にざまが再び脳裏に炸裂し、混沌とした流動に揺さぶられる体が無意識に逃げ腰になる。

 

(……彼女まで見捨てるなんて……だけど……!)

 

 ひづめが下生えを踏みつけ、遮る木がベギベギギィと強引にへし折られ、背中を曲げた前傾の怪物たちがグルルルル……とうなりながら逆三角形をじりじりと縮め始める。三方から迫るプレッシャーがそそり立つ巨岩並みに膨れ上がり、ユキトの心臓に早鐘を打たせて息を詰まらせた。

 

(――ぼ、僕は、まだ――)

 

 ローファーがネズミみたいに動きかけたそのとき、右前方のグリゴ・デオがかぎ爪を挙げ、地面を蹴ってドオッッーと襲いかかる。肝を潰し、吹き飛ぶようにのけぞるユキト――その視界の端でとげが生えた左肩に何かがドグッと突き刺さってひづめを止めさせた。

 

「――矢?」

 

 岩肌のような皮膚に刺さる白い羽根の矢――その軌跡をたどったユキトは、少し離れた木の揺らめく陰で矢をつがえ、弦をグゥーッと引き絞る人影を見つけた。

 

「――当たんなさいよッ!」

 

 念を込めて放たれた矢が左前腕の甲殻にはじかれ、右手の4本指が射手へズズズズズズゥゥッッ――と伸びる。20メートル強の距離を一息に飛んだかぎ爪は、盾になっていた木に巻き付いて食い込み、乱暴にへし折って地面にどうと倒したが、すでに人影はそこから消え、ハンドルが赤、リムがシルバーの洋弓片手に樹間を素早く縫ってユキトのそばに駆け寄った。

 

「大丈夫っ?」

「あっ、ああ……」

 

 包囲に飛び込んで来たショートヘア少女は、びっくりしているユキトの胸にタブをはめた右手をかざし、手の平から淡い光を放射した。すると、痛みが引いて傷が塞がり始め、切り裂かれたブレザーやネクタイ、ワイシャツとその下のTシャツまで時間を巻き戻すように修復されていく。

 

「これって……?」

「〈キュア・ブレス〉とかって治癒魔法。だけど、レベルが低いから、ちょっとの時間じゃ大して回復させられないみたい……!」

 

 ユキトは、眼前の汗ばんだ少女をまじまじと見た。競走馬を連想させる栗色の髪を心持乱した少女は、ワイシャツの胸にピンクのリボン、襟に校章のバッジがとめられたキャメルのブレザーとベージュ地に水色チェック柄のミニスカート、白のハイソックスに黒革のローファーという恰好で、ユキトたちと同じ高校生らしかった。

 

「――あなた、名前は?」

「え? あ、し、斯波、斯波ユキト」

「あたしは篠沢・エリサ・紗季。――」

 

 紗季はグゥルル……と低くうなって三方から近付く気配にキュア・ブレスをやめ、右手の中にパアッと現れた矢を洋弓につがえると、倒れている潤に目を燕のごとく飛ばした。

 

「彼女、名前は?」

「あ、か、加賀美さんだよ」

「加賀美さん! 加賀美さん、起きてッ!」

 

 呼びかけに潤が反応し、五体を引きずりながら四つん這いになる。そして、もうろうとしたまなざしがユキトと紗季をとらえた。

 

「……斯波君……」

「……」

 

 後ろめたさからユキトは潤と目を合わせることができず、鋼の右こぶしを無理矢理固め、微かに震えるナックルダスターでグリゴ・デオたちを威嚇した。

 

「……加賀美さん、早く立って! 僕が何とかするから……!」

「あたしも手を貸すわ。あんただけじゃ無理よ!」

『勝利の可能性は、現在0.08パーセントです』頭上でワンが冷たくきらめく。

「うるさいんだよ! あっち行ってろッ!」

「――来るわよッ!」

 

 紗季が警告し、左肩に矢が刺さったまま右前方から突進する怪物を射る。ユキトがダウンしたままの潤を守るべく走り、攻撃をはじかれた紗季が新たな矢を出そうとしたとき、ハイソックスをはいた足に背後からかぎ爪の指が巻き付いて引き倒し、下生えの流れをザザザザッと割りながら引きずり寄せる。

 

「――ちょッ、このヘンタイィッ!」

 

 洋弓を持つ左手でめくれるミニスカートを押さえ、右手に握った矢で巻き付いた指の外骨格を突く紗季――一方、ユキトは振り下ろされるかぎ爪をかわして怪物の左腰に渾身の一撃を叩き込んだが、逆にワニガメ大のひづめで派手に蹴り飛ばされ、十数メートル離れていた木の幹にしたたか背中をぶつけて下生えの上にドサッと倒れた。

 

「……げふッ、お、ぐぅぅ……」

 

 吐いた胃液を下唇から垂らし、内臓破裂並みに痛む腹を抱えてけいれんするユキト――ひづめの音に目を上げると、左肩に突き刺さった矢の目印がある影がかぎ爪ぎらつく右腕を振り上げてのしかかっていた。