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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.4 あがき(1)

 死――

 ワンに警告されながら、ユキトはそれをほとんどまともに受け取っていなかった。

 自分たちがこのゲーム・ゾーンに強制転送されたのは、既成事実を強引に作って登録料やプレイ料金を請求、あるいはここから出たければ金銭を支払えと要求するためだと思っていた。それ以外に合理的な理由を思いつかなかったし、今まで身の危険を感じる環境とは無縁だったので自分の死をイメージできなかった。

 

(……うそだろ……アストラルが、消滅するなんて……)

 

 目の当たりにした青年の死――アストラル消滅――その事実に生身の肉体をシミュレートしているアストラルの毛穴からじわあっと汗があふれ、吐き気をもよおす怖気が体中に広がって足が小刻みに震えた。

 

(……やらせ……やらせだよな? じゃなかったら悪い夢だろ?)

「――来るぞォ、ユキトッ!」

 

 ジョアンの警告にユキトはハッとし、ガアアッッと吠えて真正面から突っ込んで来るグリゴ・デオに仰天して転がるように右へよけた。逃げた獲物を追って巨獣が角反りかえる頭を巡らせたとき、バスケットボール大の炎の塊が盛り上がった右肩にぶつかって火炎の牙を突き立てる。

 

「どうだっ!――Whoa!」

 

 ジョアンの得意顔が一転引きつる。直撃した炎系魔法〈ファイヤー・ブリッド〉は筋肉の鎧の表面を軽く焦がすにとどまり、黒髪を躍らせて素早く背後に回った潤のアイシクルも分厚い背中の皮膚を少し傷付けただけだった。

 

「――ユキト、キミもattackだッ!」

「うっ、ぅああッ!」

 

 指示に押されてユキトはがむしゃらに突っ込んだが、ナックルダスター付きの鋼のこぶしは砂をぱんぱんに詰めたような左脇腹にはじかれ、反動でのけ反った体がよろける。

 

「斯波君、危ないッ!」

「――ォッ!」

 

 太いかぎ爪が左斜め下からユキトを襲う。全身を覆うバリアと、とっさに飛びのいたことで左脇腹から右肩にかけて深々とえぐられるのは免れたが、ブレザーの上から切り裂かれた胸に焼けるような痛みが走る。

 

「ッう……!」

 

 ボタンが飛んでブレザーがはだけ、切れかかったネクタイと裂けたワイシャツ、その下のTシャツがあらわになり、胸を触ったユキトの左手が血で汚れる。

 

「……ホントに、リアルそのままじゃないか……!」

 

 冷たい汗が肌を濡らし、体が、こぶしがおびえる。3人とも全力でぶつかっているのに、ろくにダメージを与えられない――その無力さをあざ笑うような響きが、ユキトたちの斜め後ろで傍観している2体のうなりに混じる。

 

「おい、ユキト!」

 

 ジョアンの右手の中で、炎が取り乱したように揺らめく。

 

「――escapeしよう。それしかない…… ――ジュンもいいな?」

「え、ええ」

 

 ジョアンは余裕しゃくしゃくのグリゴ・デオを警戒しながら潤の方に移動し、ユキトと自分たちが左右に分かれる形を取った。残りの2体は目立った動きをせず、絡みつくような目で獲物を追っていた。

 

「……dashであいつの左右を抜けるんだ」ジョアンの視線が、右肩を焦がした怪物を示す。「――そうすれば、どちらを狙うか迷って隙ができるはず……OK?」

「わ、分かった」

「いいわ」

「よし、いくよ。3、2、1、――Goッ!」

 

 樹海から出ようとしていたのに、また戻ることになってしまうが――かけ声でユキトたちは駆け出し、手負いのグリゴ・デオの脇を抜けて黒ずんだ幹が揺らめく間に走り込んだ。思ったよりうまくいったなとユキトが左手側の2人に目をやったとき、凶暴化したブルドーザーになぎ倒されていくような樹木の悲鳴交じりにひづめの音が猛追し――ベストの上から背中をえぐられたジョアンが転倒、思わず足を止めてすくんだ潤に血で汚れたかぎ爪が振り上げられる。

 

「――ッんのォオッッ!」

 

 とっさにユキトは膨れた筋肉が組み合う大腿だいたい部に体当たりし、グレーの巨体がバランスを崩してかぎ爪が逸れる。命拾いをした潤は息を弾ませながら怪物の背後を回ってユキトに駆け寄った。

 

「――今のうちよ、斯波君ッ!」

「えっ? あ――」

 

 逃げようと急かされたユキトは、うつ伏せに倒れているジョアンを振り返って躊躇した。

 

「早くッ!」

「――う、くッ――」

 

 何もかもかなぐり捨てるように流れを蹴るローファー――その左右で樹海がわめきながら崩れたかと思うと行く手に緑が雪崩れ、倒れ込んだ樹木に足を止められたユキトたちの前を傍観していた2体が塞ぐ。

 

「――そっ――おッッ!――」

 

 巨塊の片割れが幹を飛び越えて狼狽をはね飛ばし、少年少女をねじれた幹に叩き付け、下生えの流れを削りながら転がす。

 

「……づ……ぐ、お……!」

 

 喉を震わせ、ユキトは砕け散った意識の欠片を手探りした。あえぐたび、体のあちこちにハンマーで殴られるような激痛が響く。土や葉の切れ端が付いた仰向けの体を死にかけた芋虫のようにうごめかせ、ギチギチ起き上がって辺りに目をやると、10メートルほど離れたところに潤が横たわり、形作った逆トライアングルの中に2人を捕らえたグリゴ・デオたちが、像を揺らめかせながら不ぞろいの牙の間で真っ赤な舌を濡らしていた。