REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.2 ニホンザル(2)

 

「おい、どこか痛めたのか?」

 

 ワンと後方にいる潤に自分を良く見せようと意識しながら案じ、ユキトは二つ三つ年下らしい少年の前で腰を屈めた。

 

「……へ、へいきです。ありがとうございます」

 

 痛みでゆがんだ顔を上げ、少年は痛々しい微笑を見せた。市販のブリーチ剤で脱色したと思われる、安っぽく、しかも傷んだぼさぼさの金髪……無秩序な前髪がかかる一重まぶたのつり目……肌が荒れ、頬がこけた逆三角顏……恐縮する東アジア系らしい少年は、飢えた浮浪児か哀れな野良犬を思わせた。

 

「それなら良かった。君もここにトバされて来たんだよね?」

「は、はい。ワールドにいたら、いきなりこんなトコロに……こわくなってハシってたら、どんどんまよって……」

「それで、偶然僕らに出くわしたのか」

 

 四つん這いで従順に答えるぼさぼさ金髪少年――見下ろしながら優しく、かつ頼もしげに接するユキト――その2人から数メートル離れて立つ潤は、ヘブンズ・アイズを見て不審な色を浮かべた。マップ上には自分、そしてアドレスブックに登録されたユキトのキャラクター・アイコンが表示されていたが、少年については白い光点も何も表示されていなかった。

 

「……ワン、相手との距離が縮まれば、マップ上に表示されるのよね?」

『基本的にはそうです。しかし、相手がステルス・モードを選択している場合は別です』

「ステルス・モード?」

『自分の現在位置を隠すためのものです』

「!――斯波君っ!」

 

 振り返るユキトの股間にこぶしがめり込む。全身を保護するバリアのおかげで衝撃はいくらか弱められたものの、金的への不意打ちを食らったユキトは潰れた悲鳴を出して腰から崩れ落ち、股間を押さえながら這うように流れる草の上をみじめにのたうった。

 

「はっ、ったくチョロいよな、クソったれニホンザルはよ」

 

 うめく横顔をはき古した感の黒のスポーツサンダルが踏みつけ、爪が汚れた右手の中に光を発してS&W・M500タイプの黒光るリボルバーが現れる。イジゲンポケットから出現させた銃身長8インチの回転式拳銃を握った金髪少年は、撃鉄をガチッと起こすとユキトの頭に銃口を向けた。

 

「ユダンしてっからバリアがヨワくなるんだよ、バカが」

 

 踏み付ける右足に体重をかけ、かがんで銃口をぐりぐり側頭部に押し付けた金髪少年は、潤をぎろりとにらんだ。

 

「おら、まずテメーからポイントよこせよ、ババア」

 

 潤の目付きがアイスピックのようになり、胸の前で構えていたマジックダガーが右手と一緒にだらりと脇に下ろされる。その気配は、構えているときよりもはるかに危険なものを感じさせた。

 

「……もしかして、自分の存在を隠してこちらの様子をうかがっていたの?」

「そーだよ。マヌケそうなテメーらニホンザルをどうハメてやろーか、かんがえてたのさ」

 

 せせら笑った金髪少年は銃口を転じ、踏み付けるユキト越しに揺らめく潤を狙った。

 

「もたもたすんな。ポイントのやりとりができることぐらい、ワンにきいてしってんだろ?」

「……ワン、あなた、あいつを知っていたの?」

『私は、このゾーンにおられる方々共通のサポート・ソフトウェアです』

 

 相手を見据えたままの潤の頭上で、ワンは平然と言った。

 

『――私は同時に複数の場所に存在できますので、あの少年にも並行してサポートを行っております』

「そう……」

「ゴチャゴチャいってんじゃねーよッ!」

 

 乾いた銃声がとどろき、銃弾が黒髪をかすめて右肩の上を飛ぶ。再度撃鉄を起こした金髪少年は、ひずんだ空間越しの冷眼視に目尻をつり上げた。

 

「……みくだしたメしやがって……ザけんなよ、クソババアッ!」

 

 吠え声に潤の瞳が暗く燃え、白い肌とセーラーブレザーが炎を際立たせる。ざらついた葉擦れが聞こえ、瞬き一つで起爆しそうな緊張が揺らめく空間に色濃く漂う。

 

「……ジョートーじゃねーかッ!」

 

 ブチ切れてぶっ放そうとした金髪少年が突然飛びすさり、その鼻先を横から飛んで来たソフトボールのボール大の火炎球がかすめる。鋭く下生えを踏んだ金髪少年は右方向に眼光をひらめかせ、ぶんっと右腕を振って銃口を向けた。

 

「――だれだァッ!」

「やめろ、金髪boy!」

 

 潤から見て斜め左方向――十数メートル離れた木の陰から若々しい男の声が聞こえる。大人の胴回り以上の太さがある幹を反らし、くねらせて伸びた木々の間をうまく狙って火炎球を放った人物は、二対一じゃ分が悪いだろうと言って銃を下ろすように指示した。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちした金髪少年は潤をにらむと身を翻し、野の獣のごとき素早さで樹間を駆けてゆがみに紛れた。それを見届けた潤は高く通った鼻から息を漏らし、木陰の人物を警戒しながら小走りにユキトへ近寄った。

 

「斯波君、大丈夫?」

「……ぶ……だ、い……じょ……うぶ、だから……」

 

 羞恥と怒りで紅潮した顔をうごめく下生えにうずめ、ユキトはしゃがんで心配する潤にうめきながら答えた。醜態をさらしている自分が情けなくてたまらず、こんな目に遭わせた金髪少年に激しい憎悪が燃え上がる。

 

(……許さない……絶対に許さないぞ、あいつッ!……)

 

 きつく目をつぶって眉間に深い溝を刻むユキトは草を踏んで気安く近付く足音、そして潤が立ち上がる気配に気付いてしかめっ面を上げ、歯をかみ締めて下腹部に響く鈍痛をこらえながら体を起こした。

 

「Hey、you  guys 、okay?」

 

 茂る低木を避けてカフェ・ラッテ色の朗らかな顔が現れ、ユキトたちに十数歩ほど隔てたところで気さくに右手を挙げる。くっきりとして形のいい太眉、南国の陽を思わせる明るい目、癖を感じさせない濃い顔立ちとサイドが短く襟足長めの黒髪ウルフモヒカン――南アジア系らしいハイティーンの少年は、白いドレスシャツにブラックストライプ柄のベスト、グレーのデニムジーンズ、レッドブラウンのレザーブーツを合わせており、仲間とピクニックに来て1人森に踏み入った良家の子息風だった。