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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Prelude ワールド(2)

 通りを見渡せる窓から気だるげな陽光が差し込み、香ばしさ漂うイタリアン・デザインの店内で軽快な音楽が踊る〈カフェ・アレグロ〉店内――そこでは青い肌の八頭身エイリアンデザインや三頭身の萌えデフォルメキャラがイスに腰かけ、ソファの背にもたれてコーヒーカップ片手にくつろぎ、マスコットキャラがぷかぷか宙に浮きながらうたた寝している。魔法の国の住人のような客たちは、お喋りに飽きると連れ立って店内からふっと消え、逆にぱっと現れて出入り口から入って来たりして少しずつ入れ替わっていた。

 アストラル――第二のリアルと呼ばれるサイバースペース〈ワールド〉におけるアバター――

 CGのアバターの頃からそうであるように、人の精神そのものであるアストラルもそれぞれ個性的にデザイン――俗な言い方では『デザられ』ている。それは、手を加えなければ現実世界の容姿そのままになるアストラルを変えて個人情報を守る目的もあり、金融機関での取引や学校の授業出席、ビジネスの商談など身分証明が必要だったり礼儀上の理由があったりする場面以外では、自分の好きなようにデザることが普通だった。

 

(……く……!)

 

 カフェの片隅、壁を前にした席に座ってうつむいた蒼い髪の少年がいら立ちを漏らし、ストローが挿さった蓋付き紙コップが乗るテーブル下で両こぶしを微かに震わせる。装着した青い金属のハーフマスクに無造作な前髪をかけ、黒コートを着て背中を曲げたそれこそ斯波ユキトのデザられたアストラル。ミッションから脱落し、ラウンジルームに戻されたユキトは、逃げるように〈ASSAULT BRAIN〉のゾーンからジャンプし、いくつかのゾーンを流れてここに引っかかっていた。

 

「……くそっ!……」

「あの、お客様?」

 

 横からかけられた声をはねつけるように顔を上げ、仮面越しににらむユキトのすさんだ瞳に腰を屈めたメイド服姿の少女――人工生命〈Artificial Life〉が映る。今日こんにち、ワールドで人間の代わりにあらゆる労働に従事するプログラム生命体――白のレースフリルとエプロンを組み合わせたワインレッド・ベルベットのメイド服を着て、黒のボブヘアに銀のカチューシャをつけたALの店員は、ファンタジックにデザられたアストラルばかりの店内で人間そのものの容姿を目立たせていたが、その表情や雰囲気には人間を真似ているような、あるいは人間らしさを損なった奴隷に似たものがあった。

 

「ご気分がお悪いのですか? 別室でお休みになられますか?」

「うるさいな! あっちに行ってろよッ!」

 

 相手が人間ではない、ALだという意識が乱暴な言葉を叩き付けると、店員は事務的に深々と頭を下げた。

 

「申し訳ございませんでした。お役に立てることがございましたら、いつでもお呼び下さい」

 

 謝罪を述べ、立ち去る店員。その後ろ姿を一瞥したユキトは、テーブルの下で両手の指を組んでうつむき、ひとりごちた。

 

「……あいつが悪いんだろ。余計なお節介をするから……!」

 

 店員へのいら立ち――のみならず、沸き上がる混沌とした怒りや嫌悪と混じってうねり、渦巻く感情を持て余し、ユキトは気晴らしにどこか他のゾーンにジャンプするか、それともネットカフェのシングル個室席に意識無く座っているリアルボディへ戻ろうかと考えた。そのとき、突然体がジャンプの――アストラルが分解されて転送される感覚に襲われる。

 

「――なっ、僕はまだ――」

 

 異常を周りに知らせる間も無く、ユキトのアストラルは消え失せた。ジャンプによるゾーン間の瞬間移動――それはワールドではごく当たり前の現象で、ドリンクの代金も購入時に支払い済みだったので、突然消えたことを他の客もAL店員も誰1人気にしなかった。

 

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