REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Overture 揺らぐ世界(2)

 

「な、何だっ?」

『お悩みのようですので、こちらで推奨強化をさせていただきます』

 

 うろたえるユキトの体を包んでいた光が消えると、鈍くきらめくはがねの西洋甲冑の籠手がブレザーの上から右手にはまっていた。それはナックルダスターを合体させて打撃に特化しているデザインだった。

 

『打撃スキルがあるあなたに合わせてナックル・ガントレットを購入し、残りのポイントでバリアの強化を行いました。今あなたが装備している葵乃あおいの高等学校指定のブレザー、ワイシャツ、スラックスも頭や顔、首や手といった部分も強化したバリアで守られていますので、ある程度の攻撃に耐えることができます。ただし、バリアは気を抜いていると本来の効果を発揮しませんのでご注意下さい。なお、武器等のアイテムは〈イジゲンポケット〉という異空間にしまっておいて、必要時に取り出すことができるようになっています』

 

 そう言ってワンはステータス画面を開き、そこに並ぶ項目から攻撃力と防御力をピックアップしてどれだけアップしたかを数値で教えた。

 

「勝手なことするなよ! 僕はこんなゲームなんかやらないって言ってるだろ!」

『通常、ポイントはモンスターを倒して入手します。装備やその他物品等の購入はショッピング・アプリ〈StoreZストアーズ〉、武器・防具等及びバリアの強化は強化・改造専門アプリの〈グロウス〉から行うことができます。アプリはメインメニューの〈アプリケーション〉から呼び出せますし、望めばショートカットも可能です。StoreZでお気に召したアプリがありましたら、ポイントで購入していただくことが――』

 

 ワンは一方的に説明し、それを終えるとユキトの前に表示されていたウインドウを消した。

 

「まったく、冗談じゃない……!」

 

 右手を覆う鋼の冷たさに顔をしかめたユキトは、バリアにぶつかる微風のような流動に苛立ちながら詰問した。

 

「勝手に人を強制転送して閉じ込めるなんて立派な犯罪じゃないか。そうか、ここから出たければゲームに登録して法外な料金を支払わなきゃいけないんだな。言ってみろよ、いったいいくら払ったら、ここから出られるんだ?」

『ここから出ることはできません。あなたはこのゾーンで生きていくのです、斯波ユキト』

「くっ、追い込んでから要求するつもりか……!」

 

 黄金の光球を憎しみのまなざしで刺したユキトは、自分が相手の期待する反応をしているのかもしれないと思って奥歯をかみ締め、左頬を引きつらせながらどうにか怒りを抑えた。

 

「……お前みたいに不愉快なALは初めてだよ。作ったのはよっぽど性悪なヤツなんだろうな」

『私を作ったのはHALYハリーです』

「ハリー?」

『そうです。このゾーンを管理するALです』

「HALY……」

 

 どこか引っかかる名前を繰り返し、ユキトは左手の平で湿った額をひとこすりした。だが、異常な状況に投げ込まれた混乱が揺らめく木々や流れる地面で助長されていたため、その引っかかりをうまく解くことができなかった。もどかしい思いに駆られて詳しく聞き出そうとしたとき、先にワンがきらめいてしゃべり出した。

 

『生き延びるためにも他の人間と合流した方がよろしいでしょう。ヘブンズ・アイズの縮尺を小さくして近くに反応がないか確認して下さい』

「他にもいるのか、僕と同じような目に遭っている人間が? いったい何人いるんだ?」

『強制転送されたのは、あなたを含めて666人。全員10代から20代の男女です』

「666……」

 

 被害に遭っている者が他にもたくさんいる――それが慰めになるというのは、いささかいびつな心の動きだったが、いくらか落ち着きを取り戻したユキトは、みんなで集まれば心強いし、もしかしたらこのゾーンからジャンプする方法を知っている者がいるかもしれないと考え、自分を翻弄する奇怪なシチュエーションから一刻も早く抜け出したいと焦って、近視になったかのように錯覚させるウインドウを凝視した。すると意思に従って縮尺がズウッと小さくなっていき、深緑の海原――樹海の上に赤い光点がたくさん表示される。

 

「うわっ、何だよ、この赤い光の点々は?」

『モンスターです。モンスターとの戦闘経験が無い今の状態では、赤い光点が示すモンスターを識別できませんので、悪くするとあなた1人では勝ち目のない相手にぶつかる可能性があります。現時点では進んで接触しない方がいいでしょう』

「ひどいな、それ。普通、序盤は弱いモンスターしか出て来ないようになっているもんじゃないのか?」

『このゲームは、そんなふうに生易しくはありません』

「はぁ……まぁ、とにかく赤い点を避けて移動した方がいいのか……この白い光点、『Unknown』てのは?」

『UnknownはUnknownです。他の人間か、あるいは別の存在か。答えはご自分でお確かめ下さい』

「……ホントにムカつくヤツだな、お前」

『残念ですが、そうしていただくしかないのですから仕方ありません』

「そうかよ」ワンを斜めに見上げてにらみ、ユキトはマップに目を戻した。「……ここからだと少し歩くみたいだな。通信機能は無いのか?」

『通信は〈コネクト〉というアプリでできますが、今し方の空間震の影響が障害になっていることに加え、相手がUnknownで〈コネクトレベル〉が低いので回線をつなげることは困難です』

「コネクトレベル?」

『相手との絆の強弱を表すものです。絆が強くなればコネクトレベルが上がって通信がつながりやすくなり、映像と音声もクリアになります』

「ふぅん。ともあれ今は歩いて行ってみるしかないってことか……まったく……!」

 

 ユキトは左手で赤ネクタイを緩め、目の高さに上げた鋼の右手を握ったり開いたりし、意思に合わせて自分を包むバリアが強まったり弱まったりするのを確かめると、自分から遠くなるほどゆがみがひどくなる樹海を、時折気まぐれに向きを変えて流れる空間を見回して鼻からじれた息を漏らした。とにかくこのゾーンを出るまでは、ある程度このワンやHALYとかいうAL、そしてこいつらを操っている者の言いなりになるしかない――

 

「……ホントに最悪だな、何もかも……!」

 

 怒りを全身からにじませるユキトは、嘲るように顔を撫でて流れる空間に目を細めるとヘブンズ・アイズのマップに表示される白い光点の位置を確かめ、空中に浮かぶワンを振り切る勢いで揺らめく樹海をずんずん歩き出した。




【――このとき、斯波さんはまだ知るよしもありませんでした。流動し続けるこの世界でこれから起きることも、自分の体に仕組まれた過酷な運命のことも……――】