REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

カインの炎

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 なぜだ! なぜだ! なぜなんだ! この肉体に鞭打ち、照りつける陽に焼かれながら血と汗を注ぎ込んで育てた大地の作物よりも、あの弟が、一日のんきに笛を吹いている羊飼いが捧げた子羊の方が勝っている筈など無いではないか!

 なぜ神はあいつばかり愛する! なぜ俺の真心を分かってくれないのだ!

あぁ! 俺はあいつが妬ましい! あいつのことを考えるだけでこの胸は気も狂わんばかりに燃え上がって俺をさいな! あいつさえいなければ神の愛も少しは俺に向けられるかもしれない。そうだ、あいつさえ、あの弟さえいなければ……!



 ……なぜこいつは素直に後をついて来るのだ? 実の兄だからとはいえ、こんな焼けつく荒れ野に呼び出されることをいぶかしまないのか? 俺の、自分でも恐ろしいほど真っ赤に膨れ上がった心臓では憎悪が黒い業火となって燃えたぎっているのに、ははっ、こいつは俺を気遣い、やれ、石混じりの荒れた土で足は大丈夫かと言ってみたり、先日、かわいい双子の子羊が産まれたなどという話で和ませようとしている。この愚劣とも思える無垢さ、まるでこいつが飼っている羊そのもの……この純真な魂を神は愛しているのか?

 それに引き換え、俺はいったい何をしようとしているのだ? こいつを、同じ母の腹から産まれた弟を、この隠し持った棍棒で殴り殺そうといるのだぞ……! こいつとはまだ幼い日々、父母に見守られながら大地を駆け回り、笑い合ったこともあるというのに……

 あぁ、ついて来るのをやめてくれたなら……それが叶わないのなら、このままどこまでも歩いて行ってしまおうか? だが、皮肉にも足を進めるたび、俺はどんどん引き返せなくなっていく気がする……

 くそっ、このぎらぎら燃える太陽が俺を蝕む。灼熱の空気が肺を焦がし、胸が苦しく、目が霞んで、気を抜けばたちまち倒れてしまいそうだ。いったい……いつまでこんな思いをしなければならないのだ……誰か、誰か俺を助けてくれる者はいないのか?……

 

 ……やはり、殺すしかないのか……この地獄から逃れるには……うぅ……頭の奥底で何かがささやく……早くやってしまえ、すぐに楽になれるぞ……この棍棒でこいつの脳天を叩き割るだけだ、と……これで……これ……で…………………………





 …………………………俺は……俺は、殺してしまった……あいつを、実の弟を……このてのひらには今でも血のぬめりと臭いが残り、いくら擦り洗っても決して落ちることがない…………………………

 

 ……それもこれも全て神のせいだ。神はあいつの姿が見えなくなったとき、愛する者の不在を嘆いて俺を厳しく問い質した。そして、俺の懺悔ざんげを、悶える想いの吐露を冷たくあしらった……

 ……そんなに大事か、あいつが……こんな俺などより……!

ほんのわずかでも俺に、あいつに対する十分の一でも百分の一でもいい、優しい言葉の一つもかけてくれれば、こんなことにはならなかったのに……!

 ……それなのに神は、罰として俺を追放するため、俺の土地に作物が実らないように呪いをかけ、他人に弟殺しの罪過ざいかが分かるよう肉体に印をつけ、俺を殺した者は七倍の災いに襲われるなどという仕掛けまで施した。弟の命を無残に奪った罪に魂を押し潰され、独り苦悶する日々を送らせるだけでは足らず、寄るのない地上をさすらい、白日の下にさらされた罪によって人から唾棄だきされ、侮蔑ぶべつの石つぶてを投げつけ続けられる運命を与えたのだ…………



 ……だが、それが罰ならば、いいだろう、受けてやろう。俺がこの地上を生き続ける限り、嫌でも神は俺を目にしないわけにはいかないのだ。朽ちて骨になり、土ぼこりにまみれて忘却されてしまうことはないのだ。

 生きてやる。生きて、生きて、生き抜いて、神がもっとも憎む、この俺の呪われた分身、けがれた血を受け継ぐ子らで地上を満たしてやろう。

 さて、もう行かなければ。この地に留まることはできない。あいつの、俺が愛し憎んだ、血肉を分けた弟の声が土の下から聞こえてくる土地にいては、猛る復讐の意志も萎えてしまうというものだ。

 

 さあ、祝福せよ、我が弟よ! 炎に狂った兄の旅立ちを!

                                   (了)