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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.46 駆り立てる思い(2)

TEM†PEST

 血がにじんだような夕焼け……荒野に伸びる長い影――揺らめく石柱群の間を赤黒く染まった小柄な姿が転がるように駆け、己をすっぽり隠せる陰へつんのめって突っ込む。葉エリー――褐色の肌から噴き出た汗でTシャツを濡らし、その上のカーディガンやガウチョパンツのあちこちに染みを作った少女が空気を貪るようにあえぐそこへ巨影がボォン、ボォン、ボォンッと跳ね、ぶつかった石柱をドガララッと崩して迫る。

 

「――ううッッ!」

 

 慌てて陰から飛び出した直後、身を隠していた辺りが砲弾を食らったように砕け、石柱が崩れる。両手で構えたダガーガンを震わせ、後ずさるエリー――見開かれた小さな目では、アジアゾウ並みの体高がある巨大カエル――〈トース・ラナ〉の丸い巨体がじりじり大きくなっていく。

 

「――ぅうわあァッッ!」

 

 パンッ、パンッ――トリガーが引かれて乾いた銃声が響くたび、ごつごつした土色の巨体に弾丸がめり込む。だが、怪物カエルは大してダメージを受けた風も無くビタッ、ビタッと前進し、ギョロッとした出目を細め、裂けた口から高速で舌を伸ばし――

 

「――ぁぶッッ!」

 

 斜め下に伸びた舌が、顔面をしたたか打つ――ボクサーのストレートをまともに食らったごとくよろけたエリーは頭から後ろに倒れ、束の間暗闇に落ちた。

 

「……う、うう……」

 

 ぐしゃぐしゃな意識を取り戻し、よろよろ立ち上がって……半ばもうろうとしたまま、トース・ラナに銃口を向ける。いくらかバリアに軽減されたとはいえ、先程石柱を砕いた舌の一撃は低い鼻をさらに潰して鼻血をぼたぼた滴らせていた。

 

「……た、倒さなきゃ……このモンスターは、この辺りじゃ一番弱――」

 

 トース・ラナの頭がブンと振られ、伸びた舌に横から打たれて――吹っ飛び、石柱に激突して地面に落ちるエリー――

 

「……う、う……く……!」

 

 石柱にすがり、立ち上がる横から再び舌が襲い、乾いた土の上をゴロゴロッと転がす。うつ伏せで止まったエリーは潰れた鼻を始め、全身をさいなむ痛みであふれる涙に歯を食いしばり、グ、グ、グ……と起き上がった。

 

「……こ……これ、くらい……」

 

 かつて受けたいじめに比べたら、何ともない――言い聞かせ、口元を汚した鼻血を手の甲で拭ってダガーガンを両手で握り、悲鳴に似た叫びを上げて突撃――連射がイボイボの皮膚を損傷させ、体当たりとともにダガーが肉に食い込む。だが、それらは致命傷には程遠く、振り飛ばされてダガーガンから手を離し、倒れかけた体が舌をぐるぐるっと巻かれてグイッッと引っ張られた。

 

「――あううッッッ!」

 

 上半身が大きく開いた口にバクッと囚われ、外で手足がばたつく。そのまま喉奥へ――と、少女の右手に鉛色の塊が握られ、裂けた口に突っ込まれた次の瞬間巨体が一回り膨れ上がってボォオンッと爆発、ばらばらに飛び散った肉塊が光のちりに変わる。

 

「……うぅ……!」

 

 手榴弾の破片がこれでもかと突き刺さった、ずたずたの右手……激痛で気を失いかけながら投げ出された身を起こし、エリーは左手に出現させたポーションの蓋を口で開けた。

 

「……や、やったよ、ジュリアちゃん……これで、新田さんにちゃんとしたご飯を食べてもらえる……」

 

 佐伯のもとにいるのを危険と判断し、ユキトたちが起こした騒ぎに乗じて遺跡から逃げ出して数十日……どうにか倒せるモンスターをときに捨て身で狩りながら、エリーは新田を連れて当ての無い旅を続けていた。

 

「……くぅ……」

 

 1瓶では完治せず痛みが残る体を動かしてダガーガンを拾うと、少女は伸びた薄い影を引きずって揺らめく空間をふらふら歩き出した。稼ぎが少ないので、ポーションも極力節約しなければならない。リアルの肉体準拠なので、時間はかかるが傷はいずれ塞がって痛みも引く。それゆえ治療は最低限にとどめ、後は自然治癒力に任せていた。

 痛々しい姿はやがてぼろぼろの墓石に似た石柱に近付き、大木ほどの横幅がある影に背中をもたれ、足を投げ出してぼんやり座るポロシャツ・チノパンの新田を見て、足を速めた。

 

「ごめんなさい、お待たせして……」

 

 笑顔を作って声をかけても、焦点が合っていない瞳は薄闇を漂うばかり。エリーはよろめきながら隣に腰を下ろし、暗い影の中で横顔を見上げた。

 

「……今夜は、何がいいですか? いつもわたしが栄養バランスとか言って勝手に選んでばかりだから、たまにはリクエストして下さいよ」

 

 答えは無い。笑顔が剥落しそうになるのをこらえ、エリーは台湾語の歌を口ずさみ始めた。認知症を患って老人ホームに入所している母方の祖母が、幼い時分によく歌ってくれた春の陽のように芳しく暖かな歌……冷たい新田の手に手を重ね、これまで何度も慰められた歌を歌い終えると、エリーの表情は少し影に侵された。

 

「……やっぱり、おばあちゃんみたく歌えないです。ごめんなさい……好きな食べ物も、新田さんの奥さんならきっと知っているんでしょうけど、わたしは何も知らない……ごめんなさい、役に立たなくて……」

 

 顔の陰影が濃さを増し、背中が曲がって頭がゆっくり垂れる。そして――

 

「――ごめんなさい、新田さんッ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃぃ……!……」

 

 決壊したように泣き崩れ、ぼろぼろこぼれる大粒の涙がガウチョパンツを濡らして染みを広げる。

 

「……あ、あのとき、わたしに力があったら……ううん、そんなのウソ……わ、わたし、新田さんがリアルに戻れなければ……わたしとここにいてくれればってどこかで思ってて……だから……だから……こ、こんなことに……本当に……本当にごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 肩を震わせてすすり泣くエリーと新田の前で、コネクトがメッセージ受信を知らせる。目をこすり、鼻をすするエリーがうつむいたままメッセージを開くと、『神』になったルルフが神聖ルルりんキングダムに加われば幸福が約束されると言葉巧みに誘う映像が流れる。

 

「……何が神よ……神様なら、新田さんを元に戻してよ……!」

 

 無遠慮な映像が消え、コネクトが神聖ルルりんキングダムメンバー全員をユキトや紗季、ハーモニーのメンバーと同じく接続拒否にする。涙と鼻水で汚れた顔をカーディガンの袖でこすって立ち上がり、エリーはうつろな新田を悲愴な面持ちで見つめた。

 

「……わたし、強くなります……強くなって、ディテオを倒して、きっと新田さんをリアルに帰します……!」

Mov.46 駆り立てる思い(1)

TEM†PEST

「これは、ドローン〈レイヴン〉が撮影した映像――このキャンプから直線距離で約10キロほど南西のものだ」

 

 議長席に座る佐伯は自分の前に表示される俯瞰映像――ドーム屋根住居の集まりと空を見上げる韓服姿を目で射、居並んでウインドウを見る部下たちに滑らせた。窓の無い、小さな集会所風の司令部……天井の蛍光灯に照らされ、鈍い光沢を放つテーブルを挟んで座る潤と村上薫、梶浦翔一と矢萩。ユキトたちを捕らえる名目で編成された部隊は峡谷の迷宮に続く森林手前の平原にキャンプを張ってプレハブの宿舎を並べ、先遣隊の報告を元にドローンを飛ばして行方を探っていた。

 

「こいつら、こんなところに潜んでいたのか……!」

 

 矢萩が舌打ちし、隣席の梶浦にうねり髪を傾ける。

 

「――映像には映っていないが、ここに斯波たちもいるんだよな?」

「はい。クォン・ギュンジも佐伯軍将とのコネクトの中で認めたそうです」

 

 梶浦を一瞥して佐伯はうなずき、クォンに身柄引き渡しを要求し、従わない場合は明朝部隊を進めると脅しをかけたことを明かした。

 

「――だが、奴は拒否した。我々との戦いも辞さないそうだ」

「ははっ、ステルスにしないでいるこの大軍を見てもまだそんなことを言うとは、つくづくバカな連中だな」

「部隊を進めてせん滅しましょう」潤が映像を冷視する。「こちらは佐伯軍将と私たち、オートマトンを合わせて総勢300名強。簡単に叩き潰せるはずです」

「加賀美大尉、勇ましいのはいいんだけど」村上がネコ目を潤へ転がす。「神聖ルルりんキングダムからまとまった数がこちらに南下しているのよ。あの妙ちくりんな集団がコリア・トンジョクに加勢するのは間違いない。うかつに動けば、入り組んだ峡谷で挟撃されるかもしれないわ」

「村上大尉の懸念はもっともだが、おそらくその心配は無いだろう」

「なぜです、佐伯軍将?」と、村上。

「部隊の動きが鈍い。あの女は、我々とコリア・トンジョクの共倒れを望んでいるのだろう」

「ふん、小賢しいな。これだからイジンは……」

「矢萩」じろっとにらむ佐伯。「混血や移民を全否定してはならない。ハーモニー運営に貢献している者たちもいることを忘れるな」

「……すみません……それで、どうするつもりですか?」

「明朝、峡谷に突入してコリア・トンジョクを討ち、返す刀で漁夫の利を狙う神聖ルルりんキングダムを蹴散らす」

 

 佐伯はテーブルの上で組み合わせた両手の指に力を入れ、注目する潤たちを見返した。

 

「――このゾーンを乱す輩を野放しにしてはおかない。我々は、ラー・ハブ事件の過ちを繰り返してはならないのだ……!」

 

 ジュリアの最期がフラッシュバックし、声に微かな苦みが混じる。ラー・ハブ襲撃の被害が甚大になったのはシン・リュソンたちがSOMAにおぼれたからであり、そうした乱れの温床は前リーダー――新田の甘さ。そのような認識ゆえに、佐伯は世界を縛り上げようとしていた。ジュリアたち犠牲者への償いとして……

 

「分かりました。ふふ、ヤツらに目に物見せてやりましょう」

 

 矢萩がサディスティックに嬉々とし、潤が冷たい美貌を研ぎ澄ます。他方、村上が首をひねるのを見た佐伯は、何か意見があるのかと聞いた。

 

「あ、いえ。ただ、例の『黒い嵐』のことが気がかりで……」

「斯波ユキトたちを捕らえようとしたときの、ですね……」

 

 梶浦が補足すると密室の空気が重みを増し、潤の左の目元がぴくっと動く。ひらめく巴を消滅させ、囲んでいた追手を吹き飛ばしたすさまじい力――

 

「……あれについては、自分も警戒している」と、佐伯。「だが、あれが魔人の力と関係があるのなら、なおさら早いうちに方をつけなければならない。力を使いこなせるようになってしまったら厄介だからな」

「軍将の言う通り。なあに、化け物の1匹や2匹、イジンもろとも俺が始末してやりますよ」

「いいえ、矢萩大尉。斯波ユキトは私が仕留めます」

 

 潤は矢萩を見据え、断固とした口調で言った。

 

「ふっ、こだわるじゃないか。まだあいつに未練があるのか?」

「私は、討ち損ねた恥を雪ぎたいだけです。ヤマトナデシコの面目にかけて」

 

 氷像のような顔で唇が赤く燃え、声には力任せに切断する調子があった。それを軽く鼻で笑い、矢萩は佐伯に視線を転じて唇の両端をつり上げた。

 

「では、明朝進軍開始ですね」

「そうだ。――異論は無いな?」

 

 潤たちが異議なしと答えると、佐伯は各自それぞれの隊に伝えて明朝に備えるよう命じ、散会を告げた。自分に合わせて立ち上がった矢萩たちと挙手の敬礼を交わし、彼等が外開きのドアから赤黒い黄昏の下に出て行くのを見送ると、佐伯はテーブルとイスの間に立ったままの潤に視線を向けた。

 

「どうかしたのか?」

「いえ……」

 

 目を合わせた佐伯は、瞳の奥をうかがうまなざしに不快さを覚えて表情のシャッターを下ろした。すると、潤はわずかに狼狽し、少し頭を下げて上目遣いで続けた。

 

「……私は、勝利をお約束しますとお伝えしたかったのです」

「そうか……期待しているぞ、加賀美大尉」

「はい、佐伯軍将」

 

 挙手の敬礼を交わし、後ろ髪引かれるような足取りで離れて司令部を後にする潤……独りになると、佐伯は顔を上げて虚空をにらみ、そのまま固まってしまいそうなほどこぶしを強く握った。密かにくすぶるジュリアへの想い……胸を黒く焼き、闘争に駆り立てる衝動――孤独な密室で瞑目し、佐伯は帰らぬ少女をまぶたの裏に浮かべた。

Mov.45 逃避行(3)

TEM†PEST

 陰りを帯び、妖星がぎらつく西の空……暗さを増す峡谷をATVが徐行し、その後ろを歩くオートマトンが封印の手錠をはめられたユキトと紗季を鎖で引く。のたくり、波打つ小石だらけの道を進んだ一行はやがて開けた盆地に出、地面に影を伸ばすドーム屋根住居の一群を目指して坂を下った。

 

「あれが、コリア・トンジョクの集落……」

 

 紗季が、隣のユキトに目を向ける。

 

「――世界史の授業で見た遊牧民の家――ゲルとかってのに似てる……空間が揺らめいていないところを見ると、あそこはフェイス・スポットなんだろうね」

「ああ……」

 

 半ば上の空でうなずき、ユキトはATVのハンドルを握るユンの赤黒い背中をまた見つめた。頭の中で先刻の出来事――敵を憎むまなざし、向けられた銃口が繰り返しよみがえって鈍痛をもたらし、胸が苦しみにあえぐ。行いの数々をわびたいと思うも力が湧かず、囚人の歩みを続けるうちに集落に着いたユキトは待ち受けていた韓服姿たちの前で紗季ともども引き回され、最終的にパープルカラーの、ひと際大きい2階建てのドーム屋根住居――クォンの住居兼集会所の前に並んで立たされた。

 

「先程コネクトで知らせたように、ボクが捕まえたんだ。ハーモニー軍のヤツらをコテンパンにやっつけてね」

 

 ATVを降りたクォンがユンの隣でたてがみを振り回すように両手を大きく動かし、韓服を夕焼けで赤黒く染めながら拘束された2人を冷ややかに囲むファン・ヨンミ、ホン・シギやイ・ジソン等に得意顔で語る。

 

「――この2人はディテオを探しに出て、帰って来た。見つけられなかったらしいが、探索で得た情報をハーモニーに伝えていると思われる。――それを、ボクたちにもぜひ聞かせてもらおうか? じっくりとね」

「……やっぱり、こうなるのか……!」

「……あのね」嘆息する紗季。「あたしたち、何も知らないわよ」

「そうかい? まぁ、ちゃんと確かめてみないとね。なにしろ、ボクらは敵に前族長たちを殺されているんだ」

「えっ?」

 

 耳を疑い、ユキトと顔を見合わせた紗季は、唇をうろたえさせた。

 

「……いつの間にかリーダーが代わってたから、どうしたんだろうとは思っていたけど……まさか……」

「そのまさかさ」口角が、にいっと曲がる。「キム前族長とチュ・スオ、オ・ムミョンは、佐伯たちに殺されたんだ。ハーモニーを離脱するときにね。ボクはその現場を確かに、ばっちりこの2つの目で――」これ見よがしに見開き、指差されるつり目。「――見たんだよ。だから、自衛のために知るべきことを知っておかないと。――ユン」

 

 あごをしゃくられたユン・ハジンは唇を真一文字に結び、手錠とつながる鎖をオートマトンに握られる2人に近付いてK5を構えた。

 

「しょ、正直に話すんだ! ディテオに関して知っていること、すべて!」

「知らないって言ってるじゃない」と、紗季。「王生君、こんなこと似合わないよ」

「似合うかどうかなんて……強くならなきゃ、ひどいことされるばかりなんだ……! だから……!」

「こうやって脅すのが、強いってことなの?」

「……ぼ、ぼくは……」

「ユン!」

 

 クォンが腕組みし、黒カプシンを履いた足で地面を鳴らす。

 

「――もたもたするな! お前の決意のほどを示せ! 先にそっち、斯波ユキトに見せてやれ!」

「は、はい」

 

 ユンは狙いを定め、微かに震える指をトリガーにかけた。

 

「!……」

「さ、さあ、洗いざらい吐くんだ! ハーモニー軍に教えたのと同じことを……!」

「――知らないって、言ってるだろッ!」

 

 鼻先の銃口に逆なでられ、ユキトは感情のまま吠えた。黄昏が濁って黒ずみ、盆地を囲む尖った稜線やドーム屋根住居、コリア・トンジョクメンバーの影が色濃くなっていく中、暗いまなざしでにらみ合う少年たち……

 

「クォン族長」ファン・ヨンミが細眉の根を寄せる。「それくらいにして下さい。ワタシたちには、彼らの力が必要なのですから」

 

 その発言を機に、メンバーが視線を交わし合って包囲が弱まる。すると、クォンは一転にこやかになって差し伸べる形に両手を広げた。

 

「分かっているさ。――いやいやすまなかったね、お2人さん。一応確認させてもらったまでさ。申し訳ない。――おい、外してやれ」

 

 命を受けたオートマトンが鍵で手錠を外し、両名を解放する。跡が残る黒い右手首をさすったユキトはK5を胸に抱えて後退するユンに口をもぞもぞさせたが、その前にクォンが立って薄紫の袖を振り振りしゃべり出す。

 

「さ、これでいいだろう? それじゃ、これからは手を取り合って佐伯たちと戦おうじゃないか。よろしく頼むよ」

「ぬけぬけとよく言えますね。――ね、斯波?」

「あ、ああ……」

「ひどいな。恩着せがましく言いたくはないが、ボクらはキミたちを助けてやったんだぞ? それは分かっているよね? それとも、連中に捕まるのを黙って見ていた方が良かったのかい? そうだとしても、キミらはもう助けられてしまった。つまり、借りができたってことなんだよ。ボクはそういうのにこだわるたち・・なんでね、ちゃんとお返ししてもらうよ?」

「……それは、もちろん感謝してますけど……あたしたちをハーモニー軍と戦わせるつもりなんですか?」

「つもりも何も、捕まりたくなければ戦うしかないだろ? ボクらは神聖ルルりんキングダムと一応同盟関係にある。そこにキミたちが加わってくれれば心強いよ。とくに斯波君、君には魔人のスーパーパワーがあるからね」

「クォンさん! 無理をさせたら、それだけつらくなるんですよ!」

「それは分かっているけどね、さっきの小競り合いでボクたちがこの辺りにいると知られてしまったからなぁ。遠からずぶつかることになるだろうね。ふふ、ま、キミたちには宿舎を提供するから、しっかり体を休めてくれ。――みんなも決戦に備えて英気を養っておくんだぞ」

 

 ユキトたちとコリア・トンジョクメンバーを笑顔で眺め、クォンは両手をパンと打ち合わせた。

Mov.45 逃避行(2)

TEM†PEST

「斯波ユキト、篠沢・エリサ・紗季っ!」アイドリング音に混じって峡谷に反響する、梶浦の生真面目な声。「抵抗はやめなさい! 投降すれば、悪いようにはしませんっ!」

「いきなりグレネードをぶっ放しておいて、よくもそんなことが言えるなッ!」

「お前たちが逆らうからだろッ!」松川が、梶浦の隣でなじる。「その魔人の力でやられたけがの治療費とATVの修理費は、払ってもらうからなッ!」

「いい加減にしてよ、もう!」

 

 紗季がユキトの横に立ち、イジゲンポケットから出したブレイズウインドに矢をつがえる。

 

「――ほっといてよッ! あたしたちのことはッ!」

「そうはいきません。逃亡者を放置したら、ハーモニーの面目は丸潰れです」

「佐伯リーダーは、是が非でもお前たちを処罰なさるおつもりなんだ」と、すごむ松川。「わざわざ部隊を率いてこちらに向かっておられるんだからな! さっさと降参した方が身のためだぞッ!」

「嫌よ!――斯波、走れる? あたしが足止めするから、先に逃げて!」

「バカ言うなよ! そんなこ――ッ……!」

 

 軽いめまいに襲われ、ユキトの顔に走る亀裂。構えがぐらついたのを遠目に見て取り、松川が乾いた唇を舐める。

 

「今度こそやれそうですね、梶浦大尉。俺が、あの化け物を仕留めてみせますよ!」

「我々の任務は、あくまで逃亡者の位置確認。無理をする必要は――松川中尉ッ!」

 

 松川のグレネードランチャーがバスッ、バスッと榴弾を発射――避けるターゲットをかすめて岩肌に着弾、耳をつんざく爆音をとどろかせて石片を飛び散らせる。手柄を立てんとする松川はハンドルを左手で握り、右手のグレネードランチャーを刀に替えて急発進――紗季が放った矢を斬り落とし、加速して突っ込んで来た。

 

「――ふざけんなよッ!」

 

 怒鳴り、魔人のこぶしが光を引いて真っ向から迎え撃つ。振り下ろされた刃をはじく打撃――踏み込んだユキトはしかしまためまいに襲われ、崩れて流れた体を脇からザッと斬り付けられて転倒した。

 

「斯波ッ!――このおッ!」

「――痛ッッ!」

 

 近距離から矢が放たれ、バリアを貫いて松川の右肩に突き刺さる。勃発した小競り合いにやむなく梶浦たちも白刃片手にATVを走らせ、迫る。

 

「分からず屋ッ!――」

 

 メテオ・ライツ――弦が引かれ、宙で分身した光の矢が白い車体にドドドドッと突き刺さり、軍服姿を傷付けて勢いを鈍らせる。

 

「走るよ、斯波ッ!」

「あ、ああ……」

 

 助け起こされ、紗季とエスケープを試みるユキトだったが、ATV相手では逃れられるはずもなく、すぐに囲まれてしまった。

 

てて……やってくれたな……」

 

 前に回り込んだ松川が右肩の矢を抜き、ポーションで傷を治す。

 

「――これも賠償に上乗せさせてもらうぞ! 覚悟しろッ!」

 

 刀を振りかざしてスロットルを回したとき、背後からの銃声――衝撃が松川を崩して転落させ、ドライバーを失ったATVがユキトたちの横を抜け、避ける軍服姿の前で崖に激突、破片を飛ばして横転する。

 

「あれは……コリア・トンジョクよっ!」

 

 ユキトたちが逃げようとしていた方角から、猛獣のごとく疾駆して来る3台の黒いATV――その先頭でハンドルを握る薄紫のパジチョゴリの上に紫のベスト姿――クォン・ギュンジは松川を狙い撃ったスナイパーライフルをイジゲンポケットにしまうと、ハンドルを切ってズザザザザッッッとドリフトしながら敵が態勢を整えるより早く右腕を続けて振った。と、手から放たれた妖しい二筋の光がユキトたちの脇から白軍服姿に絡む。

 

「――〈アタック-ダウン〉と〈ディフェンス-ダウン〉ッ!」梶浦がうなる。「全員リカバリー・ポーションで状態異常を治せッ!」

 

 だが、補助魔法の効果を打ち消す間も無くクォンの左右でイジゲンポケットが開き、精巧なモデル人形然とした身長2メートルの戦闘人形――オートマトンが10体、それぞれアサルトライフルを構えて飛び出し、急いで避難したユキトたちをよそに攻撃を開始した。

 先手を取られた梶浦たちに加えられる、激しい銃撃――弾丸はディフェンス-ダウンで弱ったバリアを貫通してヒットし、起き上がった松川の背中にめり込んで再び地面に倒す。

 

「――退却! 退却だッ!」

 

 叫んだ梶浦は仲間に松川を拾わせ、被弾しながらATVを走らせてゆがんだ峡谷の影に消えていった。

 助かった――崖を背に胸を撫で下ろしたユキトと紗季はオートマトンたちに銃口を向けられ、ATVを降り、人形たちの間を通って前に出て来たクォンとファン・ヨンミ、そしてこわばった顔でアサルトライフル〈K5〉の銃口を向けるユン・ハジンこと王生雅哉に威嚇された。

 

「偵察中に派手な爆発音が聞こえたと思ったら……久しぶりだね」

 

 薄笑い混じりにキツネ目を細め、クォンが自分の左横に立つユンにあごをしゃくって見せる。すると、ユンはK5を構えたまま一歩前に出、微かに震える銃身越しにユキトをにらんで声を引きつらせた。

 

「お、おとなしく両手を前に出せ! 2人ともだっ!」

「何……?」

「両手を出せって言ってるんだ! 従わないと、ひどいことになるぞ!」

「お前……!」

「や、やる気か? だけど、ぼくだっていつまでもやられてばかりじゃないからなッ!」

 

 精一杯吠えるその両目の奥によどむ恐れ……それを目にしたユキトはかつて闇の中で脅し、暴力を振るいかけたことを想起して言葉を失い、胸の前に上げていたこぶしをふらふら下げた。

 

「……斯波、言う通りにしよう」

 

 紗季が青ざめた横顔に言い、ブレイズウインドをイジゲンポケットにしまうと両手をそろえて前に出した。コンディションや戦力差を考えると、抵抗するだけ無駄だった。ユンから視線を外したユキトもそれに倣うと、オートマトンがそれぞれの前に立って長い鎖付きの封印の手錠をカシャッ、カシャッとはめた。

 

「悪いね、お2人さん。色々聞きたいことがあるんでね、一緒に来てもらうよ」

 

 にやにやするクォンはユンにK5を下ろさせ、手錠につながる鎖をオートマトンに引かれるユキトたちを連れてATVの方へ歩いた。

Mov.45 逃避行(1)

TEM†PEST

 かすみ、たゆたう陽が西へよろめくはるか下……高さ百数十メートルに及ぶ切り立った崖の狭間に薄ら寒い影が満ち、入り組んだ川さながらに一帯を統べる。その薄暗いラビリンスの底……重い足取りで歩む紗季……斜め後ろのユキト……謎の黒い嵐に助けられ、早1カ月――何度かハーモニー軍の追手に見つかり、そのたびに切り抜けて逃避行を続ける2人の顔には、影よりも濃い陰影が深く染み付いていた。

 

「――っ……!」

 

 揺らめく視界が暗転し、もつれた足にスウェット姿を投げ出されるユキト――小石が散らばる地面に倒れたところへオレンジジャージ姿が近寄り、バッテリー切れ間近の動きで起き上がるそばにしゃがむ。

 

「大丈夫?」

「……何ともない……」

「体調悪いんでしょう? ちょっと休もう」

「そんなことしてたら、また追手に見つかる……それに、佐伯さん自ら部隊を率いて来るんだろ?……」

「だけど、無理してたら動けなくなるよ。向こうもステルス・モードだからどこにいるか分からないけど、こんな迷路の中じゃ簡単にあたしたちを見つけられないよ。少し座ろう。ね?」

 

 腕を取られたユキトは引かれるまま十数歩歩いて端に寄り、ごつごつした岩肌に寄りかかりながら腰を下ろして足を投げ出した。その隣に座った紗季は色の悪い顔をのぞき込み、力無いため息を漏らした。

 

「ATVがあれば、楽できるのにね……」

「……仕方ないだろ。個人には高い買い物なんだから……それに、こんなざまじゃ……」

 

 頭の奥から響く鈍痛、全身をさいなむだるさに眉間のしわをもだえさせ、うっすら充血した双眸が黒く腫れた右手をにらむ。

 

「……満足に稼げやしない……そのせいでシャイロック金融も貸し渋るし……第一、無免許運転なんて……」

「……ねぇ、ルルりんキングダムに行かない? 高峰さんなら、斯波のこと助けてくれるんじゃないかな?」

「神だの何だの言い出して、勧誘のスパムメッセージをじゃんじゃん送りつけるところに?……お前もうっとうしいって怒ってたじゃないか?」

「そうだけど、このままじゃあんた持たないよ。だったら、コリア・トンジョクは?」

「……どっちにも行く気ないよ。悪い予感しかしないからな……」

「……もう一度、赤い星を追ってみる?」

「……どうせ、また振り出しに戻るだけだろ……」

 

 まつ毛をしおれさせ、のけ反らせた頭を後ろの岩肌にもたれさせて、紗季は眼前にそそり立つ絶壁を半ばぼう然と見た。

 

「……エリーちゃんやジョアン、どうしてるのかな……? コネクトはつながらないし……ジョアンはともかく、新田さんを連れたエリーちゃんは心配だよね……」

 

 ユキトは投げ出した足の間、ずるずる流れる地面に目を落とした。逃避行当初、紗季は遺跡にいる沢城たちと密かに連絡を取っていて、佐伯がユキトたちをとらえるために部隊を率いて遺跡を出たこと、ユキトたちがきっかけで起きた騒動に紛れてエリーが新田と姿を消し、ジョアンも失態の責任を問われるのを恐れて、あるいは仲間と逃げ出したルルフを追うために行方をくらませたことなどを聞いていた。

 

「……どうして、こんなバラバラになっちゃったのかな……」

 

 隣のつぶやきに押し黙るユキト……寄りかかっている岩肌の凹凸が、薄れたバリアを通して背中に冷たく、つらく当たる。

 

「……HALYってさ」

「ん……?」

「何であたしたちをさらったのか知らないけど、こんな有様、どう思ってるんだろうね……」

「さあな……」

「……リアルTV、見てる?」

「いや、ほとんど……」

「……あたしたちのこと、ニュースとかでほとんど取り上げられなくなってるよ……後から起きた色んな事件とかに押し流されたみたいに……」

「……そんなもんだろ……忘れっぽいんだよ……」

「……だけど、そんなリアルでも帰りたい……もう嫌だよ、ここは……!」

 

 紗季は両膝を立て、腕で抱えて背中を丸めた。それを横から見たユキトは、胸の重みで沈むようにうな垂れた。

 

「……そろそろ、行こう……」

 

 紗季を促し、重い体をのろのろ動かして立ち上がろうと――その耳に高速で飛来音が突っ込み、反射途中の体を爆発がふっ飛ばして岩肌にドッと叩き付ける。

 

「……ッ、し、篠沢ッ?」

「……へ、平気、ちょっと頭打っただけ――あッ、あれ!」

「――見つかったかッ!」

 

 急ぎ立ち上がり、自分たちが歩いて来た方から現れた一団に黒い右こぶしを突き出すユキト。ハンドルを握る白軍服の5名――ハーモニー軍の先兵は、距離を置いて白虎モデルのATVを横一列に並べ、中央のメガネ青年・梶浦以外がグレネードランチャーの照準を逃亡者たちに合わせる。

Mov.44 不遜な進化(2)

TEM†PEST

 挨拶したクォンの映像が消えてウインドウが閉じると、青筋立てた北倉がテーブルを両手でバンッと叩く。

 

「まったく頭に来るヤツだッッ! あの韓国系めッッッ!」

「ロベー、そのテーブルは、マホガニー製でハイパーに高いのよ。バンバン叩かないで」

「あッ、もッ、申し訳ありませんッ、ルルりん……だけど、悔しいじゃないですかッ! あんなヤツにコケにされてッッ!」

「北倉さんの気持ちは分かりますが、オートマトンを100体前後有するらしい連中の力は侮れません。あれだけの数を購入するポイント、いつの間に稼いだのか……」

「こっちも買いたいけど、キャッスル建設に注ぎ込んで余裕が無いからね~ シャイロック金融からもかなり借りてるし~ あー、もっとポイントが欲しいなあ~」

 

 椅子の背にもたれてルルフがため息をつくと、鎌田がジト目をしっかり開き、真剣な面持ちで切り出した。

 

「……この数日ずっと考えていたのですが、ルルりんキングダムはターニングポイントにいるのではないでしょうか?」

「ん~? どういうこと?」

「今キャッスルにいるのは、一緒に離脱した百数十名のみ。遺跡に残ったメンバーは、結局ハーモニーを選んだ……その事実を、僕らは真摯に受け止めなければいけないと思います」

「……ふぅん。ごめんね、ルルの魅力が足りなくて」

「い、いえ、ルルりんを責めているんじゃありませんよ。これは、ブレーンである僕のプロデュース力が足りなかったため……そのせいでキングダムの収入は減ってしまいました。遺跡に残っているメンバーは、ポイントの流れを厳しく監視されているので寄付すら容易にできませんからね。この現状を踏まえ、ここからいかに飛躍するか、ハーモニーやコリア・トンジョクと渡り合う力を付けるのかを考えなければ」

「鎌田ッ、それでお前は何か考えたのかッ?」

「ええ。私見を述べさせてもらうと、今のキングダムに必要なのは、コミュニティそのものの魅力を高めることだと思います」

「魅力を――ってのは、ルルにもっとチャーミングになれってこと?」

「それも含めて、です。人心を今以上に引き付ける組織へのメタモルフォーゼ……それが実現すれば、もっとたくさんの人間が集まって大きなうねりになるでしょう」

「なるほどなッ! だけど、どうしたらそんなグレードアップができるんだろうなッ?」

「……いいこと思い付いた」

 

 目をぱっと輝かせ、ルルフはぴょんと立ち上がってパンッと手を打ち合わせた。

 

「――ルル、いいこと思いついたよっ! カマック、ロベー、今すぐみんなをバルコニーに集めて!」

「今からですか? 早い者は、もうベッドに入っている時刻ですよ?」

「いいから、いいから! サプライズだから! ほら、早く早くっ!」

 

 急かされるまま両名はコネクトで皆に指示し、両開きのドアを自らバンと開けて応接間を出るルルフの後を追った。広間に出、半円型エレベーターを背にしゃなりしゃなり歩きながらイジゲンポケットから出したヘッドセットマイクを装着、両開きドアとガラス戸とを鎌田たちに開けさせてベランダに足を踏み入れるルルフ――彼方で黒い地平がうごめく夜陰に躍り出て手すり際に立つと、眼下――4階バルコニーからライトアップされたベランダを見上げる数多の熱視線が集まる。

 

「みんなぁ、急に呼び出してごめんね~」

 

 白レースの手がきらきら振られ、マイクで増幅された甘々の声で形ばかりの謝罪が響くと、オリジナルTシャツ一色のルルラーたちからは「気にしないで下さい!」とか「何も問題ありません!」といった返事が、花火のようにドンドン上がる。そうしたリアクションにツインテールの天使は満面の笑みを浮かべ、光を帯びた両手を翼状に広げ、高く掲げた。

 

「突然だけど、ルルはたった今から『神』にハイパーレベルアップします! これからは天使じゃなくて女神――〈ゴッデス・ルルフ〉でーすっ! それに合わせてコミュニティ名も〈神聖ルルりんキングダム〉に変更しちゃいます! ルルとみんなの衣装も一新するから、楽しみにしててねー!」

 

 天啓さながらに声が響き渡ると、地鳴りに似たどよめきが起き、大陸隆起の鳴動に匹敵する興奮が沸き上がってたたえる。ツインテールの魔に魅入られた者たちの瞳は、少女の姿をした神のまばゆさにくらんでいた。

 

「……さッ、さすが、ルルりん――いや、ゴッデス・ルルフ様ッッ! 恐れ入りましたッッッ!」

「……ご自身とコミュニティにはくを付けて求心力を高め、メンバーをより激しく熱狂させる……すばらしいです……」

 

 ひざまずいたコンビを振り返ってニコッと笑うと、光り輝くツインテールの神はしもべたちを見下ろして万雷の拍手を全身に浴びた。

Mov.44 不遜な進化(1)

TEM†PEST

 ――僕たちがルルりんと遺跡を脱出し、ヘブンズ・アイズで事前に見つけていた北西30キロ地点のフェイス・スポットに腰を落ち着けて3週間……佐伯修爾率いるハーモニーに対抗するため、ルルりんキングダムは遺跡南西に新たな拠点を構えたコリア・トンジョクと同盟を結ぶことになった。だが、コリア・トンジョクの族長クォン・ギュンジは油断ならない相手……この世界で生き延びるには、今以上に力を付けなければいけない……それには、いったいどのような方策があるだろうか? 

[鎌田キヨシ テンペスト・ライフ 283日目のライフログより抜粋]

 

 コンコルディ遺跡から北西に約30キロ……周りにいくつもの林をはべらせ、ライトアップされて夜に白輝はくきの威容を浮かび上がらせる大理石のピラミッド――〈ルルフキャッスル〉。地上10階、地下――駐車場及び監房――1階の巨大建造物は、ルルフとルルラー百数十名の共同住居。シャイロック金融から融資を受け、StoreZのダイダロス組にデザインを伝えて建造依頼するや、草原に蜃気楼しんきろうのごとく出現したピラミッドは、1階から3階にシルバークラス、バルコニー付きの4階と5階にはゴールドクラス、6階にはプラチナクラスの鎌田と北倉が居住し、応接間と会議室、広間とベランダがある7階を挟んでその上の階すべてがルルフのプライベートスペースになっている。

 そのピラミッド7階の応接間――ロリータスタイルのルルフは猫チックな椅子に座ってなまめかしい足を組み、自分の右斜め、左斜め前に座るオリジナルTシャツ姿の鎌田・北倉コンビを従えて、ロココ調テーブルの上に開いたウインドウに映るクォン・ギュンジを見据えていた。

 

「クォン族長」

 

 鎌田がテーブルの上で両手の指を組み合わせ、細めたジト目でにらむ。

 

「――先日の一件……ぼくたちのテリトリー内にある南南西の森でまたあなた方が狩りをし、それを発見したルルラーとの間で起きた衝突でけが人が出た件について、どう責任を取るおつもりですか?」

『責任? はは、ひどい言いがかりだなあ。冗談きついよ。すごくね』

 

 紫のチョゴリの上に薄紫のベストを着たクォンはにやにや笑い、冷ややかなルルフと真っ赤な顔で鼻の穴を膨らませる北倉を一瞥してから切り返した。

 

『――あの辺りは、元々ボクらの狩り場だったんだ。勝手に自分たちのものにしないでもらいたいね。まったく、ずうずうしい』

「貴ッ様ァァッッ! ふざけたことをォォッッッッ!」

「ロベー、お座り」

「はッ、はいッッ、ルルりんッッッ!」

 

 テーブルを叩いて立ち上がった北倉を座らせると、ツインテールの天使はレーストリムグローブをはめた左手で胸元にかかるブロンドを軽くいじり、身を乗り出してシロップドバドバ的な甘ったるい声を出した。

 

「意地悪しないで下さいよ~ 族長さ~ん。 ハーモニーと戦う仲間同士、仲良くしましょうよ~ ねぇ~?」

『キミの言う通りだね、高峰リーダー。つまらない縄張り争いは、ボクとしても本意じゃない。どこまでがどっちなんてケチなことは言わず、仲良くやろうじゃないか』

「クォン族長! ルルりんは、テリトリーを荒らすなと言ってるんです!」

『鎌田君、それじゃまた振り出しだよ。らちが明かないから、この件は棚上げにしておこう。それとも、これを理由に同盟を解消するかい? それは、決して賢い選択じゃないと思うけどなあ。キミらにとって』

「それは、そちらも同じじゃないんですか? コリア・トンジョクだけで、佐伯率いるハーモニーに対抗できると考えている訳じゃないでしょう?」

『まさか。オートマトンを購入して頭数を増やしたとはいえ、ボクらだけじゃとてもかなわないさ。だけど、うちは少人数な分、身軽だからね。いざとなったら拠点を引き払って身を隠し、しぶとく戦うよ。だけど、キミらはそうもいかないだろう? 白ピラミッドをイジゲンポケットにしまって逃げるとしても、玉石混合のメンバー百数十人を連れて目立たず移動するのは難しいだろうからね。ハーモニー軍の攻撃を受け、追撃されてボロボロになるのが目に見えるよ』

「この野郎ォッッ! バカにしやがってェッッッ!」

 

 噴火して立ち上がる北倉を目の端にとらえ、ルルフは結んだ赤い唇の裏でギリと歯をかみ締めた。カリスマレベルアップに比例して魅力は高まっていたものの、まだクォンを操れる域ではなかった。

 

「……ロベー、お座り。――クォン族長、ルルとしてもせっかくの同盟を壊したくはありませんから、この問題は取りあえず脇に置いておきます。だけど、いずれ必ず決着はつけますからね」

『怖いなあ。ふふ……ところで話は変わるけど、斯波ユキトの行方について、そちらで何かつかんでいないかい? ステルス・モードにしているみたいでどこにいるのか分からないし、コネクトにも応答しないんだけどさ』

「知りませーん。断っておきますけど、ユッキーはうちのメンバーですからね」

『大きな戦力になるからこだわるのは分かるけど、どこにくみするかは彼が決めること。個人の意思を尊重しないとね』

「ユッキーが、コリア・トンジョクの仲間になると?」

『さあ? ま、まずは彼を見つけないとね。では、話も済んだことだし、今夜はこれで失礼するよ。――』