REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Epilogue 嵐の後

 ――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。『666トリプルシックス』――昨年9月19日、一斉に行方不明になった若者たちがワールド・ジャパンエリアのあちこちに現れ、ワールド・ポリスに保護されているということです。繰り返します。――

 

 『HOTEL Brave New World』――銀の弓張り月と星々が彩る宵にきらめく文字……迎えられたユキトは、王宮のそれと見まごう優雅なエントランスを前に瞬きし、隣に立つジョンナに視線を転じた。

 

「……いいんだよな、ここで?」

「招待メールに記載されていたリンクを踏んで来たのよ。主催者にも確認したじゃないの」

「そうだけどさ、実際に目の前にすると圧倒されるな」

「ほら、いつまでも立っていないで行きましょう」

 

 促され、下ろし立ての革靴を進める。ユキトは黒のスーツにシルバーのネクタイをきっちり締め、ジョンナはミディアムの黒髪と調和したネイビーのワンピースにシフォンを合わせ、ベージュのエナメルパンプスでまとめている。左右に開いて迎え入れる自動ドアから大広間のようなエントランスホールに足を踏み入れた2人はカウンターに近付き、緊張した面持ちのユキトがフロントクラークに尋ねる。

 

「あの、OCC主催の出版記念パーティ会場は、このホテルで間違いないですよね?」

「はい」

 

 ぴっちりとしたスーツ姿の若い男性ALはにこやかに答え、ユキトたちの前に館内マップが映る3Dスクリーンを表示させ、ルートを示して丁寧に説明した。

 

「当ホテル3階のホール『ローズ』で19時より予定されております。マップデータをお送り致しますので直接ジャンプなさるか、あちらのエレベーターからお上がり下さい」

「ありがとう」

 

 礼を言ってカウンターから離れたユキトは時計アプリを起動させ、受け付け開始時刻にまだ少し早いのでトばずに行くことにし、人影まばらなフロアをジョンナと並んで歩いた。

 

「早めに来たけど、もう誰かいるかしら?」

「ジョアンはもういるだろ。主催者だし。主役のエリーも来てるんじゃないかな」

「服役中のメンバー以外全員に招待メールを送っているのよね? どれくらいの人が出席するでしょうね?」

「ジョアン情報だと、けっこういるらしい。リアルボディがダメになってリアル復活できなかったメンバーに配慮してワールドでの開催にしたんだから、その気があればトんで来れるはずさ」

「どうする? もし後藤アンジェラが来たら?」

「来ないよ。もし来ても、どうするつもりもない。あの人は、あの人なりにうれいて行動したんだ。独善的過ぎるけどね」

「冷静ね。私は手を出さずにいられるか分からないけど」

「やめときなよ。殺人未遂と教唆きょうさで起訴された自分を自分で弁護して執行猶予をもぎ取り、かつての部下の裁判にも出廷して検事をやり込めるようなやり手だよ? 復学した大学に通いながらメディア活動している相手にうかつなことはしない方がいい」

「何よ、ずいぶんおとなしいわね」

「無闇にけんかすべきじゃないってことだよ。その代わり、やらなきゃいけないときはとことんやるつもりさ」

「ふふ、あなたらしいわ。それにしても、強制転送されてから1年半……早いものね」

「うん。テンペスト2.0に閉じ込められていたときもそうだけど、こっちに戻ってからも嵐のような日々だったよな。警察の事情聴取、アストラルのダメージプラス1年くらい寝たきりだったリアルボディのリハビリ、裁判に証人としてたびたび呼ばれて……」

 

 帰還した『666』の口から語られた事実……それは事件の背後にあったワールド・ビジネス界と政財界の癒着を暴いて多数の逮捕者を出すセンセーショナルな大事件に発展し、同時に『666』の中からも暴行や殺人罪で起訴される者を多数出すことになった。ユキトたちはそれら一連の裁判――いわゆる『テンペスト裁判』に証人として何度も出廷していた。

 

「――ワールドで開廷されるから移動はWT‐Driveを装着してトぶだけだけど、裁判にはけっこう時間取られるよな。受験勉強とか〈ERISAエリサ〉の活動とかもあって、てんてこ舞いだよ」

「そうね。でも裁判はほとんど終わったし、ALを奴隷化し続けるために事件を無理矢理風化させようとしたワールド・ビジネス界、ロビー活動を受けて大手メディアに圧力をかけた政財界の方は特捜部が追い詰めているから、呼ばれることはそうないんじゃないかしら」

 

 話しながらエレベーターに乗り、3階に着いた2人は館内マップを頼りに歩き、『TEM†PEST出版記念プライベートパーティ会場』と表示された案内板に目をとめ、外側に開け放たれた扉脇の受付に座るスーツ姿の女性スタッフにテーブル越しに声をかけた。

 

「すみません、僕たち招待されているんですが」

「お待ちしておりました」

 

 落ち着きある微笑みをたたえた20代後半と見える受付の女性――ALは髪を後ろで上品にまとめた頭を下げ、来賓らいひんを澄んだ瞳に映した。

 

「では、本人確認の手続きを取らせていただきます。アストラルはノーマルでしょうか?」

「はい。僕らのアストラルはノーマル――デザってはいません」

「ありがとうございます。それでは認証を開始致します」

 

 ユキトとジョンナの体――アストラルがスキャンされて本人確認及び参加者リストへの照会が無事済むと、受付の女性ALの目が明るさを増し、飛び立つようにイスから立ち上がってかしこまった。

 

「やはりELISA代表の斯波ユキト様と副代表のトゥ・ジョンナ様ですね? お会いできて光栄です」

「そんなにかしこまらないで下さい。――ねぇ、ユキト?」

 

 ユキトは笑顔で首肯し、恐縮する女性スタッフを座らせた。2人が中心になって立ち上げたコミュニティ『ELISA』は実質的に奴隷扱いされてきたALの地位向上のために活動しており、少しずつ潮流を作り始めていた。

 

「本当に感激です。私でお役に立てることはありませんか?」

「ありがとうございます」ユキトは謙虚に頭を下げた。「ELISAは誰でも大歓迎です。いつでも遊びに来て下さい」

 

 ユキトとジョンナはそれぞれ女性スタッフと握手をし、開け放たれた扉からホール・ローズに入った。中は舞踏会場並みに広々としていて、純白のテーブルクロスがかけられた円卓が今にもロンドを踊り出しそうな雰囲気で並び、ホテルスタッフが数名壁際に控えていたが、招待客の姿はまだほとんど無かった。

 

「あ、ジョアンだ」

「葉さんもいるわね」

 

 ユキトたちが円卓の間を縫って近付くと、壇前にいたジョアンとエリーも気付いて体を向け、笑顔で迎えた。

 

「やあ。earlyだな、ERISA代表&副代表」

 

 ブラックスーツにストライプの赤ネクタイを締めたジョアンが小麦色の右手で2人と握手をし、褐色の肌を引き立てるライトベージュの大人びたパーティドレスを着たエリーがしとやかに挨拶をする。

 

「ご出席ありがとうございます。斯波さん、ジョンナさん」

「葉さんがみんなに取材して書いた本の出版記念パーティですもの。来ない訳にはいかないわ」

「そうだよ。収益は全額新田さんたちのために寄付するんだってね」

「はい。アストラルに深刻なダメージを受けて障害が残った人たちの治療やリハビリ、在宅ケアのために役立ててもらいます。テンペストでお身内を亡くされた遺族の方々のためにも」

「立派だね。――それにしても、ずいぶんすごいところ借りたよな」

 

 ユキトはライトアップされた宮殿大広間のようなホールを見回して感嘆し、ジョアンに目をやった。

 

「さすがはシャルマ社長。OCC――『OVERCOME・CORPORATION』の代表取締役だな」

「やめろよ~ ボクたちの間でそんな呼び方ticklesじゃんか~」

 

 照れ、くすぐったそうに身をくねらせるジョアン。

 

「だけど大したものよ。起業してまだ間も無いのにメディアから引っ張りだこなんて」

「テンペスト特需ってヤツだよ。ま、注目されているうちにmake the flowってみるさ」

 

 ジョアンは、胸の前に力強く固めた右こぶしを挙げた。彼は差別や貧富の格差などの問題について講演会を開いたりメディアにコメンテーターとして出演したりしており、エリーの本のプロデュースもしていた。

 

「頑張ってるよな、2人とも。ところで高峰さんは? 来てないのか?」

「ああ、ルルりん? 本当に申し訳ないけど、受験の追い込みで寸暇すんかを惜しんでるからね。みんなによろしくって言ってたよ」

「看護師を目指しているのよね?」

「そう、将来は白衣のツインテールangelさ。――あ、見ろ、王生君が来たぞ」

 

 ジョアンがホールに入って来たユンを見つけ、右手をぶんぶん振って呼び寄せる。

 

「――よう、王生代表! How’s it going?」

「代表はやめて下さいよ」

 

 スーツが似合うようになったばかりのユンがはにかみ、輪に加わる。

 

「――いつも通り王生かユンでいいですから。――皆さん、早いですね。――葉さん、おめでとうございます」

「ありがとうございます。王生さんも『우애ウエ』の活動、順調そうで何よりです」

「いえ、何しろぼくが未熟なので斯波さんたちに教わることが多くて、いつも迷惑かけてばかりですよ」

「そんなことないよ」

 

 ユキトは隣に立つ少年の肩に右手をかけた。

 

「――差別の無い社会を目指す頑張りは僕たちも見習っているんだ。ERISAと우애は協力関係、メンバーもほとんど重複しているんだから、これからもよろしく頼むよ」

「はい、ありがとうございます」

「おい、ユキト。OCCもdon’t forgetだぞ」

「忘れはしないわよ。OCCは大事なスポンサーだもの」

「はは……しっかりしてるな、ジョンナ」

 

 苦笑いするジョアンにつられ、笑いの花輪ができる。

 

「それにしても……」エリーがしみじみ言う。「テンペスト2.0から解き放たれて半年、状況は大きく変わりましたね。――王生さん、クォンさんはお元気ですか?」

「定期的に面会しているけど、葉さんが取材で会ったときと変わってないよ。ワールドに新設された少年刑務所で真面目に刑期を務めようとしている。そうでなければ、キムさんたちを殺害したって自首したりしないよね」

「あいつもreformった訳だ。そういや執行猶予になったシンは、こっそりERISAと우애に寄付してるんだって?」

「ああ、SRGで稼いだ仮想通貨を換金して寄付してくれてる。だけど、礼を言おうと連絡しても応答しないんだよな」

「はは、あいつらしいのかもな」

「だけど、リアル復活できなくてアストラルの余命もあとどれくらいか分からないのに……申し訳ないわね」

「……だから、前を向いて精一杯生きているんだと思います。それをジュリアちゃんも望んでいるって分かっているから……」

 

 瞳の潤みを瞬きで拭い、エリーはユキトに焦点を合わせて、幾分ためらいがちに問いかけた。

 

「……どうしているんでしょうね、篠沢さん……」

「……帰って来るよ、あいつは」

 

 彼方を想うように言い、ユキトはもう醜い腫瘍ではなくなった両手の平をじっと見つめた。

 

「……あのとき……テンペスト2.0が光に消えたとき、僕はあいつのぬくもりを感じた。あいつは生きている。だから、帰って来るって信じているんだ」

「きっと頭を冷やしているのよ」ジョンナが優しく触れるように言う。「そのときの熱情に流されるのではなく、冷静に考えて答えを出すには時間が必要だから」

「なるほど」腕組みする、訳知り顔のジョアン。「もう一度ユキトの前に現れるには、それなりの覚悟が必要か。ジョンナもいるし」

「それもあるでしょうね」

 

 さらっと返して微笑むジョンナ。それを見たユンはユキトに『何だか大変なことになりそうですね……』とでも言いたげなまなざしをそっと送った。

 

「はは……――あ、ミリーたちだ。みんな、どんどん来るぞ」

 

 定刻が近付くほどホールに続々入って来る友人知人と挨拶をし、握手をしたりハグしたりするユキトたち。それは同窓会さながらの様相を呈した。ホールに300人ほどが集まってざわめきが一段落ついた頃、目の前に表示されるデジタル時計をチェックしたジョアンはエリーに声をかけ、壇上を示した。

 

「そろそろ時間だ。スタンバろうか」

「は、はい」

 

 小さな目が緊張でぱっちり開かれ、結ばれる唇に合わせて顔が引き締まる。エリーは招待客たちの視線を集めながら壇上に上がり、マイクの前に立った。扉がスタッフの手で閉められ、ホール内が凪ぐ。銘々ドレスアップして凛々しく、華やかな立ち姿の若者たち……最前列中央の円卓を囲むユキトたちの注目を一身に浴びるエリーは背筋をしっかり伸ばし、落ち着いた声を響かせた。

 

『皆さん、こんばんは。本日はお忙しいところご出席いただき、ありがとうございます。皆さんのお元気な姿をこうして間近に見ることができて、とても嬉しく思います』

 

 言葉を区切ったエリーの胸の前に『TEM†PEST』と印刷されたハードカバー本がパッと出現し、褐色の両手にしっかとつかまれる。

 

『――今回上梓じょうししたのは、私たちの物語です。1年半前のあの日、私たちは突然見知らぬゲーム・ゾーンに強制転送され、流動する世界で様々な体験をしました。恐ろしいモンスターとの戦い、仲間との協力と分裂、そして友人の死……』

 

 エリーはTEM†PESTを両手で胸に抱き、かみ締めるように続けた。

 

『……振り返ってみると、つらいことの方が多かったように思います。でも、その大半は私たちの至らなさが招いたこと。そして、それらはこのリアルでも日々目にすることごとでもあります。――』

 

 そのとき、だった。後ろの扉が静かに開き、光る聖霊がホールの中へスウッと入って来た。驚き顔の若者たちの間を曙光しょこう色のパーティドレスの裾を揺らして歩いた少女は、ユンがスッと脇にどいて作ったスペース――自分を熱く見つめるユキトの右隣に収まった。

 

「……篠沢……!」

「……久しぶりだね、斯波」

 

 はにかんで言い、ユキトの左隣に立つジョンナと視線を交わし、微笑み合う紗季……思わぬ、そして待ち望んでいた仲間の帰還で静かに沸くホール。感極まって立ち尽くしていたエリーは紗季の光をはらんだブラウンの瞳に見つめられて我に返り、いっそう張りのある声で締めくくった。

 

『――私は自分が体験し、学んだことをたくさんの人に伝え、命が互いに尊重し合える世界に近付くためにこの物語を届けたいと思います。ご清聴ありがとうございました』――

Mov.70 心

 かつて噴き出たマグマが破竹はちくの勢いで山腹を侵し、麓まで版図を広げようとして果たせず冷え固まった黒岩の層……それは今や暴れ馬のように跳ね、時化しけのごとくうねる流動に盲従し、ライトンの光を供に空間の嵐と苦闘するユキトの足をはじき、滑り落とそうと血眼ちまなこになっていた。

 

「――ぜぇ、はぁ、――ぐゥッッ!」

 

 暴風と流動にあおられる体、両腕から爆裂する激痛――倒れ込んだユキトは溶岩流に両手の爪を食い込ませ、押し流そうとする激流に逆らった。

 

「……冗談……じゃない……あ、あと一息、なんだ……!」

 

 高熱で半ば朦朧とした意識に、もがくような山鳴りが響く。崩れかけた目を眉根でぎりぎり締め付け、まつ毛から滴る脂汗をごつい手の甲で拭って立ち上がり、光を帯びた両足で急斜面を踏み締めながら遡上そじょう……

 

(……空間震が刻一刻とひどくなっている……HALYの力が漏れ出しているんだ……!)

 

 激震に揺さぶられ、うねりにゆがめられてきしみ、少しずつ崩壊していく世界……デモン・カーズに骨の髄まで蝕まれている自分とどちらが早いのか――そんな考えを奥歯ですり潰してにらんだ3Dマップでは、間欠泉のごとく空間を噴き出して麓へ侵攻させるぼやけたカルデラが揺らめいており、直径1000メートル前後ある窪みの中央でモンスターを意味する赤い光点――通常のものより二回りほど大きい――が明滅していた。

 

「……待ってろ、篠沢……!」

 

 一歩――また一歩――流れ落ちる急斜面をひたすらのぼっていくと、やがてライトンの光の先にあふれ出る空間のゆがみが現れる。はやる心に急かされて流動にぶつかり、突破し続けてついに縁に立ったユキトは髪を炎のごとく吹き乱されながら波立つ闇に沈むカルデラを俯瞰した。

 

「……篠沢……」

 

 イジゲンポケットから現れた信号拳銃が右手に握られ、照明弾がカルデラ上空に発射される。流動に翻弄されて軌道をぐねぐね曲げながら飛んだ照明弾はひらめいて光を降らし、町がいくつか収まる広さの窪地が激浪にゆがむさまを照らす。ライトンを消したユキトはのめって斜面を下り、溶岩流を踏んでゆがみの源流へ足を速めた。

 

「……あれは……!」

 

 窪みの中央に近付く双眸が、流動の嵐のただ中に浮かぶ巨大な楕円体をとらえる。縦およそ15メートル、横は10メートル弱あるゆがみの塊――底が目の高さのそれに歩を進めると、塊が不意に形を崩して黒い輝きがはじけ、受難の象徴がおごそかに形作られる。

 

「――黒い、十字架……!」

 

 空間震が強まり、ふらつくユキトの足元で溶岩流が光のちりに変わり始め、対象を荘厳に映えさせる。無骨な神聖さを表すゴシック調の、黒光るラテン十字……縦のアームはユキトの身長の6倍強、横のアームは両手を広げた長さの約5倍、太さは広げた両手の肘を少し曲げた程度……そこから鈍色にびいろの装甲に覆われた上半身が生え、広げた両腕の先で鉄杭が手の平に突き刺さってはりつけにしている。フルフェイスヘルメットを装着したような頭部はうなだれ、のっぺりした面を崩れていく地面へ伏せていた。

 

「……これがディテオ……篠沢なのか?……――ッ!」

 

 両手を穿った左右の鉄杭が発光し、その周囲に縁を重ねながら複数浮かび上がる径1メートルほどの結晶然とした文様――暗く光る魔方円から一斉にビームが放たれる。光の筋は横に跳んで転がるユキトを追ってギュンッッと曲がり、バリアをかすめて溶岩流を吹き飛ばし、黒い礫をばらばら降らせた。

 

「――篠沢なんだろ? 話があるん――」

 

 浮遊する十字架が呼びかけの方にクルッと向きを変え、上下左右にぎょろぎょろ動く魔方円が問答無用で狙い撃つ。

 

「――ぐうッッ!」

 

 バリアを強めて胸でクロスした腕にビームが集中、爆発し、流動にもまれながら吹っ飛んだユキトは粒子化する溶岩流のさざ波を削りながら転がった。そして、跳ね起きて上げた目に上空の十字が飛び込み、ビームの集中豪雨が爆炎の荒海に沈める。

 

「――モ、モンスター化して、心を、な、無くしたのか? それとも、HALYに、い、意識を、乗っ取られたッ?――」

 

 光を懸命に燃え上がらせ、じゅうたん爆撃さながらの攻撃に耐え――不意に生じた空隙に仰いだターゲットめがけて黒十字が急降下し、えぐれた溶岩流に突き立って激震を起こす。紙一重で飛びすさったユキトは反射的に右こぶしを引き絞り、躍動する地を蹴ろうとしてローファーをガッとめり込ませた。

 

「……そうか……」

 

 踏みとどまり、乱れ揺らめく空間を貫くまなざしが地上すれすれに浮かぶディテオをとらえる。光り燃える左右のこぶしを下げ、真っ直ぐ向き合った少年は、魔方円をいくつも重ね、無秩序に並べて構築される壁に確信を撃ち込んだ。

 

「……そうやって僕に討たせようとしているのか?……そうなんだろ、篠沢?」

 

 発光する魔方円から数十条のビームが襲いかかり、近付こうとする歩みを爆発の連続が拒む。

 

「――そ、そんなことをしたってェッ!」

 

 輝く両こぶしが燃え上がり、ブレイキング・バッシュの猛攻が横殴りの熱線雨に突貫する。爆発を突破し続けて間合いを詰めたユキトは上昇しようとするディテオに跳び、黒光る十字架の下部にしがみついた。

 

「――つかまえたぞッ!」

 

 振り落とそうと振り子のように揺れながら高度を上げる黒十字――だが、赤黒い爪を食い込ませ、靴底を引っかけてよじのぼるユキトは十字架から生える鈍色の装甲体に達し、肥大した腕を後ろに回して腹部に取りついた。

 

「そんな姿でだまそうったってダメだ! 見え見えなんだよッ!」

 

 空間が乱流する百数十メートル上空で燃え輝く命――その背後に回った魔方円のビームがワイシャツを焼き散らし、むき出しの黒い背中に爆発の華を咲かせる。

 

「……ぐ……お、追い詰めてるつもりかよ……!」

 

 執拗な攻撃にかすれ、飛び散りそうになる意識を必死に抑えて――内部からはデモン・カーズ、外からはビームを絶え間無く浴びて滅びていく恐怖に焼かれながらユキトはうなだれた凹凸のない顔を見上げ、コネクトを起動させると激動する空間の咆哮に叫びのカウンターを叩き込んだ。

 

「……僕だって死にたくなんかない! こんな苦しみから逃れたいと思うよ! みんなの中にも家族や友人のところに帰りたいとか、戻ってかなえたい夢があるって人がいるのは分かってる! だ、だけど――」

 

 硬い皮膚が焼け焦げ、ただれた背中が爆発のたびに血肉を飛び散らせる。窮地に追い込まれて途切れた声は、あえぎながら息を吸い込んだ胸から再び、狂おしい切望となって噴き出した。

 

「……だけど、僕にはできない! ALだろうと何だろうと、命は命じゃないか! それをいけにえにして得た救いなんて、呪われているとしか思えないッ! 自分が空っぽだなんて言うなよ! お前には僕たちと生きた月日があるじゃないか! 僕を何度も助けてくれた心があるじゃないかッ! だから、僕はお前を含めたみんなで生きていきたい! 残された時間を一緒に過ごしたいんだ! お前は大切な仲間だからッ!――そうだろ、みんなッッ!」

 

 嵐の空に、そしてコネクトを通じてとどろく魂の雷鳴――それはカルデラ上空の輝きを見上げるずたぼろの若者たちに、ルルフに寄り添うジョアン、深手を負った体を引きずって山を登るジョンナ、カルデラの縁に身を潜めて漁夫の利を狙っていた後藤に響き渡った。

 

『そうです、篠沢さんッ!』

 

 キャンプに残ったエリーが一番にレスポンスし、ユキトの意思でディテオ側を向いたウインドウから呼びかける。

 

『――新田さんも帰って来て欲しいって思っています! だから、お願いですッ!』

『サキッ!』

 

 ユキトの脇でウインドウがワイドになり、ジョアンが左右二分割画面でエリーと並ぶ。

 

『――come back! ボクたち、待っているんだぞ!』

『篠沢さん』

 

 左手で黒髪を押さえるジョンナが、さらにウインドウを広げる。

 

『――勝手に退場なんて許さないわよ。戻って私に今までのことをちゃんと謝らせて』

『皆さんの言う通りですッ!』

 

 ユンの声が激流のうなりを吹き飛ばす。ミリセントや阿須見たち、叫びに賛同する者たちを加えて拡大していくウインドウはユキトの輝きと光を一つにしてディテオを強く、強く照らした。

 

「お前にも聞こえているんだろ、HALYッ! 確かに僕たちはたくさん過ちを犯してしまった。だけど、希望はある……間違いを改めながら人はより良く変わっていけるんだ! それをもう少し信じてくれッ!」

 

 滅びていくユキトは這い上がってディテオの首に両手を回し、強く抱き締めて鈍色の装甲に思いを響かせた。

 

「生きよう、一緒に……!――」

 

 その刹那、磔者と黒い十字架がすさまじい光をほとばしらせ、星が爆発したかのような衝撃と輝きの怒涛がすべてを一瞬のうちに飲み込み、跡形も無く――

Mov.69 彼岸から(3)

 ……であわなければよかったんだ……

 

 ……オレさえいなければ、おまえはあんなめにあわなかった……いろんなヤツがひどいめにあうことも……オレはクズだ……どうしようもないクソゴミなんだ……

 

 ……やめろよ……じぶんでよくわかってるんだから……こころにもないこというなよ……

 

 ……どうしてだよ……どうしてそんなにやさしくするんだよ、オレなんかに……

 

 意識を揺り戻され、シンは微かに上がったまぶたの隙間から闇の波濤はとうをうつろに映した。投げ出された四肢や頭に当たる岩の感じから仰向けの体は窪みに引っかかっているようで、存在の重みで減速した流動に引きずられて頭側から少しずつ流れ下っている。溶岩流が薄いバリア越しに背中をゴリゴリこするたび、岩肌にめり込みそうなほど重い全身が激痛でひび割れたが、闘いで負った傷の痛みはなぜかそこに混じっていなかった。

 

(……オレは、スペシャル・スキルをぶっぱなして……あいつが、ふたつのこぶしで……)

 

 だんだんとまぶたが上がったシンは、いつになく広く、明瞭に見えることに気付き、滅びの痛みで半ば麻痺した右手をぎこちなく顔へ動かした。

 

(……デスマスクが……)

 

 肌に伝わる、ごつごつした指と手の平の感触……傷だらけの赤い仮面は、もうそこには無かった。

 脳裏をよぎったジュリアが狂気にひびを入れ、ファイナル・デストロイ・ブーケを打ち破った二重のブレイキング・ソウルが砕き散らして――

 仰向けに倒れ、流れながら意識を失っていくときユキトにギガポーションをかけられたことを思い出したシンは流動に揺られながら息を吸い、それが胸に深く染み込んでいくのを感じた。

 

「……いきろってのか、オレに……」

 

 不意に涙があふれ、闇をぼやけさせて目尻から流れ落ちる。シンは震えながら空へ伸ばした両手を顔の上で重ね、愛しい少女の名を抱き締めるように呼んだ。

Mov.69 彼岸から(2)

 燃え輝く星と星が幾度も衝突し、荒れ狂う宇宙を激動させるように――

 膨れたこぶしとこぶしがぶつかり合い、黒い肌、醜い腫瘍に炸裂する闘争――溶岩流を削って駆け、空間の嵐に躍る魔人対魔人の死闘は、舞台になっているゲヘンナ火山頂付近を吹き飛ばさんばかりの、さながら神話上の戦いといった壮絶さを世界に見せつけていた。

 

「――こんなモンか、クソがァァァ!」

「――ぐうぅッ!――」

 

 巨大なこぶしがストレートパンチをはじき、ぼろ布に変わり果てたワイシャツからのぞく黒い胸を直撃――もんどり打って溶岩流をえぐりながら転げ、嵐に飛ばされて滑落するユキトは両手の爪を流れに突き立てて減速させ、やっとのことで止めると疲弊した体に鞭打って前のめりに立ち上がり、ぼさぼさ髪を暴風で逆立てながら斜面を駆けのぼった。

 

「――シツけーんだよ……さっさとクタバりやがれェッッ!」

「――そうはいくかッッ!」

 

 待ち構えるシンの上半身から百を超えるホーミング・ミサイルが斉射され、ユキトの両こぶしが光を燃え上がらせると、太陽が砕けたような爆炎が数瞬宵闇を焼き払って一帯を赤々と照らし、天衝く山に激震を走らせる。

 

「――うおおおおおおおおおおッッッッ!」

「――ガアアアアアアアアァッッッッ!」

 

 爆炎を突き抜けたユキトの右こぶし――ブレイキング・ソウルが黒く燃える巨拳と激突して空間を狂震させ、せめぎ合う両者をはじき飛ばして隔てる。

 

「……あいつ、このままだとぶっ壊れる……!」

 

 もだえるように荒れる上流をにらむユキト。その視界が陰ってゆがみ、闇のうねりに飲まれそうになる。

 バーストがデモン・カーズを促進し、アストラルの崩壊が進んでいる――

 両こぶしをきつく固めて胸の前に上げ、ユキトは眉間をかなめに顔のしわを刻み、かみ締める歯をきしらせてばらばらに崩れそうな体を懸命に支えた。火あぶりにされているような灼熱――骨を砕き、肉と内臓を破裂させるような激痛――この滅びの苦しみにさいなまれているのはシンも同じ――自暴自棄にバーストしている分、ずっと過酷なはずだった。

 

「――もうやめてくれッ!」

 

 痛切な願いを込め、ユキトは見るも無残な仮面に叫びをぶつけた。

 

「――そんなお前を見てジュリアはどう思うんだよ! 喜ぶのかよォッ!」

「――ゥるッッせえェェエッッッッッッ――――――――――!」

 

 突き出された両腕が身長の3倍強伸びて膨れ、ビームキャノンの砲身から盛り上がる破壊兵器の数々が周りをクレイジーに飾り立てる。さらに胸、腹部と背中の腫瘍から隆起するホーミング・ミサイルが流動の嵐に突き刺さる。

 

「――きえやがれエエェッッッ! ナニもかもオオオォォッッッ!――」

 

 発動する〈ファイナル・デストロイ・ブーケ〉――発狂して襲いかかるビームと砲弾、ミサイルに立ち向かい、ユキトは己を爆発的に輝かせて左右のこぶしを繰り出した――

Mov.69 彼岸から(1)

 魔物の胃壁然とした暗雲を、ただれ、いびつに膨れた感の溶岩流を半狂乱に波立たせ、世界をきしませる激震――苦悶に似た地鳴りに爆発のビートが連続し、空間のうねりでゆがみ、暴風に引き千切られる爆炎が闇から次々噴き出して急斜面を頂の方へと移動していく。

 

「――しッねェェッッ!――」

 

 傷だらけの赤仮面が絶叫し、連射されるグレネードが空間の激流を遡るユキトを斜め後ろからかすめ、バリアに炸裂する。

 

「――もうやめろッ! そんなことしてたら持たないぞッ!」

「るせェェェ――――ッッッ!」

 

 ガトリング・グレネードランチャーの右腕がビームキャノンに変わり、噴き出した赤い奔流がバリアを強めた左腕にぶつかって血しぶきのごとく飛び散る。

 

「――こっのォッ!」

 

 ビームの衝撃でよろけた体を瞬時に立て直し、光たぎる右こぶしをリロードして飛び出すと、グレネードの群れが凶暴に迎え撃つ。

 

 ――ブレイキングッ、バッシュッッ!――

 

 光燃えるこぶしの連打が生む、爆発の幕――突き抜けてユキトは間合いに飛び込み、燦然と輝くストレートを真正面からレッドデスマスクにぶちかました。

 

「――ぐがぅああァッッ!」

 

 砲撃を超える破壊力によろめき、足を窪みに取られて転がったシンは左手の赤黒い爪を岩肌に突き立てて滑落を止め、立ち上がると元に戻した右手で仮面をさすり、岩石をすり潰すような歯ぎしりを漏らした。

 

「……ブレイキング・ソウルを叩き込んだのに……」

 

 こぶしを作る右手の指がもぞと動き、硬く膨れた皮膚がこすれ合う。脂汗まみれの眉根のしわを深めたユキトは斜め下十数メートルにかすみがちな目を凝らし、鬼火を思わせる光を発していっそう濃くなる影と赤い呪いをはっきりとらえようとした。鼓動が爆ぜ続け、焼けるように熱い全身が絶え間ない疼痛とともに少しずつ滅びていく。

 

(……まだだ……! 篠沢のところに着くまではッ……!)

「――しッねェェッッ!」

 

 両腕を爆発的に膨張させ、シンがのめったとき――その右斜め後ろ、斜面下の闇をトルネード状のエネルギー波が突き破り、溶岩流を削りながら獲物に食らいついて五体をねじ切り、ばらばらにしようとする。20メートルほど離れたその源では、突き出されたドッペルアドラーがすさまじい渦に翻弄されまいとしながら震え、スペシャル・スキル〈メイルストロム〉に全力を注ぐぼろぼろの韓服姿があった。

 

「――こいつはミサイルの礼だ! 厄介な狂犬め! ここで始末してやるッ!」

「――うおォォォアアアアアアッッッッッッ――――――――――!」

 

 腫瘍体が燃え輝き、筋肉肥大した両腕がくねるトルネードを左右に引き裂く。飛び散るエネルギーが暴風を狂わせ、岩肌の激浪を砕き散らして空間をえぐる。

 

「――うッッ!」

 

 手綱を切られたようによろけるクォンにフルメタルジャケット弾が浴びせられ、ガトリングガンに変わった右腕が高速回転して薬莢を吐き続ける。止めようとするユキトを背中から発射したホーミング・ミサイルで吹き飛ばしたシンはクォンの懐に躍り込んで岩塊のような左こぶしで殴りつけ、揺らいだバリアにガトリングガンを突っ込んで高速回転させた。

 

「――ぐゴッ、ぅぶオオッッ!」

 

 腹部から火花と血しぶきを飛散させるクォン――その左腕が上がり、指先からミストが噴き出たが、レッドデスマスクに取り憑かれたシンには目くらましにしかならなかった。それでも回転速度が落ちた僅かな隙に斜面を転がって銃撃から逃れたクォンは、跳ね起きたところで暴風に吹き散らされるミストから現れたビームキャノンにロックオンされた。

 

「――ッ!」

「しッね――」

 

 言い切る前に炸裂したグレネードが砲身を横にぐらつかせ、それたビームが闇の濁流に吸い込まれた数瞬後に爆炎を噴く。僅かによろめいたシンは、斜面下からグレネードを連射して果敢に駆け上がって来るユン・ハジン――王生雅哉の勢いに押されて頂の方へ後退し、ミサイル攻撃から立ち直ったユキトを加えて二方向からけん制された。

 

「はぁ、はぁ……斯波さん、クォンさん……!」

「王生君!」

「……お前……!」

「下がって、クォンさん!」

 

 イジゲンポケットにしまったグレネードランチャーの代わりに両刃直剣――近肖古を握り、ユンはクォンの前に素早く移動した。ベストとパジチョゴリがずたぼろ、全身創傷だらけにもかかわらず自分を切り捨てた者の盾になる姿にクォンは動揺し、同時に辱められたように感じて激高した。

 

「――何のつもりだッ!」

 

 幾重にも切り裂かれた背中に怒声を叩きつけ、肩にぶつかって脇によろめかせたクォンがぐちゃぐちゃの腹から血をあふれさせながらシンに突撃、ドッペルアドラーの穂先からエネルギーを渦巻かせる。再び襲いかかるメイルストロム――だが、それは巨腕にあえなくぶち破られ、飛び出した影の膨れた右こぶしが空間の流れをゆがめながらクォンの顔面に激突、砕けた鼻から血を飛ばしてのけぞる前でレールガンに形を変える。

 

「――やめろォッ!」

 

 ユンがクォンの脇から突きかかり、刃がバリアにはじかれて横にそれる。しかし、その勢いのまま食らわせた体当たりが腫瘍の体をぐらつかせ、呪いの仮面から激情をほとばしらせる。

 

「――クッソがァァァァッッ!」

 

 カーゴパンツの裂け目から出た右膝がユンの腹部にめり込み、続いて電流走るレールガンから撃ち出された砲弾がみぞおちを直撃――吹っ飛んだユンは溶岩流に頭から突っ込んで斜面を斜めに削り、勢いが鈍ると流動に飲まれて転がり、闇へと滑落した。

 

「王生君ッ!――シンッッ!」

 

 流動を蹴散らして跳ぶユキトのブレイキング・ソウルが巨腕に戻った右腕にはじかれ、衝撃が空間を砕き散らす。猛る光を闇のうねりに躍らせ、ラッシュし合う二つの魂――その激闘から数十メートル下まで落ちていたクォンは頭を振ってめまいを払い、腹から血を滴らせつつ起き上がると、砕けた鼻から流れ出る血を左手の甲で拭った。そしてよろよろ立ち上がり、右手に握るドッペルアドラーをトレッキングポール代わりに突いて流動の急流を下り、起動させたライトンの光をあちこち動かした。

 

「……!」

 

 醜く波打つ溶岩流の窪みに引っかかった赤いぼろ雑巾――死にかけた昆虫の動きでうつ伏せから体を起こそうともがくそれを照らして一歩一歩下ったクォンは、重傷を負ったユンを忌々しげに見下ろした。

 

「……ふん、しぶといガキめ。こっちがもたついてる間にのぼってきやがって……!」

「……すみ……ま……せん……」

 

 どうにか起き上がったユンの上半身は、ベストとチョゴリがべろりとむけた皮膚のように垂れ下がり、みぞおちがえぐれ、血でひどく汚れた傷だらけの肌をあらわにしていた。そのままへたり込んだ少年を避けて空間が流れ、溶岩流が闇に飲まれていく。両名のはるか上方では、雷神同士が激闘を繰り広げているような閃光ととどろきの狂乱が一帯を震撼させていた。

 

「……ボクにあんなことされたくせに……どういうつもりだ?」

「……クォンさんの言う通りです……」

「あん?」

「ぼくらは仲間なんかじゃなかった……あなたがキムさんたちにひどい目に遭わされているのを傍観して、それをきちんと謝りもせずうやむやにしてきたぼくら……ぼくは……本当に、すみませんでした……」

 

 深々と垂れる頭にクォンはドッペルアドラーを握った右手を胸の前に動かし、左の口角を鈍くつり上げた。

 

「……北韓を憐れんでの償いか。ありがたいことだね。感激だ」

「……もうやめて下さい」顔を上げ、曇った瞳を真っ直ぐ見つめるユン。「こんなことしてたって救われませんよ……」

 

 眉間の溝が揺れ、みじめなまでのダメージをさらす紫の韓服姿が斜になる。つかの間黙り込んだクォンはドッペルアドラーを消した右手にメガポーションを出現させ、横目でユンを一瞥して膝元に放った。

 

「……恩を着せられたままってのは嫌いなんでね。あいにくギガは使い切ってしまったし 追加購入するだけの手持ちも無いんだ。それで勘弁しろ」

「何言ってるんですか! クォンさんだってひどいダメージを受けているじゃないですか。自分で使って下さいよ」

「ふん、この程度の傷、わざわざ治すまでもない。そのうち勝手に塞がるさ」

 

 鼻を鳴らしたクォンは腹を左手で隠して溶岩流を踏み、淡々と山を下り始めた。

 

「……どこへ行くんです?」

「残念だが、どうやらここから上はレベルが違うらしい。付け入る隙さえ無さそうだからな。つまり引き時ってことさ」

 

 クォンはライトンを消灯させ、震える闇のうねりに姿を消した。それを見送ったユンの膝元では、流動にたゆたう銀の瓶が静かにきらめいていた。