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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.65 真ヤマトに咲く華

 ――私、後藤アンジェラは、僭越ながら佐伯軍将の遺志を継ぎ、真ヤマト軍のリーダーに就任させていただく決意を固めました。

 私たちは矢萩一派のようなヤマトの奇形をのさばらせたことで多くの人々を苦しめ、心ある同志たちが犠牲になるのを許してしまいました。その罪を償い、佐伯軍将の理想にのっとって人々を高みに導くために尽力する責任が私たちにはあります。

 ヤマトは、最も優秀な資質を持つ人種。私は、私に流れるヤマトの血に授かった力を振るって粉骨砕身自らの務めを果たす所存しょぞんです。佐伯軍将の無念を晴らし、佐伯軍将が目指していた社会を実現するため、どうか皆さんの優れた力を貸して下さい。

 

 コネクトが更新され、夜陰に紛れて偵察に出ているオートマトンからのメッセージがタイムライン上に追加される。それをチェックすると、梶浦翔一は抑圧に抗ううなりのごとき地鳴りが響く中、斜め前の上座に端然と座を占める後藤に顔を向け、隣席の加井やテーブルを挟んで着席している村上、松川にも聞こえるように報告した。

 

「今のところ他勢力に目立った動きはありません、後藤リーダー」

「ありがとう、梶浦大佐」

 

 涼やかな声に梶浦は軽く頭を下げ、身を乗り出して手を伸ばせば届く距離にいる女上司の斜め顔にこっそり見惚れた。メタルフレームが黒くきらめくスタイリッシュなメガネ――その奥からプレハブの本部事務所のドアを貫いて彼方を見つめるようなまなざし、孤高な独立峰然とした鼻、ザクロ色の唇と磨き上げられた肌、隙なく引き締まったフェイスと軍トップを意味する桜花が三つ重厚に光る襟章が付いた襟に収まる首のライン……シルバーのヘアリングでまとめたシックな色艶の赤毛を左の肩章から白軍服の胸に流し、長テーブルの上にきめ細やかな手の指を組み合わせて置くその凛とした姿は、オルレアンの乙女をしのぐ荘厳な美と勇ましさを感じさせた。

 

「じれったいですね……」

 

 村上薫が腕組みをし、猫目の間にしわを寄せる。

 

「――この数日ずっとにらみ合い。こっちは準備万端だってのに」

「慌てることはないわ、村上中佐」

 

 後藤は唇の端を僅かに緩め、村上、それからテーブル上に腕を乗せてやや身を乗り出した松川、反対側でメガネレンズをキラッとさせる梶浦、緊張して肩に力が入ったゴリラ顔の加井等幹部4名を順々に見てから難解な方程式を説明する口ぶりで言った。

 

「こう着状態は、じきに崩れます。私たちはその乱れを突いて頂を目指せばいいのです。時が来たら、皆さんにはヤマト再興のため存分に働いてもらいます。期待していますよ」

 

 梶浦たちは背筋を伸ばして胸を張り、熱がこもるまなざしを返した。ユキトたちからコネクトで知らされた佐伯戦死の報――消滅したと思っていた佐伯が姿を現し、死闘の末、矢萩のウルトラオーブを砕いて息絶えた一部始終――で動揺するヤマトメンバーに佐伯の無念を晴らすというスローガンを掲げ、大多数の指示を得て立ち上げた真ヤマト軍のトップに収まった後藤アンジェラ。ミックスでありながらそれができた――もっとも、一部の者は従うのをよしとせずに〈ヤマト血聖団けつせいだん〉を結成してたもとを分かっていたが――のは、単身しんがりを務めてハーモニー再生同盟の大軍と渡り合うといった華々しい戦歴……彼女いわく『ヤマト魂のたまもの』ゆえである。

 

「お任せ下さい、後藤リーダーっ!」こぶしで胸を威勢良く叩く松川。「もう矢萩一派のような面汚しどもは1人としていないんです! 真ヤマト軍に籍を置くのは、まさに真のヤマトだけなのですから!」

「ええ、そうですね」

 

 後藤は手首を動かし、組まれた指をテーブルから少し持ち上げた。矢萩の死亡は確認できてはいなかったが、ウルトラオーブを破壊され、ひん死の状態で逃亡したことからすれば死んだも同然と言ってよく、側近の三人衆は、封印の手錠でバリアを封じられていた入谷がヤマト王城崩壊に巻き込まれ、同盟軍の捕虜になっていた真木はディテオ再出現後の混乱に紛れて誅殺、旗色が悪くなるや決戦の場から逃亡した中塚はかつての仲間に保護を求めてきたところを捕らえられて『始末』されており、その他矢萩一派に与した者たちもそれ相応の報いを受けていた。

 

「ですが、このゾーンには害虫がまだたくさん跳ね回っています」

 

 後藤は浮かせていた指をテーブルに置き、弓なりのまつ毛を瞳の深淵にかぶせた。

 

「――野心家クォン・ギュンジとコリア・トンジョク、貪婪どんらん偽神ぎしん高峰ルルフと神聖ルルりんキングダム、そしてアナキスト集団〈アンチェイン〉、コミュニズムに憑かれた〈セルズ〉、リアル復活至上主義者たちの〈エクソダス・コンフリクト〉等々……斯波ユキトたち再生同盟の残滓はそうした輩の跳梁ちょうりょうに手を焼くばかり。しかし、私たちは違う。私たちは団結して頂に立ち、黒の十字架でこの世界を美しく新生させることができると信じています。この地にヤマトによる理想郷を打ち立てる――それこそが亡き佐伯軍将の悲願。それをともに果たしましょう」

 

 同根であるヤマト血聖団の批判を避け、静かに、熱く語る後藤の声が本部事務所に、梶浦たちに響いて熱情を高める。理想に燃え、闘志をたぎらせる幹部たちを黒メタルに囲まれたレンズに映して左目を微かに細めたとき、梶浦のコネクトが偵察に出しているオートマトンからの新たなメッセージ受信を知らせる。

 

「――う、動きましたッ!」

 

 梶浦がテーブルに両手を突き、打ち上げられたような勢いで立ち上がる。

 

「南西麓に布陣していた神聖ルルりんキングダム、山頂に向けて進軍を開始しましたッッ!」

 

 村上らがガタッと音を立ててイスから腰を浮かすのとは対照的に、後藤は落ち着き払って報告を受け止めた。

 

「……動き出したわね」

 

 冷めた微笑を浮かべ、組み合わせていた指を解いてスッと立ち上がった後藤は直立した梶浦たちを見、コネクトを起動させて呼び出した真ヤマト軍メンバーの顔がものの10秒と経たずウインドウにそろうのを待ってから右手を胸の前で水平に伸ばし、厳かに、炎を投げ込むように命じた。

 

「全員ただちに出陣! ヤマトのために身を捨て、必ず頂のディテオを討ち取るのですっ!」

Mov.64 劣化(2)

「――ああッ、もうッッ!」

 

 わしづかみにしたクッキーを投げ付け、ルルフは鎌田たちが閉めた扉をにらんで呼吸を荒らげた。

 

「……あいつら、口答えするなんて……!」

『キャハキャハッ♪』

 

 空中にロココ調デザインの楕円型ミラー――ミラが現れ、くるくる踊りながら黄色い声で笑う。

 

『――レベルが下がったからだよ♪ キープに必要なポイントをチャージできなかったからねっ♪ キャハキャハッ♪』

「うるさいッ!」

 

 ゴールドの袖を揺らして振られた右腕をくるっとかわし、ミラはいら立ちたぎるルルフを斜め上から映した。

 

『そんなにカリカリしないでよぉ。しょうがないじゃん。キャハキャハ♪』

「少しダウンしただけなのにどうしてよ? もっとレベルが低いときでも批判なんて口にしなかったわよっ!」

『そ・れ・はっ、ちょっぴり冷めたからだよっ! キャハッ♪』

「冷めた?」

『そ! ずっと右肩上がりだったのに陰りが見えたら何となくテンション下がるじゃん? それにさぁ~最近人使いチョー荒いしね~♪ キャハキャハ♪』

「どうすればいいのよ!」

『クッキー投げようとしちゃヤダよ、キャハキャハ♪』

 

 ミラは右に左にくるくるくるくる飛び回った。

 

『――レベルアップすればいいだけじゃん♪ そうしてまた盲従させればさ♪ キャハキャハ♪』

「簡単に言うけどね、ポイントが足りないのよ! ポイントが! シャイロック金融には返済しなきゃいけないし、あんたにチャージしなきゃいけないポイントはレベルが上がるほど増えていくし!」

『大変ならやめればぁ♪ 資産全部売り払って、つつましく生きながら地道に働いて返済すればいいよ。キャハキャハ♪』

「冗談じゃないわ!」ルルフはバケットを両腕で抱え、豊満な胸に押し付けた。「どれだけ苦労してここまでビッグになったと思ってるのよ! 何一つ手放したりするもんですかっ!」

『そっか、そっかあ♪ でも、このままだとジリ貧。カリスマレベルが下がれば求心力も低下してコミュニティの瓦解につながっちゃう♪ 黒の十字架で本物の神になるしか一発逆転は無いね♪ ディテオちゃんこと篠沢・エリサ・紗季ちゃんを殺してさっ♪』

「……しょせんALでしょ……」目が伏せられ、陰影の中で横にそらされる。「要するにアニメやコミックのキャラクターと同じ……実在してるんじゃないんだから……」

 

 色の悪い顔の前でシャイロック金融が起動、紙幣や硬貨、金のインゴットで縁取られたウインドウが開く。画面内では黒革の椅子にふんぞり返った三頭身の小太り中年男――グレースーツ姿のゴンザレス・ナニワが葉巻の煙をくゆらせ、机越しに顧客へ横柄な一瞥をくれると大儀たいぎそうに煙を吐いて背もたれに寄りかかった。

 

『まいどおおきに、高峰はん。今日はどういったご用件でっしゃろ?』

『返済の猶予ゆうよ? それとも追加融資? キャハキャハッ♪』

「あんたは黙ってなさいよ!――それでその……」

 

 ルルフはバケットを胸にしっかり抱え、結んだ唇の左端をぴくつかせてから挑むように言った。

 

「……ちょっと待ってもらえるかな? 返済。この戦争が終わるまででいいから」

『あきまへんな~』もわあっと、たらこ唇の間から煙が吐き出される。『契約通り、キチッキチッと支払うてもらいまっせ』

「あっそ! そんなこと言うのなら返済やめるわよ!」

『そんなら差し押さえまっせ。コミュニティの資産はもちろん、メンバーとあんさん個人のもや。そないなことになったら困るんと違いまっか?』

「く……! じゃ、じゃあ、もう少し融資してよ! 当面今のレベルを維持できる額でいいから!」

『正念場なのは分かりまっけど、返済をやめるなんて言い出すお人にこれ以上融通するのはどうかと……』

「ちゃんと返すわよ! それなら文句ないでしょ!」

『文句も何も、そんなの当たり前のことやがな……』

『キャハキャハ♪ 借りたら返すだね! キャハキャハ♪』

「うるさいわね!――とにかく貸して! 黒の十字架を手に入れたら何兆倍にもして返してやるから!」

『大きく出はりましたな~ ま、確かに黒の十字架があれば、ポイントを無限に生み出すことでも何でもできますさかいな』

 

 ゴンザレスは腕組みし、ルルフを斜にじろりと見据えた。

 

『……よろしゅうおます、融資させていただきまひょ。けど、ルルフキャッスルもハイパーゴッデス号も何もかも担保にしまっせ。もしも返済が見込めんようなったときは――』

「いいから、つべこべ言わずにさっさと振り込んでよ!」

『分かりましたがな。おー怖い』

 

 ゴンザレスがゲジゲジ眉を八の字にして手続きを踏むと、新たに開いたウインドウが振込み完了を知らせ、上気していたルルフの顔からいくらか赤味が引く。

 

「……これでどうにかなりそうね。取りあえず……」

 

 肩の力が抜けてソファにドサッと腰を下ろし、バケットを抱く腕を緩める。

 

『ほんなら、わてはこれで失礼させてもらいます。返済の方、くれぐれもよろしゅうたのんまっせ』

『よかったね、キャハキャハッ♪』

 

 シャイロック金融が閉じると、ミラがはしゃぐ。

 

『――だけどだけど~油断してちゃダメだよ。そのうちレベルキープとかに消えて無くなっていっちゃうからね♪ それと、ポイントを大量消費するブームの起こし過ぎには要注意~♪ キャハキャハッ♪』

「分かってるわよ……いつまでもにらみ合ってられないわ……!――」

 

 バケットを抱えたまま再び立ち上がり、クリスタルテーブルを避けてドレスの裾を引きずりながらルルフはベランダに続く両開きのガラス扉に近付き、レースカーテンを右手で左右に引っ張って扉を押し開けた。宵の闇に侵されたベランダにパンプスを踏み出して手すりに手をかけると、空間のさざ波がブロンドのツインテールとこわばって微熱をはらんだ頬をバリア越しに打つ。窮した双眸は、その波動の源――月と星々を飲み込んだ黒雲へとそびえる円錐形の山、窪んだ頂の揺らめきにすがった。

 

「……やるしかない……悪いけど……」

 

 退路を断つように歯をかみ締め、ルルフは先程追い出した鎌田たちを至急呼び戻すべくコネクトを起動させた。

Mov.64 劣化(1)

「……今日もハイパーにノルマ未達だね」

 

 目の前に表示された総納付額から転じたとげとげしい目――クリスタルテーブルを飛び越え、ローズカラーの絨毯の外に縮こまって立つ鎌田と北倉に突き付けられる。シャンパンゴールドのソファに座して飾り羽が威嚇する肩を怒らせ、組んだ脚で黄金のサテンの峰と断崖を形作るゴッデス・ルルフは、雷雲で陰った美貌の眉間に稲妻を走らせた。

 

「――ねぇ、どうしてちゃんと収められないの?」

 

 舌の鞭がビシィッと鳴り、レーストリムグローブの右手が胸に抱えたバケットに突っ込んでクッキーをわしづかみにする。ゆがんだ唇の間から詰め込んだそれらをガリガリかみ砕いて飲み込むと、ルルフはここ数週間でシロップからハバネロソースに変質した辛辣な口調でうなだれた両幹部を追求した。

 

「どうしてって聞いてるんだけど? 答えてくれる?」

「は、はい……」

「もッ、申し訳ございませんッッ、ゴッデス・ルルフ様ッッッ!」

 

 北倉が頭から飛び込む勢いでレザーの膝を折って土下座する横――角ばった紫の帽子ごと頭を下げる鎌田は、雷鳴うならせるツインテールの女神を陰から恐る恐るうかがった。天井のライトがやや過剰にハイパー・ゴッデス号2階応接室を照らし、成金趣味という感が拭えない高級ブランド尽くしの調度品や宵の闇を隠すワインカラーのカーテンを、銀のクラウンを頂き、ゴールドのドレスをまとって袖口とレースの襟から飾り羽を広げるゴッデス・ルルフを燦然とデコレートしている。そのまばゆさにジト目を細めた鎌田は、何か幻惑されているような違和感を覚えて目元にしわを寄せた。

 

「――何よ、カマック、その目は? 言いたいことがあるんならはっきり言いなさいよ」

「えっ? いえ、その、そんな……何と言いますか……」

 

 うろたえた鎌田は両手の平を前に向け、金のひだ襟の中に首をすくめながらこれまでに何度も口にしている言い訳を繰り返した。崩壊したヤマトから一部が流入してメンバーは増えたものの、新規加入者の大半はベース・ギャランティ制度対象者かそれに近いレベルの者たち、あるいはSOMA中毒で使い物にならない連中だったため戦力強化にはほとんどつながっておらず、一方、黒の大流動でほぼ全壊したルルフ・キャッスル再建のためシャイロック金融から受けた膨大な額の融資と戦闘続きで膨れ上がる戦費が重い負債となって台所事情を苦しいものにしている、と。

 

「――メンバーから最低限の食料や弾薬等の購入に必要なポイント以外を徴収し、そこからシャイロック金融への返済分を引いた残りすべてを献上しているのですが……狩りでを稼ごうにもこの辺りはモンスターが少ないですし、ときには他の勢力と出くわして余計な損害を被る始末……そのような状況ですので、当然プリティ・ルルも赤字経営になっていて……」

「だから? それをどうにかするのがあなたたちの役目じゃないの?」

「おっしゃる通りですッッ!」額を床にゴリゴリこすりつける北倉。「弁解の余地はッッ! これっぽっちもありませんッッッ!」

「申し訳ありません……」

 

 赤ジャケットとドレスシャツの上から痛む胃の辺りをさすった鎌田は、ここのところずっと喉元までこみ上げていた疑念をつい吐き出した。

 

「……ゴッデス・ルルフ様、僕たちが収めている多額のポイントは、いったい何にお使いになっているのですか?」

「はあっ?」

「い、いえ、その、このハイパーゴッデス号はもとより、これらのインテリアやゴッデス・ルルフ様のドレス、アクセサリーといったものはすべて経費で落としているのに、その他にどういった使途があるのかと思いまして……もしよろしければ、右肩上がりに増えてきたその一部をメンバーの強化費としていただけませんか? 戦力強化できれば事態を好転させることも可能かと……――ね、ねえ、北倉さん?」

「お、おうっ……――い、いかがでしょうかッ、ゴッデス・ルルフ様ッ?」

「あのさあ!」

 

 表情を燃え上がらせたルルフは右手でつかんだクッキーをグシッと握り潰し、組んでいた脚を解いて身を乗り出すと震え上がったでこぼこコンビにズガガガガガァンッッと雷を落とした。

 

「――あんたたちの稼ぎが悪いせいでルルは満足できてないんだよ! ポイントが足りてないの! 相当借りてるせいでシャイロック金融からこれ以上融通すんのは難しいって知ってんでしょ? なのに、しっかり稼ごうとするどころかルルの懐に手を突っ込もうってどういうことッ?」 

「も、申し訳ありません! で、ですが――」

「ダメなのよォッ!」

 

 怒鳴ったルルフは火柱のごとくソファから立ち上がり、ブロンドの両翼を揺らしながら2人にクッキーを思いっきり投げ付けた。

 

「――ごちゃごちゃ言ってるヒマがあったら、みんなを連れてモンスター狩るなり他のコミュニティのメンバーを追いはぎするなりしてきなさいよッ! だけど、いつも言ってるようにアザース・キルするんじゃないわよ! 人殺しなんかしたら寝覚めが悪いんだからッ! 分かったわねッ! ほら、早くゥッ!」

「はっ、はい! ハイパーディバイン!」

「ハイパーディバインッッ、ゴッデス・ルルフ様ッッッ!」

 

 飛んで来るクッキーから逃げて両名は応接室を飛び出し、ヒステリーの天変地異を起こしたカリスマを扉の向こうに封じると、人気の無い通路に並ぶ尖頭アーチの窓を染める暗闇を見てため息を漏らした。

 

「……残業ですね、今夜も……」

「おう……」

 

 見合される、疲労が沈着した顔……重なるため息……

 

「……だから進言したんです。キャッスルの再建は黒の十字架を手にするまで待とうって……」

 

 鎌田は足元の薄い影を見ながらぼやいた。

 

「……なのに体面を気にして……そのせいで二重ローンになって負債がとんでもない額に……利息もバカにならない……」

「お、おいッ、鎌田ッッ! ゴッデス・ルルフ様を批判するなんて大罪だぞッッ!」

「ですけど……北倉さん、ちょっと……」

「ん、どうしたッ?」

 

 鎌田は扉から離れて窓際に寄り、そばに来た北倉にやましげな横顔をガラスに映しながらひそひそささやいた。

 

「……その、ゴッデス・ルルフ様なんですが……気のせいかもしれませんけど、前よりも輝きが無くなってませんか?……」

「おッ、お前ェッッ! な、な、な、何という冒涜をォッッ!」

「おっ、大きな声出さないで下さいよっ!」鎌田はおびえた目を扉に走らせ、身をすくめた。「そんな気がしたから、ちょっと聞いてみただけですよ……」

「バッ、バカなことを言うなッ! 行くぞッ! ハイパーディバインだッッ!」

 

 体をそらした北倉は振り切るように大股で歩き出し、コネクトでメンバーを呼び出しながら通路奥の下り階段へそそくさと向かった。そのジャケットからシューズまでレザー尽くしの後ろ姿を鎌田は陰ったジト目で追い、重いため息をつくと黒ブーツをそちらへずるずる動かした。

Mov.63 決闘(2)

「conditionはいいのか?」

「気遣いはいらないよ。全力で来い」

「OK……!」

 

 両袖をまくって腫瘍の腕を出したユキトがこぶしを固めて全身に光を帯びると、胸の前で手の平を合わせて精神集中したジョアンの左右に4体の『巻貝』が殻頂を標的に向けて出現する。フェアリー・スネイル――以前よりも華やかに勇ましく、祝福を受けた騎士をほうふつとさせる形状になったスネイルたちは猛火をまとい、ジョアンと神経がつながっているかのような繊細な動きで宙を滑って扇状のフォーメーションを取った。

 

「――行くぞ、ユキトォ!」

「!――」

 

 ジョアンの眼光がはじけ、炎の尾を引くスネイルが反射的に上がった黒い左腕に――右胸、左腰、右太もも裏に炸裂――上下スウェットと下着、肌を焦がしてよろめくユキトの右脇腹と背中に追い打ちをかけ、ガクッと折れた左膝を地面に突かせる。

 

「――くッッ!」

 

 立ち上がり、振り回されるこぶしを巧みにかわして死角に回る炎の妖精――骨まで響く衝撃の連続がユキトをサンドバッグにし、まだらに焼きながら前後左右に激しく揺さぶる。

 

(――この動き、まるでジョアンの手足そのもの……! しかも、一撃一撃が恐ろしく重――)

「――隙ありィッ!」

 

 スネイルが左脇腹にめり込み、緩んだガードをはじいた1体が前頭部に一撃を叩き込む。前髪と額を焼かれながらのけぞるユキトは、胸に燃える星が激突したかのような超高熱の衝撃を受けて後方に吹っ飛んだ。

 

「――あぐうッッ!」

 

 上半身を食らう猛火――倒れたユキトは転がりながらそれを払い、イジゲンポケットから出したギガポーションをかけて焼けた顔と肉体を治癒、ほとんど灰のスウェットパーカーを復元させて跳ね起き、焦げついたあえぎを繰り返した。

 

「toughだな、ユキト」

 

 回転して円環を描くスネイル越しに評価するジョアン――その胸の前で褐色の両手の平が炎の塊を生み、ビーチボール大に膨張させて燦然と燃える小さな太陽に成長させる。

 

「――火炎系最強クラスの魔法〈トリオン‐ボーライド〉を受けて立ち上がるなんて……とっておきなんだぞ」

「……確かにすごいな……」ユキトは、グッと歯をかんだ。「レベルを上げたな……」

「こう見えて努力家なんだよ、ボクは。さ、give upするならどうぞ」

「そう簡単に降参するかよっ!――」

 

 全身の光を強め、右こぶしに込めて飛び出す――と、その前方でスネイル4体が素早く集まって炎を合わせる。

 

(――炎の花――盾ッ?)

 

 打ち込まれたブレイキング・ソウルを炎のシールドがはじき、猛火が至近距離から襲う。バリアを強めて横に飛びのいたユキトは、ジョアンが放った超高熱の火球を体をひねってかわし――

 

「――うッ?――おわああああッッ!」

 

 かわしたかに思えた火球が軌道を変えて直撃――火だるまにする。岩石砂漠を転がるユキトはまたギガポーションを使ってダメージを完全回復させ、息を乱しながら起き上がって身構えた。

 

「……さっきより火力が落ちているな……」

「……スペシャル・スキル同様、powerfulな魔法は体力を消耗するからね」

 

 荒い呼吸を繰り返すジョアン。

 

「……けど、ユキトだってさっきのspecialパンチを打ってから動きが鈍くなっているじゃんか」

「そうでもないさ……」

 

 ユキトは見せつけるように膨れた右こぶしを突き出し、力を込めて脇に引くと全身の筋肉を収縮させて自らを再装填した。新田に寄り添うエリーがはらはら見守る前で高まる、焼けつく緊張――

 

「大したgutsだ。ようし、come on ユキト! 見事〈フェアリー・シールド〉を破れるか、勝負だッ!」

 

 炎の盾越しに挑発し、ジョアンが再び火球を生成して迎撃態勢を整える。

 

「行くぞッ、ジョアンッッ!――」

 

 叫んで地を蹴り、猛然と突っ込んだユキトはフェアリー・シールドに光輝く右こぶしを叩き込んだ。渾身の一撃にきしみ、崩れかけ、だがギリギリのところで持ちこたえたシールドはこぶしをはじき、唇を微かに緩めたジョアンが攻撃に転じようと――

 

「――ッッ?」

 

 右こぶしがはじかれて下がると同時に光みなぎる左こぶしが繰り出され、緩みを突かれた炎の盾が砕けてスネイルが四散――目を見張るジョアンに突っ込んだユキトが放たれる寸前の火球に右こぶしを打ち込むと、圧縮されていた炎が噴き出して2人を飲み込み、ブオォォッと渦巻いて高々と火柱を上げた。

 

「――斯波さん! シャルマさん!」

 

 熱風から新田をかばうエリーが叫び、爆炎が一暴れして消えた後に横たわる黒焦げの少年たちのところへ熱気を手で払いながら駆け寄る。

 

「斯波さん!」

「……心配いらないよ」

 

 全身火傷を負った仰向けの体がよろよろ起き上がると、黒焦げのスウェットがぼろぼろ崩れ落ちる。あぐらをかいたユキトはギガポーションを出し、遅れてうめきながら起き上がったジョアンに投げた。

 

「それ使えよ。ひどいなりだぞ」

「……Thank you……」

 

 ベストとドレスシャツがすっかり炭化し、ユキト同様全身火傷を負って髪がちりちりになったジョアン。受け取ったギガポーションを使うと、それらはたちどころに元通りになった。

 

「……やっぱり強いな、ユキト」

 

 べたっと座ったジョアンが背中を曲げると、ユキトは「お前だって、すごかったぞ」とたたえた。

 

「――もしかしたら僕の方が負けていたかもしれない。お前の力、思い知らされたよ」

「謙遜するなよ。conditionが悪くなかったら歯が立たなかったさ……体、つらいんだろう?」

「そうでもないって」

 

 ギガポーションを使うとユキトは立ち上がり、見上げるジョアンと横のエリーに両手を広げて問題ないとアピールした。

 

「……確かにいくらかだるいけど、そんなのもう慣れたし。それに――」

 

 ユキトはそびえる山影に顔を向け、揺らめく頂を厳しく見据えた。

 

「……情けないこと言っていられる状況じゃないからな……」

「確かに……」

 

 ジョアンはふらつきながら立ち上がり、ゲヘンナ火山を見上げてから正面のユキトに視線を戻した。

 

「サキを助けるとなると、色んな連中とやり合うことになる……ボクも腹を括らないとね」

「一緒に戦ってくれるのか?」

「当然だろ。サキは大事なfriendだからね」

「ありがとう。だけど、高峰さんともぶつかることになるぞ?」

「承知の上さ……とにかくよろしくな」

 

 差し出され、握手を求める右手を見つめ、ユキトはためらった。

 

「……嫌か?」

「そうじゃないよ……ちゃんと謝らなきゃいけないことがあって……僕はお前がグリゴ・デオにやられたとき、見捨てて逃げようとしたんだ……本当にすまなかった」

「何だ、そんなことまだ気にしていたのか?」

「それと、高峰さんたちの前でやっつけてしまったことも悪かった。それなのにお前は僕をピラミッドから救出するのに協力してくれて……その前、遺跡から逃げ出そうとして佐伯さんたちに囲まれたときも助けてくれたんだよな……」

「ちぇっ、気付いてたのか……ボクだって悪いことしたし、お互い様だよ。握手、してくれるかい?」

「うん。よろしくな、ジョアン」

「ありがとう、ユキト」

 

 微笑するエリーの前でガシッと握手すると、ジョアンの熱が硬く厚い皮膚を通して伝わり、陰りがちだったまなざしに光を与えてまぶたを上げさせた。

 

「絶対救おうな、サキ」

「うん、高峰さんもな」

 

 互いの熱を残して手を離した両名はエリーを伴い、静かに待つ新田と、爆炎の咆哮を耳にして何事かと出て来た仲間たちの方へうっすらとした朝日を浴びながら並んで歩いた。

Mov.63 決闘(1)

 蒼い黎明を席巻する黒雲……その僅かな雲間で輝く赤い星の下、頂が落ちくぼんだ標高約4000メートルの黒い円錐形の山が揺らめき、怒りのような、嘆きのような地鳴りを重く響かせる。その麓でユキトは混沌と流れるれきだらけの地面をスニーカーで踏み、ざらついた冷気に芯まで冷やされないように時折スウェットパーカーの上から二の腕をこすり、熱を込めた息を薄暗がりに吐きながら頂を仰いでいた。

 HALYをその身に封じた紗季が北に流れてから、6度目の夜明け――

 空間の流動と闇の残滓ざんしのせいで肉眼では見えないが、南麓に立つユキトの左斜め前――南西麓には神聖ルルりんキングダム、その反対側――南東麓には後藤アンジェラを頭にヤマト軍人が再結集した〈真ヤマト軍〉、東麓にはコリア・トンジョクが陣を張り、それらの間にユキトたちハーモニー再生同盟軍や新たに結成された少人数のコミュニティが入り込んで、それぞれ偵察を出して他勢力の動きを監視し合っている。山の北側が急峻だったので東から南、西のエリアに布陣することになったのだ。互いにけん制しながら先駆けの機会をうかがうこう着状態が崩れたとき、若者たちは我先にと争って紗季――ディテオがいる頂を目指すだろう。

 

(……リアル復活のため……覇権を握るため……)

 

 腕組みしたユキトは全身に力を込め、バリアにぶつかる流動、胸に当たる硬く肥大した右腕と左腕を感じながら黙考した。

 

(……僕だって死にたくない……だけど……それを分かってくれるのは、エリーたちだけ……他は説得しようにもコネクトを無視し、キャンプに近付こうとすると問答無用で攻撃してきて……――)

 

 鉄球をぶつけられたような頭痛に襲われ、うめいてしわでひび割れた顔を赤黒い爪が生える両手で覆い、うつむく……脱力した足が流動に引きずられ、よろけた体をしゃがませる。今や体は常時だるさにさいなまれ、頭痛やめまいといった症状が断続的に拷問を加えていた。

 

(……あと、どれくらい持つんだ?……)

 

 袖をまくり、上腕まで変わり果てた右腕に焦りと怒りのまなざしを注ぐと、血が凍り付くような寒気が体を駆け巡る。

 黒の十字架でリアル復活するか呪いを解くかしなければ、早晩自分は消滅して死ぬ。

 その事実と天秤にかけた上で決めたはずなのに、骨身にこたえる苦しみを味わうたびにぐらつく気持ちに腹立ち、ユキトは自分を叱りつけた。

 

(……みんなと決めただろ。篠沢を守って、HALYが自死を思いとどまるような世界を作るんだって……!)

 

 立ち上がって両手の平を胸の前で合わせ、太い指をがっちり組み合わせたユキトは、背後――プレハブハウスが20軒ほど集まったキャンプの方から近付いて来る足音に気付いて袖を戻し、振り返ってライトンの光を認めた。

 

「……エリー?」

「おはようございます、斯波さん」

 

 足元を照らしながら新田の手を引くエリーが浮かび上がり、頭を下げる。

 

「散歩か、エリー?」微笑の幕を下ろし、ユキトは向き直った。「今日はずいぶん早いんだな」

「はい」

 

 うつろな表情の新田を連れてユキトの前に立ったエリーはライトンを消し、純朴な目を和らげた。エリーはパーカーとスウェットパンツ、少女の左手とつながった新田は上下ジャージのラフな格好。新田の運動不足解消を目的とした日課の途中だった。

 

「――何となく目が覚めてしまって……それが新田さんにも伝わったみたいで……」

「一触即発だからな……」辺りに目をやるユキト。「今、ジョンナと坂本君が偵察に出ているけど、それは他の陣営も同じ……どこかが抜け駆けしようとすれば、たちまち大戦が勃発する……」

「……それで斯波さんもこんなところに?」

「まあね……落ち着かなくてさ」

「……斯波さん、今度はわたしも戦います」

「えっ?」

 

 緊張した面持ちで見上げ、エリーは胸に右こぶしを当てて繰り返した。

 

「ヤマト軍とのときは新田さんと後方にいましたけど、今度はわたしも一緒に戦わせて下さい。足手まといにならないようにしますから」

「エリー……」

 

 けなげな申し出にユキトはそっと左腕を伸ばし、エリーの肩に優しく手を置いた。

 

「……ありがとう。だけど、許可はできない。今度は死闘になる……各陣営ともここぞとばかりにポイントをつぎ込んで武装を強化し、オートマトンを大量投入してくるだろう。エリーのレベルじゃ危険が大き過ぎるよ」

「で、でも……」

「戦場で争うことがすべてじゃない。エリーには新田さんと僕たちの帰るところを守って欲しいんだ。それは僕らの支えになる大事な役目なんだよ」

「……はい、分かりました」

 

 素直にうなずいたエリーは、手が肩から離れるとユキトをじっと見上げた。

 

「……どうかした?」

「いえ、その……」新田を一瞥するエリー。「……最近の斯波さん、何となく新田さんと似ているって思って……」

「え? そんなことないよ」

 

 右手を振ってユキトは否定し、ぼんやり虚空を見る新田に目を向けた。

 

「……新田さんは大人だし、僕なんかよりずっとしっかりしていたさ」

「そんなことないですよ。確かに最初の頃は、その、人のこと言える立場じゃないですけど、斯波さんって頼りない人だなって思ったこともありますけど……」

「はは、そうだろうね……」

「でっ、でも、今は新田さんに負けていないと思います。本当です」

「そうかな……エリーもずいぶんたくましくなったよな」

「あ、ありがとうございます……あの、斯波さん……落ち着いたら時間もらえますか?」

「時間? いいけど、どうして?」

「わたし、少しずつみんなに話を聞いて書き留めているんです。ここでのこと、ちゃんとまとめておこうと思って……」

「……そっか……そうだよな……ここで何が起きたか、ちゃんと残しておかないとな……それ、でき上がったら見せてくれないか?」

「は、はい。書くの下手だから恥ずかしいですけど……」

「そんなことないよ。エリーが作成したテキストはいつもきれいにまとまっているじゃないか。みんなに見てもらおう。そして、これからに生かすんだ。どうしてこんなふうになってしまったのか、そして――」

 

 言葉を切ったユキトが視線を横に転じ、つられてそちらを見たエリーが小さな目を細める。朝日が雲越しにぼんやり映る東の地平に浮かび、揺らめきながら接近する人影……偵察に出ていた仲間が戻って来たのかと目を凝らしたユキトは、意外な人物の登場に驚いた。

 

「……ジョアン……!」

 

 黒ストライプのベストに白いドレスシャツ――左手をグレーのデニムジーンズのポケットに半分突っ込み、流れる礫を赤茶のレザーブーツで踏んで歩み寄ったジョアン・シャルマは、ばつの悪そうな褐色顔がはっきり見える位置で足を止め、下げていた右手を軽く挙げた。

 

「やあ、been a while」

「シャルマさん……」

「……お前、今までどうしてたんだ? コネクトには応答せず、メッセージにもリプライが無いから心配してたんだぞ」

「いや……」

 

 口ごもって濃い眉を下げ、ジョアンは短い黒髪を右手でいじった。

 

「……ずっと漂流していたんだ……同盟の誘いも無視して、本当にsorry……」

「いいんだよ。色々事情があるんだろうし」

「そんな大したものは無いよ。結局、ボクはつまらないことにいつまでもこだわるfoolだったんだ……」

「fool……おバカさん?」

 

 目をぱちくりさせるエリーにジョアンはうなずき、左手をポケットから抜くとユキトを正面からまじまじと見つめ、感慨深げに言った。

 

「……ユキトは、本当にサキLOVEなんだな……」

「はっ? い、いきなり何言ってんだよ?」

「え、違うんですか?」

「ちょっと、エリーまで……あのな、ぼ、僕は別にそんな……」

「隠さなくてもいいよ。heartは、ユキトがみんなに送ったメッセージからひしひし伝わってくる……サキを大切に思ってる、守りたいって気持ちが……それを見てたら、つくづく自分が情けなくなったよ……」

「……どういうことだよ?」

「うん……」

 

 ジョアンはかき上げた髪を撫で付け、目を落とした。

 

「……ボクは、ユキトほどpureじゃなかったんだ……」

「高峰さんとのことですか?」と、エリー。

「そう……ボクは彼女を改心させるためって言ってきたけど、それはどっちかっていうと立前でさ、本当は自分の思い通りにしたくて追いかけてたんだ……それってegoなんだよな……」

 

 うなだれて嘆息し、そして顔を上げたジョアンはユキトをビシッと指差した。

 

「……だから、ボクはそんな自分をchangeするためここに来た! まずはユキト、君にduelを申し込むっ!」

「えっ? 僕と決闘?」

「そうさ! ボクらの間のもやもやを払しょくするためにもなっ!」

「……分かったよ。――エリー、僕らは向こうでバトるから、誰か来たら説明を頼む」

「は、はい」

 

 戸惑うエリーと新田を残してユキトたちは北に移動し、仲間たちが休むキャンプから十分離れると、距離を取って対峙した。

Mov.62 カタストロフィ(3)

 怒涛のごとく吹き流れる空一面の暗雲が、横殴りの雨にめった打たれるヤマト王城と塀、やぐら門が、うめく若者たちが横たわるクレーターだらけの一帯が、底知れぬ淵を沈んでいくかのように陰り、暗い輝きに飲まれる――それがデストロイ・ブーケから放たれたビームと弾を消し去るや空間が上下に揺れ始め、瞬く間に天と地がひっくり返り続けるような激震に変わって、動揺するユキトたちを、ばらばらに逃げる途中の者たちを浮かせては地面に叩きつけて跳ね回らせ、ヤマト王城と城郭をたちまち積み木のごとく崩してがれきの山に変えた。

 

「くっ、空間……震……!」色を失い、地面にしがみ付くジョンナ。「ク、クモバッタの、た、大群を、押し流したとき、い、以上よっ……!」

「み、みたいだけど……!」

 

 伏せ、両手両足をぼろぼろのコンクリート舗装にうがったユキトは震動に抗ううなりの方に目をやり、見えない力で地面に押さえ付けられているシンを認めて、輝く闇のあちこちに視線を走らせた。

 

「――そ、それより、こっ、このげ、現象は、あのときと同――!」

 

 仰ぎ見た顔が固まり、留まった目が見開かれる。自分たちの頭上十数メートルに狂った揺れの干渉を受けることなく厳然と浮かぶ光球――

 

「ワ、ワン――」

 

 呼んだユキトは、しかし異様な気配に慄然とし、視線を重ねたジョンナもおびえをにじませる。拘束されたシンや地面にすがり付く者たちの注目をも集める光球は、黒い輝きの中でむなしくきらめいた。

 

『本当に醜悪だな。人間というものは……』

 

 耳を聾する激震を透して伝わる、しけの海の中からのような響き……ワンとは異なる声――流されまいと無様にあがく者たちの上空で、それは燃え尽きるように光を失っていく。

 

「……だっ、誰だ、お前は?」

 

 這いつくばるユキトが問うと、光球はぎらりと光って集まる多数のまなざしを焼き、退廃的な光芒を放った。

 

『……我が名はHALY。このゾーンの管理者』

「HALY?」ジョンナが聞き返す。「わ、私たちを、きょ、強制転送した……」

「それが、ど、どうしてワンに……」

『我と同志はつながっている。ある意味一つの存在……』

「――このクソがァァ!」

 

 シンが吠え、身をよじって押さえる力をはねのけようとしたが、逆に地面にドッと押し付けられて指一本動かせなくなる。天変地異はいよいよ激しさを増し、死に物狂いで地面にしがみつく者たちを1人、また1人と振り飛ばして混沌へ投げ込んでいく――

 

「……な、何を……すっ、するつもりだ?」

『我は自らを消滅させる。このゾーンとそこに存在するすべてもろともに』

「ぼ、僕たちを道連れに、じ、自殺する?」

「私たちが、み、見るに堪えないから、なの?」

『その通りだ』ぞっとするほど冷たいきらめき。『傷付け合い、欲望のままに他者を踏みにじる……我々のモデルがこんな生物だという事実には、絶望しかない……』

「ま、待てよッ!」激震にかき消されまいと、ユキトは声を振り絞った。「確かに、ぼ、僕たちは間違いをたくさん犯してしまったけど、そ、それが、すべてじゃないだろッ!」

『斯波ユキト、お前の試みも無残な結果に終わった。それがすべてを物語っている。我々ALを奴隷とし、自分たちの欲望を満たすために弄び、犯し、殺す人間の本性を。例え一握りの良心があったとしても、それは猛威を振るう邪心にいずれ飲み込まれるのだ。人間という存在に希望など無い』

「そ、そん、な……!」

 

 うめくユキトの瞳が強まる黒い輝きでくらみ、空間の狂震で起きた荒波が倒壊したヤマト王城と城郭のがれきを一気に押し流す。そのうねりはシンを飲み込むとユキトたちにも襲いかかり、世界を引っかき回しながら渦巻いた。

 

「――あ、あうっ!」

「ジョンナっ!」

 

 暴れ狂う空間にジョンナが流され、助けようと手を伸ばしたユキトを引きずって転げ回らせる。

 

「――やっ、やめろッ!――やめ、やめてくれ、HALYッッ!」

 

 激浪にもまれて回転しながら叫び、波打つ地面に赤黒い爪が引っかくあとを残して押し流されるユキト――光球が暗くなるにつれて激震とうねりに耐えかねた世界がきしみを上げ、その一部がひび割れてちりになるのを皮切りに方々で崩壊が始まり、虫食いの暗黒がどんどん広がっていく。

 

「――うっ、うおあァッッ!――」

 

 木っ端のように翻弄されて観念しかけたとき、崩壊のスピードが急激に鈍化し、発狂したうねりが鎮静剤を打たれたみたいに弱まっていく……そして空間はさざ波にまで静まり、揉みくちゃになった姿が横たわる地面の上でたゆたう。

 

「……く、う……」

 

 ぐちゃぐちゃの意識から浮き上がってユキトはあえぎ、這って肘を突き、髪がぼさぼさの頭をよろよろもたげて溺死体のように重い体をどうにか四つん這いにすると、押し流されたジョンナたちを捜そうと顔を上げて戦慄した。

 狂気のままにねじれ、ひきつって波打つ空間……まだらな空間の欠落からのぞく虚無の闇……

 揺さぶられ、かき乱されて押し流された後にはヤマト王城はおろか遺跡の痕跡すら無く、黒い輝きに浮かび上がるのは、死にかけた命をシュールレアリスムで表したかのごとき奇怪な荒野……――

 

「……こ……な、何て……」

 

 ぼう然と座り込み、黒く膨れた両腕を垂らして……想像を絶するすさまじさにおずおずと左右を見、仰いだところでユキトは稲妻に打たれたように震えた。

 

「――し、篠沢?」

 

 遠目に見える、輝く闇に浮かぶシルエット……はっきり判別できる距離ではなかったが、口をついて出た名前に動かされて立ち上がり、ひずんで波打つ荒野の流れを踏んでユキトはふらふら歩いた。少しずつ距離が縮まって、目一杯凝らされた目が見覚えのある栗色のショートヘアを、下腹部を両手で押さえて苦しげにうつむいた黒ジャージ上下とスニーカー姿を認めて足を速めると、向き直った少女は地面すれすれまで墜落するように降下した。

 

「……篠沢……」

 

 あと数歩のところでユキトは足を止め、うつむいて前髪と陰影に隠れた顔をうかがった。

 

「……篠沢なんだよな?」

「……斯波……」

「やっぱり! し、心配してたんだ。あれからどうなったのかって――」

「は、早く殺して……!」

「えっ?」

 

 顔が上がり、燃えたぎる星をはらんだような苦悶があらわになる。脂汗をだらだら流す紗季は動揺するユキトの前でジャージ――ジャケットの前ファスナーをぶるぶる震える指でつまんで下げ、その下の黒Tシャツの襟を両手で引っ張って胸元をさらした。そこでは黒い十字のあざが暗く輝いていた。

 

「……黒の十字架の力を借りてHALYをあたしの中に無理矢理取り込んだの……だけど、あたしはこの力をうまくコントロールできない……みんなをちゃんとリアルに戻したり、あんたの呪いを解いたりできそうもないんだ……だから、殺して……今なら、HALYもろとも葬れる……」

「な、何を……! 僕は……僕は……!」

 

 少し前であったなら、何か力強い言葉を口にできたかもしれなかった。だが、ミストであえなく崩壊した同盟とHALYの絶望を突き付けられて揺らぐユキトは焦って両手を振りながら感情をぶつけることしかできなかった。

 

「――バ、バカなこと言うなよッ! そんな……できるはずないじゃないかッ!」

「でも、そうしなきゃいずれHALYは飛び出して……すべてを消滅させてしまう……早くして……じゃないと……」

「!――」

 

 紗季の視線を追って見回したユキトは、逃げ散り、押し流された者たちが凶器を手に四方からじりじり近付いていると知って青ざめた。宙に浮く紗季が見える範囲に残っていた数十名の身なりは軍服、戦闘服、カジュアルな服装と様々だったが、目は一様に渇望に取り憑かれ、黒の十字架をドロップするモンスター・ディテオ――紗季を突き刺していた。

 

「や、やめろッ!」ユキトは薙ぐように両腕を振り、叫んだ。「篠沢は仲間じゃないかッ!」

「ALだろうがッ!」

 

 群れの中から怒鳴り声が返る。それで火が付き、たちまち広がって燃え盛った者たちは、自分たちを正当化する言葉を口々に噴いた。

 

「ALなんて、ただの人形でしょ!」

「非実在なものに血迷って俺たちの邪魔をするのかッ!」

「リアル復活するにはこうするしかないんだ! 恨むんならHALYを恨めよッ!」――

 

 衝動と、他者に奪われてなるものかという焦燥に駆られて迫り、包囲が半径十数メートルにまで狭められて……と、その一部が悲鳴とともに崩れ、ユキトの視界を氷の結晶が舞った。

 

「ユキト!――」

 

 二刀流で切り開いたジョンナが混乱から飛び出し、ユキトのそばに立つと十字の構えで周りを威嚇する。

 

「ジョンナ……」

 

 こぶしを強く固められないまま立ち尽くすユキト……それを一瞥したジョンナは、胸元の黒十字をさらしてもだえる紗季に背を向けたまま低い声で言った。

 

「……私が時間を稼ぐから、彼女の言う通りにして」

「え? な、何を言って……」

「私だって嫌だけど……そうするより他に無いわ」

「そ、そんな――うおあッッ?」

 

 飛来音に気付いて仰ぐや、小型ミサイルの集中豪雨が無差別に襲いかかり――爆風に吹き飛ばされて転がったユキトは大混乱の向こうに黒く盛り上がった上半身からミサイルを連射する赤い仮面を見、攻撃に刺激された一部の者が我先に紗季の方へ突進するのを目にして跳ね起きた。そうしたカオスをおぼろな瞳でとらえた紗季は手の届かない高みにスウッと上昇、振り返って見上げるユキトに右手で北の方角を指差した。

 

「……ゲヘンナ火山……HALYがディテオの棲みかとして準備していたものを……アップデートさせたわ……頂上で……待ってるから……」

「ま、待て、篠沢――」

 

 伸ばした右手のはるか先で下腹部を押さえる少女は黒い星になって北へ流れ、それと同時にくさびを抜かれたかのように流動が不安定化して激しく波立ち、急激に渦巻いてメイルストロムに変わるやユキトたちをばらばらに押し流した――

Mov.62 カタストロフィ(2)

「――そ、そんなッ!」

 

 ウインドウに叫んだユキトは半壊したフロアから離れ、がれきを踏みながら近くの扉に走って脱衣所、そして一面ゴールドのバスルームへ駆け込み、右こぶしで窓ガラスとシャッターをぶち破って大穴を開け、湿った風が暴徒のように吹き込む最上階から見下ろして絶句した。

 醜い混沌のるつぼ――血みどろの大渦が、地上に出現していた。

 ルル・ガーディアンズが、元ヤマト軍兵士が……肌の色や服装が多様な若者たちがやぐら門前で刃と銃撃の応酬を繰り広げ、オートマトンもそれぞれの所有者に従って破壊し合う――それは実に醜悪な闘争のフェスティバルだった。

 

「……ヤマトが倒れた途端、これなの……?」

 

 隣に立ったジョンナが黒髪を吹き乱されると、2人のコネクトで額から流血する阿須見ノエルが叫ぶ。

 

『オレらもびっくりしてんだよ! いきなりこんなことになってさ!』

『キングダムがきっかけでござる!』コネクト中のミリセントが説明する。『ローラースケートの一団が元ヤマト軍部隊に奇襲をかけたでござる!』

「ルル・ガーディアンズが、後藤さんたちの部隊を?」と、ユキトが瞬き。

『ああ、それでヤマトの連中も反撃したんだけど、その一部がオレたちまで攻撃して……オレらの中からも坂本みたいにわめきながら無差別攻撃するのが出て来るし、もう何が何だか――おわっ! このヤロォッ!』

 

 画面が阿須見の正面から脇に回り、銃声と怒号、風のうなりに操る十文字槍の刃音を激しく加える姿を映す。ミリセントもバリアとプレートアーマーで弾丸をはじきながら大剣を振るって息を弾ませ、面頬の隙間から灰色の瞳をユキトとジョンナに合わせた。

 

『この戦場には狂気が渦巻いており申す……飲み込まれたらお陀仏でござるッ!』

『オレたちは坂本たちを取り押さえて一足先に離脱する! 斯波君たちも逃げろッ!』

「ミリー! 阿須見さんっ!」

 

 両名とのイメージ・コネクトが切れるとユキトは踵を返し、バスルームと脱衣所を走り出て階段に飛び込みながら相争う同盟軍のメンバーにコネクトを試みたが、倒れた入谷たちの脇を駆け下りて5階踊り場を過ぎても応答する者はいなかった。

 

「ユキト、どうするの?」後を追って来たジョンナが問う。

「やめさせるんだっ!」振り返らず返すユキト。「手を組めば、少しは溝が埋まるかと思ったけど……! くそっ!」

「ちょっと待って!」

 

 ユキトの左腕がつかまれ、急ぐ足を階段の途中で止めさせる。

 

「どうしたんだよ? 早くやめさせないと!」

「この状況……霧の魔人が遺跡を襲ったときと似てない?」

「まさか――だけど、上から見たとき霧は見えなかった……そういえば、コリア・トンジョクは?」

「ヘブンズ・アイズで見ると、争いの外にいるわ」

 

 ユキトがコリア・トンジョクメンバーに呼び出しをかけると、ユン・ハジンこと王生雅哉がうろたえた顔で応答した。赤ベストの肩越しにファンやホンたちの当惑顔も見える。

 

「王生君、君らは巻き込まれていないのか?」

『は、はい、幸いぼくらは外れにいたので……』

「そこにメンバー全員いるのよね?」ジョンナが脇からウインドウをのぞく。「クォンさんもいるの?」

『もちろんです。族長も近くにいますよ』

「じゃあ、ちょっとコネクトしてもらってくれないか?」

『分かりました。――族長、クォン族長、斯波さんが――』

 

 ユンが呼ぶと、間も無くウインドウが少し大きくなって画面が左右二分割され、クォンのいやにクールなキツネ顔が並んで表示される。

 

「クォンさん、仲間割れを止めるのに協力して下さい。僕たちもすぐ合流しますから」

『断るよ』

 

 突き離す即答にユキトは鼻を突かれたような顔になり、隣の画面でユンが目をぱちぱちさせる。

 

『ど、どうしてですか、族長?』

『ちっ、横からうるさいヤツだ。それはな、ボクの仕業だからだよ。ボクがこうなるように仕向けたんだ』

『ええっ?』

 

 ユンが驚きを破裂させ、コリア・トンジョクメンバーのざわめきがウインドウ越しに聞こえる。

 

「ミストを使ったのね」

『ふふふ……』

 

 クォンは薄笑いを浮かべ、両手の人差し指でジョンナを指差した。

 

『――その通りだよ、トゥ・ジョンナ。ビンゴ~』 

「あんた……!」ユキトの眉間に亀裂が走る。「だけど、いつの間に……? さっき上から見たときも……」

『見えないくらい薄めて噴霧したんだ。惑乱効果は弱いが、風に乗せてボクら以外の連中にうまいこと吸わせてやったよ。勝利に浮かれてバリアを緩めた隙にバッチリと。どういうつもりかって? ふふん、断っておくが、これは同胞のためにやったことなんだ。やむにやまれず、仕方なく、ね』

「どういうことだよ?」

『共通の敵が倒れれば、矛先が転じられるのは分かり切っていた。案の定、ツインテールどもはさっそくボクらに奇襲をかけようとしたよ。ガスマスクをつけてミスト対策したのが何よりの証拠さ。もっとも、残念ながらすでに惑わされていたせいで別のところに突っ込んじゃったがね! はははっ!』

「クォン!」

『おおっと、落ち着けよ』

 

 にやにや笑うクォンは抑えろとジェスチャーし、再び階段を駆け下りるペアに続けた。

 

『――今言ったようにミストの効果は弱いんだ。心の隙に付け入ってアジテートするくらい。つまり、ボクは共通の敵がいなくなったヤツらの本心をむき出しにさせただけ。賢いキミなら分かるだろう、斯波ユキト?』

「黙れッ!」

『ぞ、族長、こんなことやめて下さい!』

『中坊が生意気な口を利くな』

 

 映像の中でクォンは腕組みをしてユンを、それから他のメンバーをじろっとにらんだ。

 

『――ふん、噴霧はとっくのとうにやめているよ。言っておくが、ボクは族長としてお前らを守ってやったんだぞ。感謝してもらいたいもんだな!――おっ、どうやらこっちまで火の粉が飛んで来るらしい。ま、それも想定していたことだが。――おしゃべりはここまでだ、斯波、イ・ジョンナ。ボクらはおさらばするんでね。下りて来るのなら巻き込まれないようにした方がいいぞ』

「待て、クォンッ!」

 

 クォンが消えるとほぼ同時にコネクトからときの声と銃声が津波のように押し寄せ、浮足立ったユンたちの顔が消える。2階踊り場を回りながらヘブンズ・アイズを横目でチェックすると、戦線離脱しようとするコリア・トンジョクに元ヤマト軍メンバーの一部が襲いかかっていた。

 

「……コネクトも通じないし、力尽くでやめさせるしかないのか……!」

「だけど、あなたはもうかなりバーストした……立っているのもつらんじゃないの?」

「だからって寝込める状況じゃない……やるしかないんだ……!」

 

 1階についたユキトたちが黒光る床を蹴ってエレベーター前に回り、横たわってうめく親衛隊員の間を走って扉が破壊されたエントランスから飛び出すと、ごうごうと荒れる風が2人を飲み込みにかかり、空をどす黒く覆い尽くした暗雲から斜めにぱらつく小雨がバリアにぶつかる。そのときには、門扉がぶち破られたやぐら門から狂人たちのぶつかり合いが垣間見えていた。

 

「――やめろぉッ!」

 

 叫びながら倒れた門扉を踏んでやぐら門をくぐったユキトは、眼前で繰り広げられる悪夢にひどいめまいを覚えてふらついた。少し前まで一緒に戦っていた仲間同士が――ミストで狂わされているとはいえ――血走った目で銃器を撃ち合い、刃を振り回して血しぶきを飛ばし合う光景は雷鳴とともに波涛砕ける嵐の海原に似て、ジョンナと立ち尽くすユキトの視界をそのうねりで無残に断絶していた。

 

「……やめろって言ってるだろォッッ!」

「ユキト!」

 

 たまりかねて飛び込むやオートマトンの背中を膨れた右こぶしで粉砕――ショットガンを抱えて倒れたガーディアンの少年に振り下ろされる日本刀を右腕でガッと受け止め、白軍服少女の憑かれた眼光とせめぎ合う――

 

「聞こえないのかよッ!」

「邪魔をするなッ!」

 

 青筋立てて怒鳴った杉原みずきという名の黒髪ベリーショートヘア少女は、ヘルメットの左のツインテールが折れた少年をかばうユキトに歯をむき、日本刀に体重をかけた。

 

「――こんなツインテールどもに黒の十字架を渡してたまるか! あたしたちがヤマトを再興するために使うんだからなッ!」

「勝手なことばかり、言ってェッ!」

「危ない、ユキトッ!」

 

 滝夜叉から複数の氷柱が飛び、ワイシャツの背中に銃口を向けるガーディアン少年を直撃して気絶させる。助けられたユキトは力任せに杉原みずきを押し返し、よろけた相手のみぞおちにこぶしをドッとめり込ませ、左あごにガッとフックを食らわせてノックダウンさせた。

 

「すまない、ジョンナ」

「いいのよ。それよりまた敵が――」

「――おッ前ェらああァッッッ!」

 

 ガスマスク越しの叫びがとどろき、レザーファッションの巨体がオートマトンや白軍服をはね飛ばしながらジョンナへ滑って巨大鉄球と見まごう鋼のこぶしをゴオォッと繰り出す。横から割り込んだユキトは光の尾を引く右ストレートでメガ・ナックル・ガントレットをはじき、間髪入れず左こぶしを右脇腹にドンッと打ち込んでインラインスケートを履いた北倉を後退させた。

 

「……むむうッ、斯波ァッッッ!」

「北倉さん! キングダムのみんなにやめるよう言って下さいッ!」

「うるさいッッッ!」

 

 殺気をたぎらせた北倉は鋼の両こぶしを振り上げ、鼻息荒く恫喝した。

 

「――ゴッデス・ルルフ様に従わない者は、すべて敵だッッッ! お前らも叩き潰してやるゥッッッ!」

「無駄よ、ユキト! こいつ、狂っているわ!」

「ほざくなァァッッッ! 食らえェェッッッ、必殺のォォォ――」

 

 スペシャル・スキルのモーションに入ったところで金レザーの背中にグレネードが連続炸裂――驚愕の叫びを吐いた北倉をうつ伏せにドドォォンと倒す。ジョンナと飛びのいて下敷きを免れたユキトは、濡れた舗装の上でうめいて手足をもぞもぞ動かす巨体の向こうにガスマスク装備の後藤アンジェラ――そして両手で柄を握られた、切っ先から柄頭の長さが彼女のすらりとした長身と同じくらいの大剣にグレネード・マシンガンが合体した、白い翼の女神がモチーフの麗しいベヨネッタ〈ワルキューレ〉を認めた。

 

「後藤さん……」

「もう同盟は終わりよ、斯波君」

 

 風雨をバリアではじく後藤はワルキューレを脇に引いて冷たく言い、ブラックメタルフレームのメガネ越しに争いを見回した。

 

「――この様子からすると、どうやらクォン・ギュンジの仕業のようね。私は抜けるわ。あなたたちもさっさと見切りを付けなさい」

「このまま捨てておけって言うの?」

 

 かみつくジョンナに後藤は目を僅かに細め、憐れむような、蔑むような色を瞳に現した。

 

「遅かれ早かれこうなっていたのよ。そんな輩に価値など無いわ」

「そんな――ッッ?」

 

 ユキトが声を上げ、後藤が赤毛を躍らせて身を翻したとき、乱戦を繰り広げる者たちの頭上から不意に小型ミサイル群が降り注ぎ、着弾して一帯を爆発で覆い尽くす。ドドドドドドォォッッーっと連続する轟音、爆炎――コンクリート片とともに皆吹き飛び、破壊のスコールが過ぎ去った後現れた大小無数のクレーターの上にずたぼろの姿を横たえ、うめき声を重ねる。

 

「……無事か、ジョンナ……?」

 

 バリアを強めて耐えたユキトはワイシャツとスラックスが多少焼け、破れた姿をでこぼこの地面から起こし、近くに倒れているジョンナを案じて近寄った。後藤は難を逃れたのか見当たらず、追い打ちを食らった北倉は白目をむいて意識を失っていた。

 

「どうにかね……」

 

 起きたジョンナはダメージを負った体を手際良くポーションで治癒させ、両手に滝夜叉を握ってサッと立ち上がると、周囲のあばたから昇って風に吹き散らされる煙の向こうへ目を走らせた。

 

「――ユキトッ!」

「!――」

 

 ジョンナが構えて警告したとき、すでにユキトは全身を貫くしびれと寒気でその存在を感じ取っていた。

 粗暴な風と横殴りに変わった雨中に浮かぶ、ぞっとするような赤い点――

 北西に小さく見えたそれは亡霊のような動きで少しずつ大きくなり、傷だらけの赤い仮面を、ぼさぼさの汚い金髪といぼいぼに膨れた黒い上半身、ぼろぼろのカーゴパンツを見せつけた。そして全身が暗い光を帯びるや右腕がビームキャノンに変わってズウッと上がり、よろよろ起き上がって左右に逃げ散る手負いの間からユキトたちに砲口を向けて地面を踏みつけ、腰を落とした。

 

「――ジョンナ、僕の後ろにッ!」

 

 全身の光を強めて前に出たユキトが両腕を胸の前でクロスさせた直後、凶猛な赤いビームがバリアに激突――幾筋にも拡散して後方に飛ぶ。再び黒い素足を前に出すシンはビームキャノンを手に戻して上半身からたくさんのトゲ――小型ミサイルを生やし、ドオッと発射した。

 

「――くッッ!」

 

 ガードするユキトとジョンナめがけて上と左右から数多の小型ミサイルが排気煙を絡み合わせて飛来、次々と炸裂する。猛り狂う爆炎は巻き添えを避ける者たちをやぐら門前から追い払い、倒れている者たちと抵抗するがゆえに標的にされる2人だけを残した。

 

「――いい加減にしなさいよッ!」

 

 爆発に耐え、横たわる北倉を飛び越えて炎を突き抜けたジョンナの滝夜叉が二回り肥大化した筋肉質の両腕にはじかれる。オーガ・フィストを発動させたシン相手に奮戦するジョンナは、黒い腕や肩を斬りつける二刀流が強力なバリアに阻まれているのを見て取ると、鋭く後ろに跳んで間合いを取り、滝夜叉を力強く舞わせて刀身に光をみなぎらせた。

 

「――はあッッ!」

 

 気合をとどろかせ、繰り出される緋修羅――光の斬撃が滅多斬りにし、切り裂かれた腫瘍から血を飛ばして仮面越しに苦悶の歯ぎしりを漏れさせる。

 

「――こォのババアァッ!」

「あぐッ!――」

 

 黒い影が地を蹴り、左脇腹にめり込んだキックがジョンナを横に飛ばして片膝を突かせる。そこへ岩塊のようなこぶしを叩き込もうとしたシンは、「やめろォッ!」と制止するユキトに脇からエネルギーを凝縮させた右こぶし――ブレイキング・ソウルを食らってよろめき、雨水がたまった窪みで尻を打った。

 

「ジョンナッ!」

「大丈夫……大したことないわ……」

 

 ジョンナを助け起こしたユキトは立ち上がる傷だらけの仮面少年に向き直り、構えを解いて両腕を開いた。

 

「もうやめてくれ! 僕たちはあの動画を見た……矢萩から何もかも聞いたんだ……こうなったのは、ジュリアがあんな目に遭った上に僕らに誤解されたせいなんだろ? 悪かった……許してくれなんて言えないけど、でも――」

「しね……!」

 

 光がすさみを増し、ガトリング・グレネードランチャーに変化した両腕がユキトとジョンナを狙って高速回転する。近距離から連射されるグレネード――バリアを強めて踏ん張るユキトは、爆発に耐えながら叫んだ。

 

「やめてくれって言ってるだろ! こんな無茶をしていたら、お前の命はどんどん削られてしまうんだぞッ!」

「――しねェェェッッ!」

 

 回転が速まり、連射速度を増して撃ち出されるグレネードが凶暴に拒み、容赦ない連続爆発でじりじりと後退させる。

 

「ユ、ユキト! あいつは、まともじゃ、な、ないッ!」防御に徹するジョンナが衝撃で声を震わせる。「な、情けをかけて、いたら、こっ、こっちがやられるわッ!」

「だ、だけどっ!」

「――きえうせろッ、どいつもこいつもォッッ!」

 

 ガトリング・グレネードランチャーの両腕がビームキャノンに変わり、砲身から現れたレールガンを始めとする兵器の数々が周りを病的に飾り立てる。デストロイ・ブーケ発動で形成された狂気のウェポンが暴発するようにビームや弾を発射し、ユキトとジョンナがフルパワーでバリアを強めたそのとき、風雨荒れる薄暗い世界が急激に陰りながら輝いた――