REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

人でなし

人という字はどうたらこうたら

 

そんなもんはクソ食らえ

 

食らって詰まらせ昇天せえ

 

顔色うかがい空気を読んで

 

手に手を取って仲良しこよし

 

吐き気とめまいで倒れそう

 

好き勝手に生き野垂のたれ死ぬ

 

後ろ指説教馬耳東風ばじとうふう

 

人間なんかやめてやる

 

モンスターは全滅した。

 左顔面にズゴッッと衝撃――砕ける意識で肉が深く裂けた痛みが爆ぜ、ふらついた体が硬く冷たい床にドォッと倒れる。

 

 【立て】――

 

 頭に響く、無機質な声――体が勝手に動き……よろめきながら立ち上がる。

 

 ――……うぅ……――

 

 揺らめく視界に降る、まばゆく、濁った光……正面、数メートル隔てて立つ怪獣のような黄褐色の影……凝らした目には、頭頂部でかがり火のごとく燃える炎、牙が突き出た口、尖端から鮮血を滴らせるかぎ爪、肉食恐竜のそれさながらの太い尻尾……そして、駆け回り飛び跳ねるには十分過ぎる広さの、モノトーン格子柄の壁がぐるりと囲むコロシアムに似た空間が映る。

 

 ――……ぼくは……ここで何を?……――

 

 戸惑いをよそにまた勝手に動き、身構えようとする体に転じる視線――クリーム色の毛がおおう、もふもふの全身……膨れ上がったかのように大きな手と肉球、頭の両側でピンと尖る耳、前頭部から跳ねる稲妻形のアホ毛――左頬がかぎ爪で切り裂かれた痛みをヒステリックにわめき、しかめようとした顔はしかし固まったまま動かず、強引に触れた左手の毛と肉球が鮮血でべったり汚れる。

 

 ――……ああ、そうか……ぼくたちは……――

 

 【ぶち殺せ】――

 

 命令で起爆――左頬がえぐれた『もふもふ』は、こぶしを固めて『怪獣』へ突進――2メートル前後の影と影が急接近――

 ドゴッ! ドドドドッ! ズガッッ!――容赦ないラッシュ――鉄球並みに硬いこぶし越しに響く、『怪獣』の分厚い肉が悲鳴を上げ、骨がうめく感覚――

 

 ――あぐッッ!――

 

 ガッッ!――とつかまれた両肩にかぎ爪が食い込み、痛みが攻撃の手を止めて硬直させる。さらに右耳に走った激痛が爆発――

 

 ――ギャアアアアッッッ!――

 

 表情はいくらか痛そうに動くも喉は震えず、内部で絶叫をとどろかせながら繰り出した右肘打ちが『怪獣』のあごをバギャッと砕き、半分以上かみ千切られた右耳を牙から解放する。激痛に悶えながら――だが、表面的には平然と間合いを取る『もふもふ』……

 

 ――……そう……ぼくたちは戦わされているんだ……相手を変えながら何千、何万、それ以上……死んではよみがえらされ、繰り返し何度も何度も……終わりを望まずにはいられない地獄の中で、いつしか自我とでもいうようなものが芽生えて……なぜ……どうして、こんなことをさせる?――

 

 楽しんでいるんだよ――と、唐突に意識が交じる。ハッとして真正面を見据えた『もふもふ』は、それがしわを寄せて牙をむき、爪で威嚇している『怪獣』のものだと直感的に理解した。

 殺し合わせてな、と『怪獣』は呪わしげに続けた。自由に泣くことも叫ぶことも許さず、自分たちが大した罪悪感を抱かずに済む程度のリアクションしかさせないで……

 

 ――……何者なんだろう? ぼくたちを操っているのは……――

 

 怪物さ、と意識が暗くたぎる。モンスターに決まっている。こんなことをさせるのは……――『怪獣』の半開きになった口の周りがゆらめき、辺りの熱が急に高まった直後――喉奥から放射された炎がゴオオオオオッッッッッと襲いかかってクリーム色の体毛ごと全身を食らう。床をごろごろ転がってどうにか火を消し、焦げたなり・・対峙する『もふもふ』の前頭部で稲妻形のアホ毛がスパーク――

 

 【サンダーキル】――

 

 ――嫌だ、やめろッ!――

 

 心の叫びむなしく放たれたが、轟音を反響させて『怪獣』を直撃――胸や腹から血肉を無残に飛び散らせる。

 

 ――……ごめん……ごめんね……!――

 

 涙は出ない。顔も心を表しはしない。それどころか、技を決めて得意げですらある。

 いいんだ……と、息も絶え絶えな意識が気遣う。それを受ける焼け焦げ姿も立っているのがやっと。だが――

 『怪獣』の牙の間から凶暴な炎があふれ、アホ毛が冷酷に輝きながらそそり立つ。残る力のすべてを込めた必殺の一撃――格子柄が囲む閉塞空間が急激に沸き、あえぎが破滅的に速まっていく。

 

 ――……許さない……!――

 

 ああ、呪ってやる――と誓いが重なり、稲妻と火炎がすさまじく交差――火だるまになり、炎にむさぼられていく視界で上半身がほとんど吹き飛んだ『怪獣』が崩れ――天井の濁った光をにらみ、仰向けに倒れて黒焦げになっていく『もふもふ』を、すべてを闇が飲み込んだ……――





「ひとりは黒焦げの焼死体、もうひとりは強い電気ショックによるとみられる外傷で死亡……これは事件……それとも事故なのでしょうか?」

 

 スタジオカメラの前でやや芝居がかった風に首をひねり、黒スーツに赤ネクタイの男性MCが隣で相槌を打つさかしげな女子アナ、そして居並ぶコメンテーターに視線を転じると、そのひとり――どこか猿回しの猿を思わせる若手お笑いタレントが、「亡くなったおふたりは、着ぐるみを着ていたんですよね」と、先ほどリポーターが警察署前から報告したことを繰り返す。

 

「――小型の火炎放射器や放電装置の残骸らしきものが発見されたそうですけど、そんなものを仕込んだ着ぐるみを着て、人気のない廃施設で深夜にいったい何をしていたんですかね?」

 

 他のコメンテーター――中年の大学教授や元グラビアアイドルのマルチタレント、女教師然としたエッセイストらがうなずいていぶかると、MCは待ってましたとばかりに引き取って、コスプレ仲間だったふたりは最近とあるモンスター対戦ゲームにはまっていたらしいと知らせた。

 

「――のめり込み過ぎたせいなのか、周囲の話だと最近様子がおかしかったそうです。ちなみにこれがそのゲームなんですけれども……」と、MCがスマホの画面をスタジオカメラに向ける後ろで大型モニターにゲーム映像が映し出される。

 

「――実は、私も最近プレイし始めまして……中毒やいわゆる廃人になるプレイヤーもいると聞きますが……」

 

 少し顔をこわばらせたMCは、しかしすぐさま自分は大丈夫とでも言いたげに唇をゆがめた。

 

「――歩きスマホ、ながらスマホによる死亡事故が起きたり、課金――このゲーム、お金をつぎ込むほどモンスターを強くできるのですが、それが原因で多重債務に陥り、自己破産する羽目になって家庭崩壊……自殺者が出たりといった問題も起きているんです。今回のケース、ひょっとしたら熱中するあまりキャラになり切ってゲームを再現しようとしたのかもしれませんねぇ……」

 

 呪われているみたいですね、とエッセイストは繊細そうな眉をひそめたが、大学教授やマルチタレントらは、自分は今日初めてゲームのことを知った、あるいは耳にしたことがある程度だったが、事件、事故が多発するくらい面白いのか?と身を乗り出し、大型モニターへ目をやった。

 

「はい、では――」

 

 MCは黒い胸の前にスマホを挙げてコメンテーターたち、それから正面のスタジオカメラを見据え、ひけらかすように全世界へ発信した。

 

「ご存じではない方々のために、詳しくご説明致しますけれども――」

夏みかんの帰郷

 延々と続く、針葉樹と枯れ木の連なり……重い曇天の下を走る高速バスのガラス窓に頭をもたれ、リュックサックを抱えた君は高速で流れるグレーの防音壁と晩冬ばんとうの山並みを気だるげに眺めて、帰郷する東北の町を思う。

 二年ぶり……憂鬱ゆううつなのは、実家で待っている君の両親のせいだ。浮気や株という名のギャンブルで家族を振り回した父、混沌とした現実の羅針盤らしんばんを得ようと占いにのめり込んだ母……そんな二人の間で屈折した君の時間……大学進学を機に上京、そして就職した君は、好んで実家に帰ることは無い。

 今回、君が急に帰郷を思い立ったのは夏みかんのせいだ。幼少の頃に母の知人がくれた、今はタイトルさえ思い出せない短編小説に出てくる、淡く光る夏みかん……それがあるとき、無感覚に消えていく日常の中でふと君の心を捉え、もう一度読み返したいと動かしたからだ。




 他人行儀な挨拶をして、君は敷居をまたぐ。今は空き家になっている生家から数百メートル離れたところに立つ、新しい家。しかし、それは開発で様変わりした町並み同様、君には馴染みの無い空間だ。

 老いが進んだ父は、いっそう遠慮がちに君へ声をかける。母は相変わらず、あなたはこんな人間でこの先の人生はこうだとまくし立てる。それは母なりの親心かもしれないが、勝手に決め付けられたくないと思っている君には煩わしいものでしかなく、不快げに聞き流しながら目当ての本がある生家の鍵を受け取って居心地の悪い新居を出る。



 門の塗装がところどころはげ落ち、外壁やトタン屋根はすっかり色あせ、庭が落ち葉と雑草で荒れた生家……わずかにめまいを覚えた君の目に、変わらず咲く梅――濃い桃色が焼き付く。

 がらんとしたほこり臭い家に入り、ギシギシときしむ階段で二階、かつての自室に上がって……くすんだダンボールをいくつかあさった君は、見覚えがある文庫本に目を止める。

 《月売りの話》……それが君の捜していた物語。

 読み返してみると、正確には夏みかんの話ではなかった。旅人が、ふと立ち寄った町で月売りの老人から月を買い、不思議な夢を見て故郷や親を思い出す話……引き込まれるように文字を追い、君はページをめくった……




 翌夕……君は黄昏たそがれを浴びる高速バスに揺られ、故郷を後にしている。次第に蒼くなる空とぼんやりとした照明が混じり合う車内……隣の座席に置かれたリュックサックには、あの文庫本が入っている。

 物語が引き出したかのようによみがえった遠い日々……夕暮れ、庭で父とキャッチボールをしたこと、母に手を引かれて買い物に出かけたこと、家族三人で車に乗り、動物園へ行ったこと……

 だからといって、父母との関係が目に見えて修復されてはいない。現実は物語とは違う。世界も人も、それほど器用に変わりはしない。とりわけ君のような人間は……それでも、別れ際の君の挨拶は、どこか柔らかさを帯びていた。

 ふと、窓辺から見上げた夜空に丸い月が浮かんでいる。君は半ば無意識に、それを受けるように手を伸ばした。ほのかに甘酸っぱい光がてのひらからあふれる。いつかこの光を持ち続けていけるだろうかと思い、君はそっと目を閉じる……

 

 

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